3足・4足のわらじを履きこなせたのか?

人間科学専攻 2023年度入学 2025年度修了 東條 佳子

1. 修士を取りたい!

私が「修士を取る」と決めたのは、職場での自分の位置を確立したい、もう少し自信を持ちたい、という思いを抱き始めたのがきっかけでした。私は診療放射線技師の資格を持っています。臨床での業務をこなしながら大学で教員として学生を指導する立場にあります。一方で家に帰ると小学生の娘と豆しばの母親でもあります。旦那は単身赴任で遠方に暮らしているため、ほぼシングルマザー状態です。高齢の両親も近くに住んでおり、娘としてそちらの健康状態も気にかけながらの毎日です。そこへ学生の自分が入ってくるわけですから、3足どころか、数えようによっては4足のわらじを同時に履きこなさなければならない、そんな状況が想定されていました。
 頼れるものは自分だけ、そんな状況の中、大学院の選択肢は通信制一択でした。しかも出来るだけスクーリングが少なく、通える範囲内の大学。そんな厳しい条件で検索したところ、条件に一番近かったのが、日本大学のこちらの大学院でした。ここしかない、そう思った私はすぐに希望教員の田中先生に連絡を取りました。思い立った時期が遅かったため、今期最後の入学試験に挑むことになりました。見事入学を認められ、2023年4月、晴れて大学院生としてのスタートを切りました。

2. レポートの危機とLINEグループ

入学して最初に打ちのめされたのは、想像以上に「レポートが大変だ」という現実でした。最初のスクーリングで自然発生的に生まれたLINEグループの存在がありました。はじめは、次々と「提出できた!」という喜びの報告が届き、置いて行かれる焦りが募る一方でした。私はレポートに手も付けていない、LINEを開きたくないと思う日も多々ありました。現実から逃げ始めていたんです。
 そんなある日、4足のわらじの日々に追い詰められて身動きが取れなくなった私は勇気を出して正直に「私、しんどい」とLINE上でうち明けたんです。意外なほど多くの「実は自分も」という声が返ってきました。実は皆必死だったんです。満身創痍な方もいました。もう私は孤独ではありませんでした。それ以来私は、LINE上で色々な事を聞いたり、愚痴ったり、励ましたり、同期の皆とコミュニケーションをとるようになりました。締め切りのリマインドや様々な情報をここから得ることができ、私は何とか無事にレポートを終わらせることができました。まさにこのLINEの存在のおかげでした。そして同時に、月1回開催される田中研究室の定例会の存在も大きかったです。この開催によりZOOM上で皆さんと顔を合わせること、研究報告をしあうことが出来たことで、放っておけばいつしか消えてしまいそうだった学びの“熱”を保つことが出来たと確信しています。

3. 研究が進まない

一方で、研究課題はなかなか固まらず、資料の海で方向感覚を失い、自分で自分にあえて過酷な道を課しているのではないかと思い始めていました。 家では小学生の子どもがいて、夜にまとまった時間を取るのは難しい。そこで勤務の合間の“隙間時間”を拾い集め、段落ひとつ、図表ひとつ、と細切れに前進させました。提出しては赤字で戻り、再提出してはまた直し……心が折れかけた回数は数えきれません。実験は思い通りに進まず、気づけば「わらじ」を全て脱ぎすて、裸足で放心状態という局面もありました。通信制のつらさは、すぐそばに駆け込める研究室の扉がないことかもしれません。方法を自分で模索し、解析の手順を一から調べ、「わらじ」を少しずつ足に馴染ませるしかない――“自分力”が問われる日々でした。

転機は、“自分の殻”に閉じこもっていることに気が付いた時からでした。メールで指導教員の田中先生に指導を仰ぎました。勇気を出して行き詰っている現状を報告し、さらに「表題を変えたい」「設計を見直したい」と相談しました。先生は即座に受け止め、論点を鋭く丁寧に整えてくださいました。その後修士論文は何度も何度も読み込まれ、赤ペンが入るたびに、文章は締まり、仮説は磨かれていきました。ときに先生からの痛い指摘もありましたが、それも最後には清々しさに変わりました。ゴールは当初の計画とは別の形になりましたが、提出ボタンを押した瞬間に胸にあったのは、「自分でやり切った」という静かな自信でした。肩に積もっていた重さがふっと軽くなり、空を見上げるような、あの達成感は忘れられません。

4. 振り返ってみると

振り返れば、この2年間を豊かにしたのは、人の輪でした。LINEに流れた一言の励まし、月一回のゼミでの顔合わせ。通信であるがゆえに、業界も年代も異なる仲間が集まり、互いの現場の言葉が刺激になりました。PCやLINEの画面を閉じれば日常に戻る。だからこそ、どのわらじからも逃げることなく、現実と誠実に向き合えたのだと思います。そして田中先生が最後まで手を引き続けてくださったこと、本当に感謝の気持ちしかありません。
 2025年3月無事に修了を迎えました。終わってみれば時間は驚くほど速く、体感としては“凝縮”でした。私の中に大きく残ったのは、疲労ではなく充実感です。

そして私は、翌月4月から博士後期課程に進み、また新しい嵐のまっただ中を歩き始めています。それでも後悔はありません。修士で培った自律と粘り、仲間に頼り、仲間から頼られる勇気、その一つひとつが背中を押してくれるからです。通信も悪くない。むしろ、多様な人が交差する場だからこそ開ける視界がある。社会人として、親として、学徒として、役割を行き来しながら進んだ2年間は、私に「一人じゃない、だからやれる」という実感をくれました。 “わらじ”は全て器用に履きこなさなくてもいいんです。いつでも履き替えられるように、見える所に並べてあれば大丈夫。
 ここから先も、同じように手と頭と心を動かし続けます。学位は“終点”ではなく、“もっとよく生き、学ぶ”ための始発駅なのだと信じて。




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