論文テーマの設定が大切

国際情報分野 小林 二三夫

 2010年3月に博士(総合社会文化)を日本大学から授与されました。指導教授をはじめ諸先生ご指導と事務局のご協力にまず感謝を申し上げます。これから博士課程に進まれることを考えている方、現在在学している方に博士課程における経緯などについて報告します。

1.論文のテーマ設定が一番重要
 博士論文が予定の期間で書けるかどうかの一番重要な点は、テーマ・仮説の設定にあると思います。日本大学大学院総合社会情報学研究科の学生の場合は社会に出て仕事をされている方がほとんどですので、自分の仕事に関連したテーマが最も研究し易いと思います。私の博士論文のテーマは、「SPA型小売りチェーンにおけるグローバル事業システムの研究―小売業の歴史的背景を踏まえてー」です。私事で恐縮ですが、私は、流通業で輸入マーチャンダイジングに関係した仕事に長年携わっておりましたので、その関係でいくつかの業務上の疑問点がありました。業務内容は、輸入物流、貿易決済など1つの商品の企画、製造、輸送、代金決済、販売、クレーム、販売残の値下げ、廃棄など一連の業務です。業務上の課題解決策を見つける為の調査と研究をしてきました。同時に小売業そのものの研究もしていました。
 海外のファーストファッションと言われるアパレル企業、日系のアパレル企業も消費変化への対応という問題点を解決する為に試行錯誤をしています。一方、研究分野では、グローバル小売業の国際調達について理論的に解明しようとしている先行研究もあります。自分の業務から抽出した課題、その分野の先行研究に加えて、海外の生産現場を調査し、小売業のバイヤーへのヒアリングなどフィールド調査を行い、論文をまとめました。ビジネスに関わっている方はプロの視点をいれながら、業務全般をバランスよく見て、研究ができると思います。自分の業務や長年の興味と全く離れたことを研究テーマにすると論文の完成に時間がかかるものと思います。

2.学会での発表と学会誌へのレフェリー付き論文の投稿を積極的に行う
 関係する学会に早めに入会し、できるだけ学会に出席して学者の研究を聴くとともに、懇親会等でいろいろ意見を交換して参考にするようにすると良いと思います。また、学会で発表し、レフェリーの付いた論文を学会誌に可能な限り多く掲載できるよう努力することが博士論文への近道だと思います。同時に学位を申請する上での必要研究業績の要件にもなります。
 私は研究に関係するいくつかの学会に出席し、同じ研究分野の先生方から薫陶を受けることができました。幸いだったのは、学会の中のいくつかのグループに入り共同で研究ができたことです。一緒にインタビューに行き、その取りまとめ、論点整理を一緒に行い学会誌に掲載する論文を共同執筆で何本か書くことができました。これは大学院とは別に大変勉強になりました。特に先行研究や参考文献の知見を得るのに大いに参考になりました。

3.大学院での講義受講について
 大学院での講義は、顔を合わせてのゼミもありますが、サイバーでの講義及びインターネットでのレポートの指導が重要になります。博士後期課程においても前期課程と同様に、講義担当教授とのレポートのやり取りはある意味「知の戦い」であると思います。こちらも真剣ですので、先生のご指摘は大変参考になります。先生と意見交換ができることは、大学院で学ぶ重要な特典です。博士後期過程の中で科目単位取得の為に書くレポートで1科目あたり読む本は最低でも十数冊になりますが、これは論文を書くうえでの考え方の整理に大いに役立ちました。是非、科目担当の先生方とのインターネットによる「知の交換」を数多く行って欲しいと思います。

4.ゼミ参加について
 自分の属するゼミの関係の集まりはできるだけ出席することをお勧めします。指導教授との関係だけでなく、博士前期課程、後期課程の在学生、修了生との語らいから大学院生活について教えていただくことが多々ありました。また、励みになりました。

5.博士論文の内容について
 博士論文の内容について、最初に少し説明を致しましたが、もう少し詳細にお話を致します。

 私の博士論文の骨子は、各学会で発表した論文及び著書の内容を集大成したものです。 修士論文で研究した考え方も含まれています。また、大学院での中間発表における諸先生方からの指導内容は、その後の研究において重要な道標になりました。

 論文で比較的多くの時間がかかったのは、先行研究です。文献を読んで蓄積された先行する研究を整理するのに時間がかかりました。私は、「小売業のグローバル化研究の状況」として1つの章を立てました。従いまして、(1)先行研究の概要、(2)先行研究における問題の所在、(3)先行研究における領域の分類、(4)分類ごとの概要、というように整理をしていきますと、自分の研究は全体系譜の中でどの位置にいて、問題の所在はどこにあるかかが客観的に再定義されてきました。自分の業務の中から問題点を探って研究をしていますとこのように客観的に自分の研究の位置づけを見ることも必要になってくると思います。

 論文において具体的な事例を多く研究しました。企業が実行している業務を事業システムとして捉えてそれを客観的に整理しますので、該当する企業にアポイントをとって担当者、責任者とお会いしてインタビューをするとともに現場を見せて頂きました。多くの企業を訪問しました。全てを論文の中に書く訳ではありませんが、訪問した事業所は海外を含めて50程度になりました。多くの人に協力をしていただいたことになります。
 訪問してインタビューした内容を客観的に整理して分析できるかは、共同研究者の存在が大きかったと言えます。共同研究者は、各自のテーマに基づいて研究していて、それぞれその分野の専門家でもあるので多くの示唆を得ることができました。私は、事業所の訪問が大変好きでしたので、特に海外の事業所の研究は胸ときめくものがありました。一番印象に残っているのは、バングラディッシュのダッカを訪問した時です。訪問目的は、繊維製品の縫製工場と日本への物流を確認することでした。長いつきあいの物流の専門家の友人と2名で夏休みに5日間訪問しました。多くの後発国に行きましたが、これからの可能性が一番大きい国でありながら、貿易のインフラの改革が進んでいない国でもあります。特にダッカ地区の工場から、主要港のチッタゴンまでの輸送は雨季には大変な状況になります。しかし、ダッカの工場主達は、雨季の洪水により冠水はするが主要幹線道路は冠水しないので問題は無いし、他国の人は「水害」と言うが、洪水は、雪国の雪と同じようなものとして見て欲しいし、商品納期も水害を所与の変数として処理して実態として守られている、と主張していたのが印象に残っています。

 また、国際調査においては言葉の問題があります。バングラディッシュ、タイ、ベトナム、中国、インドネシア、パリと調査をしましたが、現地の言葉につては通訳を介して状況を把握するか、英語で話すか、ビジネスの中に居る日本人に協力をしていただく訳ですが、時として不安を感じることがあり、何回か確認をする必要が出てきます。

 論文において調査したうちのいくつかの企業を取り上げました。基本的に3年間の調査を基に論文を書きましたが、事例分析をしているうちに、テーマとなるような新しい企業が脚光を浴びてしまい調査した企業の内容が古く感じてしまうことが随分と気になりました。また、財務データが更新されることにより論文で証明しようとした内容が変化してしまいそうなことも気になりました。現在、モノづくりでトヨタを扱っている方が、多くのリコールをどのように考えるかというような問題です。証明しようとした内容が逆のことを言っているかもしれないと言う恐れです。言いかえますと、大きな流れを捉えていても、その過程で起きる小さなデコボコで大きな流れを見失うような心配です。

6.現在の仕事
 現在、私はビジネスの世界を辞めて専任教員として大学に勤務しています。教育、研究、学務、地域貢献をすることが仕事ですが、研究に割く時間が多忙だったビジネスマンの時代に比べて少ないように感じることがあります。そのように感じるのは、ビジネスマンの時は、仕事自体が研究だったからかもしれません。変化に対応することが研究だったと言えます。よく「仕事は忙しい人に頼め」と言います。忙しいということは情報が集まるということだと思います。ビジネスで多忙の中で論文を書くことはハンディキャップではありまぜん。
 現在の研究方法として、「産学官連携」又は、「産学連携」での研究をしています。客観的に事象をみるとともに社会に多少とも役立つことを目指して研究をしています。
 本文が、博士後期課程で研究をする方の参考になればなによりだと思っています。



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