課程修了の要件

人間科学分野 大山 眞一

 博士論文奮戦記という特集で、「課程修了の要件」というタイトルは少し堅苦しい印象を与えるかもしれません。しかし、これから述べることは、課程修了のために最低限必要と思われる基本的な八つの要件を皆様方に簡潔にお伝えしようとするものです。「課程修了の要件」は個人的、且つ主観的な観点から述べられてはいますが、博士後期課程在籍者に限らず博士前期課程在籍者、その他の方々にも共通する内容が含まれているものと考えます。
 そもそも、学問は永遠の真理を探究するもので、研究活動に対して期間を限定すること自体少なからず無理がありましょう。したがって、本来の学究的見地から照らしても、「課程修了の要件」は3年間で課程を修了することを礼賛し、第三者に積極的に勧める趣旨のものではありません。課程期間内の博士号取得を個人的な目標とするものであります。また、この要件を遵守することが博士号の取得を必ずしも保証するものでないことをお含みおきください。この要件はあくまでも独断と偏見にもとづく個人的な戒めなので、ご異論のある向きには何卒ご容赦願います。とはいえ、「課程修了の要件」は3年間で博士後期課程を修了するための一般的な「心構え・心得」と言うことができるかと思います。課程修了を志す方々にとってなんらかのご参考になれば幸いです。

 思い起こせば、長いようで短い3年間でした。私の場合、他大学院の修士課程を修了後、間を置かず日本大学大学院総合社会情報研究科の博士後期課程に進むことができたのがそもそもの幸運でした。そして、入学当初に「博士後期課程を3年間で修了する」という目標を立てたことも、自身の問題意識を高める意味において功を奏したように考えます。しかし、今振り返って考えてみると、研究計画書を作成した段階で、ある程度博士論文完成の見通しを立てていたことが予定どおりの課程修了という結果に繋がったように思われます。それには修士時代の研究成果が大いに寄与したことは言うまでもありません。博士後期課程で新たに研究を開始するにはあまりにも危険を伴い過ぎます。入学後は、ある程度の軌道修正は認められますが、新たな研究領域を模索する段階にはないように思われます。したがって1年生の夏までには全体構想を練り、具体的な目次等を設定し、既に論文作成を開始していることが望ましいでしょう。そして、2年生終了の段階で論文が完成していなければ、3年生の段階で余裕をもって最終論文提出に辿り着くことは難しいのではないでしょうか。3年生は予備試験(特に英語)の準備や博士論文の推敲などに時間をとられますので、新たな構成を練ったり、軌道修正をする余裕はないでしょう。それでも、人それぞれですから、このやり方が向いている方もいれば、ラストスパート型の方もいらっしゃるので、一概にお勧めはできませんが、やはりコツコツと努力を積み重ねていくやり方が、私には性格的に合っていたようです。
 博士論文に関わる研究活動は、論文作成のみに留まらないのは言うまでもありません。日本大学大学院における定期の研究発表、所定の単位を取得することは勿論のこと、個人的には、各所属学会で口頭発表を重ね、果敢に査読論文に投稿し、そして日本大学大学院の紀要論文に投稿することで、内外での実績を博士論文に投影させることができたように思います。結局、このような総合的な研究スタンスが自身の研究活動を充実させたと言うことができましょう。

 ここで、課程博士という大きな目標に対して私自身に課したスローガン、「課程修了の要件」について触れてみましょう。これは一部一般論にも通じるのですが、個人的には、期間内に博士後期課程(3年)・博士前期課程(2年)を修了させるためには以下に記す八つの要件が必須であると確信しています。
 さて、八つの要件が必須となると、脅迫観念に駆られ、尻込みされる向きもあるかもしれませんが、これはあくまでも私自身に課したスローガンです。皆様に押し付けるつもりは毛頭ございません。これから課程を修了されようとしている方々に少しでもお役に立てることを祈りつつ、ご参考までにその内容を以下に記しておきます。

課程修了の要件
@ 経済管理意識
A 健康管理意識
B 時間管理意識
C 総合研究力
D 論文構成力
E 着想力
F 交渉力
G 継続力

 上記要件は、@経済管理意識・A健康管理意識・B時間管理意識・C総合研究力・D論文構成力・E着想力・F交渉力・G継続力の八項目から成り立っています。プライオリティー(優先順位)に関してはあくまでも個人的なものなので、各々がそれぞれの事情に応じて順序を入れ替えていただいて結構です。また、それぞれの要件は特殊な能力や天賦の才能ではなく、目的意識にもとづく後天的な能力であって、万人が意識や訓練によって習得できる普遍的な能力であることを申し添えておきます。
 先ず、@の経済管理意識について述べたいと思います。日本大学大学院総合社会情報研究科は主に社会人の方々に照準を合わせていますので、経済力に関してはある程度問題がないように思われます。しかしながら、昨今の日本の経済状況は低迷しており、いつなんどき経済的に困窮しかねない危険性も否定できません。少なくとも3年以上(博士前期課程は2年以上)の研究期間が見込まれますので、潤沢といかないまでも、有る程度の余裕資金の蓄えが望まれるところです。私は、八つの要件の中でこの経済管理意識を最も重視いたします。しかし、経済管理意識の前提となる経済力は当該研究者が必ずしも富裕層であることを意味するものではありません。経済力と経済管理意識とは別次元の問題であって、いくら経済力のある富裕層であってもその運用・活用方法に誤りがあれば、結局のところ経済力が無に等しいことになってしまいます。富裕層であると、ないとに拘わらず、研究には書籍代はもとより、コピー代等の事務費、学会遠征費用(交通費・宿泊代)、食費、交際費等、諸々の出費を余儀なくされます。日常の生活費を捻出するのもままならないのに、家庭人として別枠で研究費用を確保することはなかなか難しいものと思われます。したがって、3年以上(博士前期課程は2年以上)の研究期間において想定外の出費に堪え得るだけの経済力が求められます。しかし、ここでいう経済力とは経済管理意識と言い換えることもでき、この意識を欠くと、いくら優秀な院生でも博士論文作成の継続は不可能でしょう。以上の理由から経済管理意識を研究活動の中で最重要視する次第です。
 次に、Aの健康管理意識に移ります。八つの要件の中では、便宜上、経済管理意識にプライオリティーを置きましたが、重要度という点からは、健康管理意識も経済管理意識と同等と考えることができます。私事ではありますが、博士後期課程3年生の時期に突如腰痛に見舞われました。恰も阿鼻地獄(無間地獄)に陥ったようで、それこそ七転八倒の苦しみでした。入院や手術こそせずに済みましたが、1・2年生の段階で博士論文がある程度完成していましたので、あまり焦らず腰の養生に専念することができました。お陰さまで、現在、腰痛は改善されないながらも悪化せずに済んでいます。人間はある程度の年齢に達すると、一病息災もしく多病息災といったように、病気を抱えながら生きていかなければならないと思います。貝原益軒の『養生訓』よろしく、私の場合も、ようやく腰痛とうまく付き合えるようになったと感じる今日この頃です。また、喫煙や飲酒についてですが、喫煙は、長期的な健康管理の面からも絶対にお勧めできません。「思考がまとまらないので一服する」という言葉をよく耳にします。私も以前は喫煙していましたので、その気持ちは充分理解できます。しかし、一本喫煙するのに約5分程度の時間的ロスが生じ、健康面と時間面からも、喫煙は研究生活にとって無用の長物だと思われます。また、飲酒に関しても、酒は百薬の長といって、程ほどなら血流を促進し健康に寄与するところ大であると思いますが、大量飲酒は厳に慎むべきです(この項目は特に筆者が反省すべき点だと思われます)。研究の妨げになるのはもちろんの事、成人病を誘発するなど、健康維持には百害あって一利なしです。だからと言って、「飲むな」と申し上げているわけではありません。あくまでも、程ほどが肝要かと思われます。事ほど左様に、すべての基本である健康力についてはこれ以上の多言は要しないでしょう。@の経済管理意識同様、Aの健康管理意識は最重要項目であります。
 続いて、Bの時間管理意識ですが、これは、研究時間のための暇をつくる、いわゆる時間創出能力と言い換えることが可能でしょう。われわれ社会人は、日常生活を営むために時間を費やすこと、つまり生計を立てることが最優先であるのは言うまでもありません。しかしながら、博士号を取得するという、非日常的な目標を立てたからには、3年間という期間を設定・限定し、そのための特別な時間枠を設け、その期間は全身全霊をもって集中することが絶対条件のように思われます。このあたりが実生活と研究生活のギャップとなりますので、挫折する大きな要因であるとも言えましょう。とても難しい問題です。先に、博士号取得が非日常的と申し上げましたが、非日常的とは夢を実現させることに他なりません。決して実現不可能な夢ではありません。その夢の実現のためにも、社会人である私たちは特定の期間を設定・限定し己の集中力を高めることが時間管理の要諦であるということができましょう。
 Cの総合研究力とは資料の収集能力・分析力・活用力・研究の軌道修正能力等を含めた総合的な研究力を意味します。これら研究力の蓄積や相乗効果が、自身の研究に着想力延いてはオリジナリティーをもたらす要因となることは改めて説明するまでもないでしょう。
 Dの論文構成力はCの総合研究力とEの着想力と直結しています。後述するEの着想力で得たオリジナリティーを論証するには、前述したCの総合研究力を駆使し、論を展開、修正し、論文全体を構成する能力が求められます。
 Eの着想力は研究の端緒として極めて重要でありますが、これはCの総合研究能力、D論文構成力と大いに関連があります。博士論文に問われる最大のものは研究者のオリジナリティーであることは言うまでもありません。しかしながら、そのオリジナリティーは単なる荒唐無稽な思いつきを意味するものではなく、あくまでも先行研究を精査・研究し尽くした後に生ずる筆者のオリジナルな思索ならびに思想であるかと思われます。したがって、着想→先行研究精査→論文構成→軌道修正→まとめ(オリジナリティーの論証)、という一連の過程を辿って博士論文を作成すべきものと考えます。これら一連の流れはFの交渉力、Gの継続力、そしてBの時間管理意識を伴ってはじめてその成果が期待できるものです。
 Fの交渉力とは、指導教授並びに副指導教授と被指導者間における研究交渉を意味します。修士論文や博士論文は学術論文ですので、先生方との密なる研究交渉が必要となってまいります。その際に先生方と論文作成者との間に見解の相違を見ることがしばしばあります。自説に拘るあまり、先生方の意見を素直に受け入れることが難しい局面に遭遇することもありますが、指導者としての先生方のご意見なりアドバイスには最終的には納得すべき点が多々あります。私の場合は、自説を先生方にご理解いただく努力を惜しまず、粘り強く交渉を重ねました。最終的には、先生方のご意見に従うことが結局のところ正しい選択だったように思います。しかしながら、場合によっては自説をどうしても通したい箇所もあるものと思います。ある程度忍耐強く交渉を続ければ、先生方にご納得いただけることもあろうかと思います。この交渉力は言い換えるならば説得力ということができ、学界等の発表でも常に求められる要件の一つといえましょう。研究交渉の場合、師弟関係とはいえ、両者には双方向的な交渉力が求められるべきであると考えます。
 Gの継続力は根気と言い換えることができます。「継続は力なり」という名言がありますが、挫折を乗り越えて研究を継続させていく克己心が肝要でありましょう。

 以上、つれづれなるままに、(中略)心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけてまいりました1。これはあくまでも個人的な指針ともいうべきもので、皆様にとって有益になるかどうかはわかりませんが、なんらかの参考にしていただければ幸甚に存じます。
 小生の如き浅学にして晩学の徒が、3年間で博士後期課程を修了できたのも、偏に指導教授の小坂先生、副指導教授の佐々木先生並びに小田切先生のご指導の賜物でございます。面談やメールによる多大なご指導を賜り感謝の念に堪えません。深く感謝申し上げます。また、総合社会情報研究科の諸先生方にも紀要や中間発表会では大変お世話になりました。特に、中間発表会においては、他分野の先生方から厳しいご質問やご意見を頂戴しました。発表時には何と厳しいご指摘だろうと思っていました。しかし、今から考えると、あの時の中間発表会はまさに各所属学会における口頭発表のリハーサルだったことが理解できました。ある意味で、学会における質疑・応答の方が楽だったように思われます。これも、中間発表会における諸先生方のご指導の賜物と考えます。総合社会情報研究における中間発表の経験が所属学会で活かされたことは、偏に諸先生方の親心だったのだと気づかされました。ありがたいことです。どうか皆様方も中間発表会で諸先生方から叱責を受けるようなことがあっても、これは教え子に対する「愛の鞭」だと受け取っていただきたいと思います。
 日本大学大学院総合社会情報研究科は社会人を対象とした通信制大学院ではありますが、研究機関としての体制は通学制に劣らぬ、否、通学制以上の成果が期待できる研究機関だと思います。大学院の研究には通信とか通学という体制概念は無用のものと考えます。余談ではありますが、3年生の時に、社会人である私が幸運にも坂東奨学生に選ばれ奨学金を頂戴しました。社会人に奨学金、とは思ったのですが、日本大学大学院総合社会情報研究科においては、院生の向上心を高める、このような支援体制も充実しているのです。しかし、そのメリットを享受するには二つの条件があります。重要な条件です。それは院生の目的意識と熱意です。この二つの条件を継続することができれば、上記八つの要件もクリアでき課程修了、博士号・修士号取得という果実を得ることもできるものと思われます。皆様方の置かれた環境はさまざまだと思いますが、今後のご健闘を祈りいたします。
 最後に、日本大学大学院総合社会情報研究科の各先生方、小坂ゼミ生の皆様、煩雑な事務を滞りなく履行された事務課の皆様、そしてパソコントラブルに懇切丁寧にご対応いただいたヘルプデスクの皆様にも篤く御礼申し上げます。3年間、ありがとうございました。



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