台湾での修士論文奮戦記

文化情報専攻 長田 朱美


 大学を卒業してから10年。まさか自分が大学院に進学しようとは夢にも思いませんでした。しかし、こうして修士論文を書き上げて、振り返ってみると思い出す一文があります。「学ぶ準備が整ったときに師が現れる」(1)これは、一年次に受講した「比較文化・比較文学特講」の課題図書の中で出会ったものです。自分とはまったく縁のないところだと思っていた大学院に私が進学したのは、まさに私の中で準備が整ったからこそ、授けられた機会だったように思えるのです。

 久しぶりの学生生活が始まり、履修登録のときは夢が広がりました。勉強してみたいと思うような魅力的な科目がたくさん並んでいたので、選ぶのに困ってしまったのです。なんとか自分の研究テーマに関係するものに絞って、履修できる上限まで欲張って登録しました。しかし、届いた教科書をめくってすぐに後悔しました。大学院の勉強なのですから当たり前のことですが、とても難しいのです。通学して勉強するのなら、時間になれば授業に出席して勉強するわけですが、通信制の場合は、自分で計画を立てて勉強しなければなりません。言うのは簡単ですが、実行するのはとても難しいのです。それも課題が難しければなおのこと、仕事の忙しさを理由に勉強から遠ざかり、がんばって勉強を始めても、教科書をめくるたびに自分の知能の限界を思い知らされ、私なんかには、大学院は無理だったのかもしれないと思うことの繰り返しでした。しかし、そんな私がなんとかレポートを仕上げることができたのは、メールで質問すればすぐにていねいにご指導くださる先生方のバックアップがあったからです。先生方のお人柄が表れたメールをいただくのは、とても待ち遠しいものでした。添削していただいたレポートから、新たな視点を発見することも多く、また、思いもかけずほめていただくと、単純な私は次もがんばろうという気になることができました。毎月のアクセスチェックの時も、入学式やスクーリングでであった仲間の顔を思い出し、一人で勉強しているのではないのだという気持ちになることができました。

 大学院進学から半年して、台湾に住むこととなりました。通信制の大学院でなければ勉強を続けることはできなかったでしょう。パソコンがあり、インターネットにアクセスすることができれば、世界のどこにいても勉強できるということに改めて感心しました。国際比較がテーマだったために、台湾に住んだおかげで、かえって研究をより深く掘り下げることができました。語学学校に通ったので、同級生は多国籍で、研究のヒントをもらうこともできましたし、アンケート調査に協力してもらうことができたのです。しかし、困ったのは、参考図書でした。先行研究を見つけることや関連する論文を調べることなどは、インターネットでできましたが、参考図書に関しては、手に入れることが難しく、日本に帰るたびに調べたり、日本に一時帰国する友人に頼んで運んでもらったり、送ってもらうしか方法がなかったのです。特に辛かったのが、2年の11月からでした。後期の課題レポートの参考図書は、なかなか手に入らない、修士論文はまとめなければならないうえに、語学学校での中国語の勉強もどんどん難しくなり、学校の予習、復習、課題レポート、論文とやることが多く、期限までに仕上げることができるのかと常に不安でいっぱいでした。12月31日もパソコンを打ちながらの年越しでした。しかし、台湾は、2月の旧正月をお祝いするので、1月1日こそ祝日ですが、2日から平日なので新年のムードはどこにもなく、かえって、お正月返上して勉強するという悲壮感に駆られることなく勉強を進めることができました。また、年末には台湾南部で発生した地震により、海底のケーブルが破損し、インターネット回線がつながりにくくなるというハプニングにも見舞われました。メールもなかなか届かず、ファイルを添付した重たいメールなどは、送っている最中にインターネットが遮断され、送れないということが続きました。通常通りに戻るのが1月末と発表されましたが、レポートと論文の期限はそれよりも前。回線がすいている夜中に起きて、インターネットをつないだりして、なんとか期限内にすべてを提出することができました。

 入学するときは、二年間という時間がとても長いものに思いましたが、過ぎてしまえばあっという間でした。しかし、先生方との出会い、一生繰り返し読みたいと思う本との出会いなど、自分の視野や考え方が大きく広がったことは、何にも変えがたい貴重な経験で充実した時間でした。何度もくじけそうになりながらも何とか修了することができたのも、学ぶ準備が整ったときに最良の学び舎で勉強することができたからだと思います。これから修士論文に取り組む方には、この通信制のメリットを大いに活用して充実した研究をしていただければと思います。また自分自身がインターネットのトラブルに出会った経験から、提出期限よりも余裕を持って仕上げることが大切だと思いました。研究やレポートが進まず苦しいときもあるかとは思いますが、辛いのは一時だけで、終わってみれば、とてもよい経験に変わると信じて前進してほしいと思います。

(1)E.キューブラ・ロス(伊藤ちぐさ訳)、『死後の真実』、日本教文社


 
       
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