共に生きる

博士後期課程 総合社会情報専攻 2021年度入学 2024年度修了 横田 隆志

博士論文を執筆するのにかかった時間、4年間。ゼミに参加した日数、72日。執筆した論文12本、口頭発表14本。かかわった人々、数えるのが難しいくらいたくさん。

3回の中間発表と予備審査を経て、2024年10月に博士論文を提出。その後、口頭試験を受け、2025年3月に博士号を取得しました。
 提出時に作成した研究業績一覧や4年間のカレンダーを振り返ると、膨大な時間を費やし、世界中を移動しながら多くの人々と出会い、悩みながら博士論文を仕上げたことを改めて実感します。今回のこの奮闘記は、自分自身の研究を振り返る良い機会になると思い、記録として残すことにしました。

私が目指した研究は、社会につながる日本語教育が「共生のための日本語教育」となり得るのか、その可能性を探ることでした。そのため、日本語教育を通じて社会課題を解決していく、日本語教育学の視点から教室活動を考察し、多文化社会である日本において、学習者が日本語教育を通じて社会にどのようにかかわるのか、そして、そのかかわりによって社会がどのように変化し得るのかを検討しました。

博士課程に進学しようと思ったきっかけは、コロナ禍で授業の多くがオンラインに移行し、日本語教育の意義や、今後どのような日本語教育を目指すべきかを改めて考えるようになったことです。学習者と直接会えない、学習者自身も日本に来られないという状況の中で、「何のために日本語教育をしているのだろう」と自問するようになりました。そこで、日本語教育を単なる教室内の学習活動ではなく、学習者が社会にかかわるための営みとして捉えることから研究をスタートしました。教室活動は、他者と共にある社会でことばを使い、共に学ぶ場を創る活動であり、学習者だけでなく、教室に関わる人々や実践を担う実践者を巻き込むものでなければならないと考えました。さらに、社会を巻き込む実践を通じて、その実践に関わった人々がどのような意識を持ち、その意識がどのように変化していくのか、そのプロセスを記述したいと考えました。

研究を進める中で、特に大変だったのは3つの「作ること」でした。それは、「研究の時間を作ること」、「共に研究する人を作ること」、そして「論文の背骨を作ること」です。
 まず「研究の時間を作ること」についてです。1年目はコロナ禍で自宅勤務が多かったため、比較的容易に研究時間を確保できました。しかし、コロナが落ち着くにつれて勤務が通常に戻り、研究時間の確保が難しくなりました。さらに、私はシングルファザーとして小学生と中学生の子どもの世話もあり、思うように時間が取れませんでした。当初は夜遅くまで研究をしたり、家事を減らして時間を捻出しようとしましたが、夜更かしすると翌日の仕事に支障が出たり、家事を減らすと週末に負担が回ってきたりと、うまくいきませんでした。
 そこで、読む時間・考える時間・書く時間を決め、日常生活に組み込むことにしました。本を読む時間は勤務中の休憩時間、考える時間は通勤の往復2時間、書く時間は早朝の2時間とし、毎日の習慣にしました。こうすることで、研究は仕事や家事の「息抜き」のような存在になり、逆に仕事や家事が研究の「息抜き」になるという循環が生まれました。最終的には、このサイクルがうまく機能し、3つの活動があることで生活全体が安定するようになりました。
 次に「共に研究する人を作ること」についてです。学習者が教室を飛び出し、社会にかかわるような活動は日本語教育ではあまり一般的ではなく、むしろ少数派でした。実践を進める中でも、「この活動は本当に社会につながっているのだろうか」「社会につながるとは何だろうか」という不安が常にありました。そこで、共に研究できる仲間を探そうとしましたが、身近には共感してくれる日本語教師がなかなかいませんでした。
 そこで、本や論文で読んだ「社会につながる日本語教育」の実践を行っている研究者と直接話してみたいと思い、日本を飛び出して世界各地の学会で研究発表を行いました。そこで、同じような考えを持ち、日本語教育の実践に取り組む人々と出会うことができました。日本国内の視点だけでなく、海外からの多様な観点やアドバイスを得られたことは、何よりも大きな収穫だったと思います。
 研究というと「一人でコツコツと進めるもの」というイメージが強いかもしれません。しかし、私は研究を「他者との関わりの中から生まれるもの」であり、コミュニケーション活動の一つだと感じています。論文や書籍を読むことは、情報を得るだけでなく、著者の考えに触れる「交流活動」です。また、自分が書く論文も「誰かに読んでもらう」ことを意識した活動です。さらに、研究発表は、自分の研究に対して直接フィードバックを得られる貴重なコミュニケーションの場です。こうした機会を得るために、世界の日本語教育に関する研究会で発表を重ね、共に研究する仲間を作ることができました。
 そして、一番苦労したのは「研究の背骨を作ること」でした。この作業には1年もかかってしまいました。3年目の夏、博士論文にまとめるための研究は終わっていましたが、いざ論文として構成しようとすると、うまくいきませんでした。それは、まるで短編小説集のように、いくつかの論文が並んでいるだけで、つながりがない状態だったのです。さまざまな工夫を試みましたが、どうしてもうまくいかず、提出期限だけが迫ってきました。悩んだ末、博士論文の提出を1年間延ばす決断をしました。7月から3か月かけてまとめた原稿を一旦手放し、しばらくは何もしない日々が続きました。年が明けても構成は見えず、「もう無理かもしれない」と思うこともありました。
 そんな中、趣味のハンティングで鹿を獲り、解体をしたときのことです。鹿の体には背骨があり、その背骨にさまざまな骨がつき、骨と骨の間には内臓があり、骨の周りには肉がついています。その様子を見て、「自分の論文には背骨がない」ということに気づきました。それぞれの論文は博士論文を完成させるためのパーツであるにもかかわらず、そのパーツをつなげる作業をしていなかったのです。そこで、研究の目的を改めて見直し、その目的を明確にするためのリサーチクエスチョンを設定し、構成図を何度も作成しました。このプロセスを通じて、研究の背骨を作り、その背骨に沿って各論文を配置することを意識しました。そして、リサーチクエスチョンに対する答えを整理することで、博士論文をまとめることができました。最終的には、長編小説のように一つのテーマに沿って各章がつながる論文が完成しました。

このほかにも多くの困難がありましたが、次々と現れる課題を一つひとつ丁寧に解決することで、博士論文を完成させることができたと思います。もしかすると、その解決方法は必ずしも正しいものではなかったかもしれません。しかし、その時々で最善を尽くし、あきらめなかったからこそ、論文を仕上げることができたのだと思います。

2020年に流行した新型コロナウイルスの影響で、それまで当たり前のように行っていたさまざまな活動が制限されました。この状況に多くの人が不満を感じていたと思います。しかし、日本語には原因や理由を表す言葉として「せいで」だけでなく「おかげで」もあります。「せいで」は自分が不利益を被ったときに使う言葉ですが、「おかげで」は他者や出来事が原因で、自分に良い結果がもたらされたときに使う言葉です。私自身は、コロナのおかげで自分の教育を見直し、新たな研究に取り組むことができました。コロナのおかげで研究を始め、共に研究する仲間を得て、それを博士論文としてまとめることができたのです。

研究の過程で行ったリサーチやインタビューは、日本語教育の意義や今後のあり方について、さまざまなことを考えるきっかけになったと思います。教室外とのつながりを意識した活動を学習者のインタビューから分析する際には、学習者の声に直接触れることができました。また、教室活動に意識的・無意識的に参加してくれた人々からは、外国人とのかかわりやそのかかわりを通じて見えたものについて話を聞くことができました。さらに、この研究を共有した仲間からは、新しいアイデアや日本語教育に関する多様な視点を得ることができました。この研究を通じて、これまでの日本語教育の実践では聞くことができなかった多くの声に触れられたことは、非常に貴重な経験でした。そして、この研究を通じて、自分自身の「共生」への意識も深まりました。共生とは固定された状態ではなく、このようなプロセスそのものなのかもしれない―博士論文を書きながら、そう考えるようになりました。
 この博士論文の執筆も、これからの日本語教育の実践や研究の一つのプロセスだと考えています。今後も、日本で生活するすべての人が共に生きやすい社会を実現するために、日本語教育を通じて過ごしやすい社会づくりに貢献していきたいと思います。






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