2018年9月23日、私の指導教授であった竹野一雄先生が天に召された。ほかの教え子の方々と同じく、私もこれまで竹野先生から数多くのことをご教示いただいた。物語の構造について、様々な参考文献について、論述の方法といった文学研究に関することだけでなく、研究以外についても多くの知識を与えていただいた。なかでも、私がもっとも大事にしている竹野先生からの教えのいくつかをここで述べることで、敬愛する恩師への感謝の意を改めて示したいと思う。
竹野先生からの教えの一つは、自分の発する言葉に責任を持ち、その言葉の根拠をきちんと述べられるようにしておく、ということである。なぜその言葉を発したのか、どこで誰がその言葉を述べていたのかを明確にし、自分の発した言葉に対し質問を受けた際には、きちんと回答できるようにしておくことが重要であると、竹野先生は日頃から言われていた。研究者としてだけではなく、一人の人間として、自らが発する言葉に対する責任の重さというものを理解してほしいと強く願っておられた。竹野先生ご自身は常にこの言葉を実践しておられた。
もう一つは、謙虚さを失わず何事にも努力を惜しまない、ということである。学位授与式においても竹野先生はこの言葉を述べておられた。博士の学位を取得したからといって傲り高ぶることなく、常に謙虚な態度で、決して学ぶことを止めることなく、自らが学んできたことを社会に還元するように努めることが、自分が成長できる道への一歩であると先生は言われていた。竹野先生は生徒一人一人の研究に対し、いつも興味を示してくださった。そして、どんなに忙しくても生徒たちの言葉に優しく耳を傾け、必要な文献を教えてくださったり、新たなアイデアを模索してくださったりした。生徒たちへの指導のために自らも学ぶことを続けられ、先生の指導は文学を研究対象とする生徒だけにとどまらなかった。竹野先生はよく、教授という仕事は色々なことを生徒と共に学べることができるすばらしい職であり、自分はなんと恵まれていることか、と言われていたことを思い出す。
そして、もう一つは、常に愛情をもって人に接すること、である。竹野先生はどんなときも親身になって生徒の相談にのっておられた。竹野先生の葬儀において牧師は、生徒を愛するということは、常に生徒に寄り添い、その生徒にとっての最善策を生徒と共に考えるように努めることであると、竹野先生がお話されていたことを語ってくださった。病に侵された後も竹野先生による生徒への接し方は変わらなかった。どんなにご自分の体調が悪くても、いつも生徒たちやほかの人々のことを気にかけておられた。その姿には今でも頭が下がる。竹野先生のすべての教え子の方々が、きっとこの言葉のとおり、自分たちに愛情をもって接してくださったことを忘れることはないであろう。
こうした竹野先生からの様々な教えを胸に、自らが学んだことを誰かに、社会にと、少しずつでも自分のできる限り還元できるように努めていきたい。これから先、どこかに行く度、誰かに会う度、文献を開く度にと、あらゆる場面において竹野先生を思い出すことであろう。そんなとき、ただ悲しみに浸り涙を流すのではなく、自分は竹野先生からの教えに反していないか、今の私は竹野先生に胸を張って会える人間になれているかと、自分自身に問いかけながら、自らの姿勢や生き方を軌道修正する時間にしていこうと思っている。