インタビュー

Interview

保坂 敏子教授 文化情報専攻 言語教育研究コース

先生の研究テーマについてお聞かせ下さい。

言語教育における「メディア」と「言語学習・言語習得」の関係,また,言語教育における「ことば」と「文化」の融合について研究しています。

近年,産業構造の変化に伴う言語学習観のパラダイムシフトが起きています。また,ICTの進展による言語学習を取り巻く環境が変化し,多様なメディアが言語学習に利用されています。一般的に「メディア」はメッセージを伝達する様々な媒体,例えば,テレビや新聞などのマスメディア,インターネットなどの電子メディアなどを指します。しかし,教育工学的発想では,メディアは人の学習を支援し「学習の事象learning eventを生起するもの」と捉えます。その昔デールが「経験の円錐」で示したように,メディアは,具体的で個別的な「直接的・目的的経験」から抽象的で汎用的な「言語的象徴」概念までの経験を媒介するものであり,具体から抽象への下から上へ,上から下への流れを結び付ける役割を担うものです。この観点から,これまでは,教師が授業でいかにメディアを有効利用できるかが研究の焦点となっていました。しかし,Eメールやインターネット,SNSなど電子メディアが発達し,学習者が自由に情報を利用したり,コミュニケーションが取れるようになった現在,学習者の活動を支える学習環境としてのメディア研究や,メディアを使った学習者の主体的な活動に関する研究が進められています。私は学習環境としてメディアを捉える観点から,ICTを利用したe-learningやオープンエデュケーションについて,また,映像メディアを使った言語学習について研究に取り組んでいます。具体的には,このような学習環境の中で日本国内外の学習者はどのようなメディアを通して,どのように「ことば」や「文化」の学びを進めているのかを調査し,社会・文化的視座から言語習得について考えています。

メディア文明批判家であるマクルーハンが「メディアはメッセージである」と述べたように,媒体としてのメディアと内容としてメッセージは分離することが出来ないものです。これと同じように,「ことば」と「文化」も切り離すことが出来ないものです。グローバル時代の相互理解を重視する言語教育においては「ことば」と「文化」を融合する必要があると考える立場から,「言語文化教育学」について,また,「文化の翻訳」を核とする「ことば」と「文化」の学びについて検討しています。これまで,学内外の比較文化と言語教育の専門家と「文化翻訳」について共同研究を行い,その成果を基にオープンエデュケーション教材にまとめ,JMOOCの講座として2016年1月~3月の間GACCOを通して配信しました。さらに,異文化理解のための映像作品の文化的要素に関する研究にも海外研究者の協力を得ながら取り組んでいます。

さらに,現在ゼミの共同研究として「言語教師に求められる資質・能力」の普遍性と個別性について調査を行っています。これらの研究が,私のフィールドとする日本語教育だけでなく,語種を超えた言語教育全般に少しでも貢献できればと願っています。

先生の経歴について教えてください。

大学の時の専門は「フランス語」で,3年生の時に現在のJASSOの奨学金を受けて交換留学生として1年間フランスに滞在しました。卒業してからは,そのまま大学の国際業務部門で研究者交流の仕事に携わり,その後,国際協力事業団(当時)で大学や研究所で実施される研修コースと研修員に対する日本語コースのコーディネーションをしていました。2か所とも出身地の福岡です。一応フランス語要員ということで採用されたのですが,そのような仕事はごく僅かで,ほとんどが事務的な仕事,同じような仕事の繰り返しでした。専門家とのやり取りも多く,仕事自体は面白かったのですが,自分も何か「専門」と言えるものがほしい,人の話を通訳するのではなく自分の言葉で話したいと思い,大学時代お世話になった言語学者の恩師に大学院進学を相談に行きました。大学院で研究したかったのは,留学中に興味を持った外国語教育の方法。日本の中学・高校で受けた英語教育と異なり,現地のフランス語教育の方法は視聴覚教育を中心としたもので,これは,言語学や心理学,教育学の知見に基づいており,外国語習得に非常に効果があると感じて研究テーマにしたいと思っていました。1980年代半ばです。現在「グローバル人材の養成」が国の急務の課題になっていますが,当時も「国際人(すでに死語でしょうか?)」の養成が大学の大きな目標になっていました。私は,そのためにも外国語の効率的な教育や習得の研究は必要だと思っていました。しかし,その時まず最初に恩師に言われたのは「フランス語じゃ食えない」ということでした。だた,その厳しい言葉の後に,「君のやりたいのは,応用言語学というものである。今,日本で応用言語学が勉強できるのは,日本語教育をフィールドにしている国立国語研究所だけだ」というアドバイスもいただきました。今のように「日本語教育」が学べる大学院がない時代です。斯くして,20代後半に大好きな福岡を後にして,「日本語教育」を専門的に学ぶために上京したわけです。

国立国語研究所での研修は厳しく,文献の半分近くが英語で書かれた英語教育に関するもので,これをいかに日本語教育というフィールドに適用していくのかについて学びました。まさに「応用言語学」の応用です。ここで,日本語を外国語の一つとして見る視点,学際的に外国語教育の普遍性にアプローチする姿勢を学びました。その後,1年の現場経験を経て,「視聴覚教育」を専門に学ぶために大学院に進学しました。ここで,「視聴覚教育」研究の主眼が,映像メディアを教育利用することかではなく,映像を含むメディアを使ってメッセージをどのように提示するかにシフトしていることを学びました。これは,「教育工学」の中の「インストラクショナル・デザイン」にあたるもので,大学院での勉学と研究の中心はまさに「教育工学」そのものでした。これを,外国語教育,特に,日本語教育に応用するというのが,私のその後の一貫した教育・研究上の立場です。

大学院卒業後は,主に大学の交換留学生を対象にした日本語教育に携わってきましたが,研究としては,新しい教育観や教育手法を応用した「授業デザイン」の研究や,映像メディア,並びに,e-Learningの応用の研究などについて,実践的・実証的な研究を行ってきました。本学大学院でも,言語にこだわらない外国語教育としての普遍的な視点から,教育工学の量的・質的な実証研究をベースに日本語教育や言語教育の研究を進めていける人材の養成に努めたいと考えています。

インターネットを使った通信教育のご感想は?

「いつでも,どこでも,だれでも」アクセスすることができるインターネットは,学校に通う時間のない社会人や,遠隔地に住んでいる人,あるいは,体が不自由なため学校に通うことが難しい人にも等しく教育を受ける機会を生み出す,素晴らしい装置だと思います。最近,ムークと呼ばれる大規模公開オンライン講座(MOOC=Massive Open Online Course:ムーク)が注目されています。例えば,MOOCのプラットフォームの一つである“Coursera”では,スタンフォード大学や東京大学など国を超えた149大学の2000以上の講義(2018年6月17日現在)が公開されています。世界中の誰でも無償で受講し,修了すると認定証が貰えるようになっているそうです。日本にいながらアメリカの大学の授業を受講することができるなど,夢のような学習環境が実現したわけです。しかし,問題は,多くの人がコースを最後まで終了できないということ。どんなにいい学習材料があっても,全くの一人で学習を最後まで継続させるのは非常に難しいことです。

その点,通信教育では,学習や研究の流れをナビゲートする教員がいて,学習内容の学びを手伝ってくれたり,学習の相談を受け,学習継続の支援をしてくれます。また,ネット上で同じ講義の受講者同士がやり取を通じて繋がることもできますし,スクーリングなどでは,直接対面することもあります。インターネットを使った通信教育は,現在対面と非対面の学習を組み合わせたブレンデッド・ラーニングとなっており,忙しい現代社会において理想的な学習環境になっていると思います。

オフラインでのエピソードは何かありますか?

2013年の夏,韓国の釜山で開催された日本語教育の関連の国際学会で,前年度の授業を受講していた方に会いました。お隣の中国に在住し,GSSCに在学しながら,中国の大学で日本語を教えていらっしゃる人で,今回は,研究発表のために釜山に駆けつけてきていました。実は,昨年のスクーリングで直接会って話をしたときの印象や,授業でのレポートの内容や書き方をみて,「彼女なら」,と発表を勧めたのは私でした。そして,彼女は期待通り,見事に初めての発表をこなしました。その直後のことです。中国のある大きな大学の先生(副学長)から「来年度是非うちの大学で働かないか」と彼女が「スカウト」されていたのです。

学会はや研究会は,研究の動向を知るだけでなく,様々な国の方と出会いネットワーキングを広げる良い機会です。皆さんも,研究テーマに迷った時やテーマの絞り込みに迷った時,研究方法に迷ったときなど,ぜひ積極的に学会に参加することをお勧めします。研究発表を聞いたり,先輩の研究者と話をしたりして,研究のヒントを得るだけでなく,様々な出会いとチャンスに遭遇するかもしれません。

趣味,休日の過ごし方は?

趣味は,旅行と散歩です。特に,歴史的な場所に行くのが好きで,歴史上の人物が歩いた道を辿り,その時代の雰囲気を感じ取ってみたりします。最近の「マイブーム」は神話の故郷を訪ねること。今年の夏は,天孫降臨の地と言われている宮崎県の高千穂峡に行ってきました。町の観光協会を通じて現地のガイドさんをお願いしたのですが,「あの山に瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が下りてきて,その時に~~」や「あの岩の後ろに隠れた方たちは唐(から)から来た人たちで,お米を大陸から持ってきて~~」など,まるで本当に見たり聞いたりしてきたかのような話しぶりで,これまで聞いたことのない話を楽しむことができました。また,春に訪ねた出雲大社では,参道の真ん中は神様が通る道なので,通ってはいけないことを現地のガイドさんに教えてもらいましたが,夏に訪問したソウルの昌徳院でも同じような話が出てきて,東アジア文化圏の共通性を感じました。週末の短い休みの時は,東京の中の江戸を発見しながら,ぶらぶらと結構な距離を歩きます。増上寺界隈がお気に入りのスポットで,参道にある寛永年間に創業のお蕎麦屋さんがおすすめです。

志望者に向けて,一言お願いします

日本語教育は,歴史的に常に人の動きと連動しています。古代にも大陸からの来訪者への日本語教育が行われていたようですが、以来、近世にはキリシタン宣教師が日本語を学び、近代からつい近年までは留学生が主な日本語教育の対象でした。しかし、人や物の移動がますます盛んになった現代においては、海外で学ぶ学習者の他、生活者として日本に在住する日本語学習者が多くなってきました。また今後は、就労のために来日する人が日本語教育の対象者になるでしょう。日本語教育は、ますます多様化、細分化が進み、教育現場・学習者支援の現場も多様になるものと思われます。

志願者の皆さんには、それぞれの現場に埋めこまれた問題を見出し,研究テーマとして掬い上げ,自分の問題として実証的,論理的に論考を進めることを期待しています。

ゼミ生の研究テーマ

  • ・ウクライナ人日本語学習者の日本語オノマトペに対する音象徴認識
     -語頭子音が阻害の有声無で対立する オノマトペの場合-
  • ・中学英語教育におけるシャドーイングの効果
     -リスニング力・スピーキング力・語彙と文法力に関する調査結果から-
  • ・中学生の読解力・文章読解力を養成する要素
     -日本語能力との関係から分析する-
  • ・Moodleを使った協働学習デザインが学習動機に与える影響
  • ・初級日本語教科書の言いさし実態調査
     -コミュニケーションのための日本語教育文法の視点から-
  • ・日本語学習者の副詞習得について
     -日本語教科書と小学校国語教科書の語彙比較からの考察-
  • ・「水色カラー」で働く外国人従業員に必要な日本語
     -製造業での日本語使用の実態調査-
  • ・外国人材の日本定着への環境作りに関する考察
     -外国人材の日本語習得に関する実態調査から-
  • ・企業内研修としての日本語教育
     -ゼロ初級から導入する専門語彙-
  • ・進学後に必要な日本語能力とは
     -進学前後の留学生に対する調査からの一考察-
  • ・留学満足度向上につながる日本の言葉と文化の教育
     -日本の留学生受入れ政策に関する一考察-
  • ・日本語教師にとって必要な知識・能力の考察
     -現職教師から見た教師養成で優先されるべき教育内容-
  • ・JSL児童の読解力育成
     -理解困難語へのスキャフォールディングによる精読指導の試み-
  • ・複数国籍クラスにおける読書量と学力の関係に関する研究
     -小学校における学力を育てる読書教育を目指して-
  • ・スーダンにおける日本語学習の実態に関する考察
     -孤立環境の日本語教育の可能性を探る-
  • ・日本語教育におけるICT利用に対する教師と学習者の意識
     -シンガポールのポリテクニックの場合-

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