書きたいものを、書きたいように、書き抜く

博士後期課程・総合社会情報専攻 2期生・修了 杉野 定嘉


 書きたいものが、本当にあなたの書きたいものなのか。博士論文だといって背伸びしていませんか。博士論文だからといって自分を欺いていませんか。つまり博士論文は博士号を得るための手段でしかないと思っていませんか、ということを尋ねたいのです。
 論文はどんなものでも誰かに何かを訴えかけたいから書くものです。自分自身に嘘をつかずに、真実は何かを探り、調査し、自らが納得できる結論を導き、自分自身に訴えかけるものでないと他の研究者の心をどれだけ穿つことができるのでしょうか。 
 博士論文の作成は長期間にわたり苦悩の洞窟をとぼとぼと歩くことなのです。誰も助けてくれませんし、周囲の理解した振りは得られたとしても、周囲の真の理解などは決して得られません。暗いトンネルを歩くためには、あなたが真に書きたいものを、いま現在、書いているのだという喜びを持ち続けて歩くこと以外に道はないのです。

 書きたいように書くといったところで、誰もが納得できる方法論を確立して、それを遂行しない限りただの遠吠えにしか過ぎません。声は聞こえても誰も真に耳を傾けてくれません。長い科学の歴史が形作ってきた方法論を基にしながら、自分の解決するべき問題にそった独創的な、かつ妥当性を確保した方法論を見つけようとしていますか。
 できる限り大学院の紀要以外の学会誌に投稿しようとしていますか。勇気を奮って、高みから飛び込む気持ちで他学の先学碩学の意見を聞こうとしていますか。その意見を謙虚に受け止め自分の方法論について強い自信を持ち続けることができますか。変更の決断を迫られても自分に固執し続けてはいませんか。ひとつひとつの言葉に検証可能な裏づけはありますか。あなたの理論は信頼できますか、自分勝手の解釈をしていませんか。

 博士論文は修士論文の何倍ものプレッシャーがかかるものです。しかも最低3年間という長期間です。私は一年休学せざるを得なくて結局4年かかりました。その間の費用や家族の負担は並大抵のものではありません。仕事をしながら時間を無理にやりくりすることで周囲にたいへんな迷惑もかけます。それでもいったん決心したからにはなんとしても書き抜かねばなりません。身体を鍛え、風邪ひとつ引かぬように健康を維持するための生活態度を律していますか。
 こつこつと地道な作業の積み重ねがあなたを栄冠に導くのです。まとめて締切り間際に徹夜を続けるなどは、こと博士論文の執筆に関する限りあり得ません。文字通り「石にかじりついてでも」書き抜く強い意志を持ち続けていますか。

 こういう、問いかけを自らに発し続けた4年間でした。
 再び仕事人間に戻され人の海を漂っている自分にとって、研究に没頭した4年間は今となっては甘美な昼の夢を見た気持ちですが、書きたいことを、書きたいように、書き抜いたことは還暦を迎えた身にとって“青春の誇り”ともいえるものでした。
 日本大学賛歌(作詞・石本美由起)の3番に次のような一節があります。
「いざや、自由の旗を雄々しくかざし、友よ、向学の若さを競おう」。
あなたも向学の若さを大いに競ってください。

 
   
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