修論執筆に駆り立てたもの

人間科学専攻 矢澤 庸徳


 入学当初の私の研究テーマは「情報教育の現状と問題点について」という程度の大雑把なものでした。もちろん研究方法も漠然としていました。モチベーションだけはあったのですが、面接ゼミ・サイバーゼミで研究テーマについて発表を繰り返すうちに、個人的な思い込みや、付け焼き刃の浅い知識では良い研究はできないという事がはっきりとわかってきました。正しく研究を進めていくには、研究法の基本的な考え方や心理学の基礎知識、そして何よりも科学的な思考を養う必要がありました。研究の基礎知識となったのは、やはりレポート学習でした。はじめて心理学や研究法を本格的に学ぶ私にとって、指定参考図書の内容はスムーズに頭に入らず、戸惑ってばかりいました。時には、なんて事を始めてしまったのかと、後悔の念が浮かぶ事すらありました。仕事をしながらの修学であったため、学習時間を確保するために、やりたいことも我慢し、どうしたらやる気が維持できるか考えました。例えば、1年前期はレポートを書き終わったら、見たい映画を見てもいい、と自分に楽しみを与えたりもしました。しかし、不思議なことに後期になると、学習に取り組み、課題を理解する事自体が、嬉しさに変化してきました。
 2年生になると、テーマも徐々に絞られてきて「携帯メールの応答反応時間による印象の変化」について研究しようと考えるようになりました。早い返信の方がメールの印象が良くなるという一般的な感覚が、事実として正しい事なのか、実証的に明らかにできないかと考えたのです。しかし、どのような研究方法が適切なのか全く見当がつかなかったので、先行研究を調べたり、小さな事前調査を繰り返したりしました。そんな中から、何となく研究方法の道筋が見えてきて、研究に対する意欲も日に日に増加してきました。そして、最終的には研究の流れを、事前調査・予備調査・本調査・実験とする事に決めました。調査標本数の目標は、統計的に、より説得力のある1,000件とし、その調査結果を元に最終的に実験を行うという筋道になりました。しかし、内容が具体的になるにつれて、徐々に恐怖感が湧いてきました。それは、手順を間違えたら、多くのデータが無駄になってしまう、または適切な結果が出なくなってしまうという怖さでした。そんな時、私を救ってくれたのは、ゼミの皆さんや先生のアドバイスでした。少しでも不安な事があると、ゼミやメールを活用して皆さんに助言を求め、何回も助けていただきました。驚いたのは、現役のゼミ生だけでなく、修了生・研究生の方たちまでも、サポートしてくださったという事でした。通信制の大学院なので、孤独な勉強が多くなると思っていたのですが、本当に予想外でした。お陰様で、こんな私でも牛歩の如くではありますが、研究を進めて行くことができました。調査では、ゼミ生・修了生・研究生の方や友人、さらには河嶋先生・眞邉先生までも協力してくださり、最終的に1,516通を回収することができました。データは自力ですべてを入力することは、どう考えても不可能であったため、職場の同僚や学生さんの手を借りる事にしました。膨大かつ細かいデータであるため、一体何人の方が手伝ってくれるか不安でしたが、ありがたいことに多くの方の助力を賜り、予想より短期間で入力作業が終了しました。最終段階である実験参加者の確保も、協力してくれるという学生さんが何人も手を挙げてくれたので、これも助かりました。実験では、返信時間の統制が必要であったため、友人のプログラマーが、システム開発に協力してくれました。一時はどうなるかと思いましたが、結果的にデータは比較的明確なものが得られました。
 この時点で提出締切りまでの期限は1ヶ月を切っていました。基本的にズボラでのんびり屋なのですが、この時は不思議と集中力が高まりました。そんな力はどこから来るのか、今から考えると不思議に思います。何かが私を執筆に駆り立てていたと感じています。それは、自分自身から涌き起こる内的な動機付けでした。そして、これを与えてくれたのは、周囲の皆さんの存在でした。ここまで支えてもらったのだから、何とか論文にまとめたいと思ったのです。正しい研究方法に則り、真実は何なのかを探求してゆく事がこんなにも楽しいものだと感じられるようになったのも、支えてくれた皆さんのお陰です。また、"evidence-based"の考え方をはじめとする研究の手続きは、より客観的で正しい結果へと私を導いてくれました。
 修士論文の正本を提出する段階になり、この2年間で学んだ事を思い出すと、すべてが今後の人生に役立つことばかりだと感じています。今心の中は、修了になってしまうという寂しさもありますが、安堵感や達成感、そして、何より、ゼミの皆さんや先生・応援してくれたすべての皆さんに対する感謝の念で溢れています。

本当にありがとうございました。


 
       
電子マガジンTOPへ     特集TOPへ