大学院総合社会情報研究科25周年記念シンポジウムの報告
文化情報専攻 教員 保坂 敏子
2024年9月7日(土)に大学院総合社会情報研究科(Graduate School of Social and Cultural Studies : Graduate Program in Distance Learning,以下GSSC)の25周年記念シンポジウム「日本大学通信制大学院への愛を語る」が開催された。会場は,JR市ヶ谷駅からほど近い桜門会館で,会場様子はリアルタイムにオンラインで配信された。桜門会館とは,「校友が一堂に会して親睦を深め、校友同士または校友と学生が有益な情報交換を行うために」2010年にオープンした活動拠点のことである。今回の催しは,GSSC修了生や在学生,元教員と現役教員,他学部の教員や学生など,リアル会場に80名,オンラインのバーチャル会場に44名が参加し,冒頭で林真理子理事長から祝辞もいただくなど,まさに「桜門会館」の趣旨に適う会合であった。
本稿では,まず25周年に至ったGSSCの成り立ちをふりかえり,現在の状況をデータで確認する。そのうえで,実施したプログラムの内容,当日開催された上野千鶴子先生(東京大学名誉教授)の基調講演,ならびに、GSSCの2名の教員による退任記念講演,3専攻の教員と学生(修了生・在学生)が行ったパネルディスカッションの内容を報告し,最後に,未来のGSSCに期待されることについて私見を述べる。
日本で通信制の大学院が制度化されたのは,1998年のことである。この年,大学設置基準等が改正され,大学院で通信教育の正規課程を置くことが可能となり,1999年に4校が修士を授与する課程(博士前期課程,修士課程)を設置した。GSSCはその4校の一つである。その後,2003年に博士を授与する博士後期課程も設置できるようになったが,GSSCではこの年の4月に博士後期課程が開設された。前期課程も,後期課程も正規の課程を設置した日本初の通信制大学院ということになる。
シンポジウム当日に配布した資料によると,2024年5月1日現在のGSSCに在籍する学生の人数は,前期課程が128名で,後期課程は30名である。GSSCは学部課程を持たない独立大学院であり,学部の学生がそのまま進学するわけではなく,学生のほとんどは,仕事を持つ社会人が占めている。在籍学生の年齢構成は,40~49歳が最も多く,次が30~39歳,次が29歳まで,その次が50~59歳,最後が60歳以上となっている。年齢層から見ても,現職の社会人が多いであろうことがうかがえる。居住地域別の学生の比率は,日本国内は,北海道・東北が8.3%,北陸が3.8%,関東が56.3%,中部・近畿が15.8%,中国・四国が3.8%,九州・沖縄が5.1%となっており,これに,海外在住の7.6%が加わる。海外の居住地は,2024年5月1日現在で,韓国,中国,台湾,フィリピン,アメリカ,エクアドル,エジプト,タイ,メキシコ,クロアチアとなっている。関東地域が半数以上を占めるものの,場所の制約のない通信制なので,GSSCには国内外を問わず,津々浦々の学生が集まっている。修了生の人数は,1999年の開校から現在まで1642名となっており,男女比は,女性48%で男性52%と拮抗している。2023年の文部科学省の「学校基本調査」によると,修士課程は全体の38.8%が女性で、61.2%が男性,また,博士課程は全体の約33.6%が女性で、66.4%が男性となっている。その結果と比較すると,GSSCは女性の割合が高いことがわかる。
今回のシンポジウムの概要とスケジュールは以下のとおりである。
1)目的: ①GSSC現役生、修了生、教職員が25周年を祝うこと
②大学内での本研究科の認知度向上
2)対象者:①GSSC現役生、修了生、教職員
②GSSC以外の日大関係者
3)日時:2024年9月7日(土)13:30~16:45 記念シンポジウム、17:00~懇親会
4)開催場所:桜門会館3F・4F
5)開催方法:会場/オンライン同時配信(ウェビナー配信)
6)プログラム
1.開会の挨拶 松重充浩 研究科長
2.祝 辞 林 真理子 理事長
3.基調講演 上野千鶴子 東京大学名誉教授
「学びはいつからでも、どこからでも」
4.退任記念講演 泉 龍太郎 元教授/保坂敏子 教授
5.パネルディスカッション テーマ「日本大学通信制大学院での学び」
国際情報専攻 神井弘之教授/林 聖子(在学生)
文化情報専攻 保坂敏子教授/江﨑由利子(修了生)
人間科学専攻 泉 龍太郎元教授/金刺美和(修了生)
6.閉会の辞 加藤孝治 教授
(終了後、懇親会)
上野先生は,言わずと知れた社会学者でジェンダー研究の第一人者である。お忙しい先生に今回の基調講演をお願いしたのは,シンポジウムに先立つ1年ほど前に上野先生をお呼びしてワークショップを行った際に,ある「つぶやき」を耳にしたことがきっかけとなっている。ワークショップは,先生の専門分野の社会学的なテーマについてではなく,上野先生が『情報生産者になる』(上野, 2018, ちくま新書)の中で紹介されていた「うえの式質的分析法」という研究方法について学ぶことが目的であった。そのワークショップが終わるころ,上野先生が「通信制大学院もいいわね」とつぶやいていたのが聞こえた。東大をはじめ複数の大学で社会人学生に対する大学院教育に携わり,その分野に対する造詣と経験の深い先生が,通信制大学院のどのような点に魅力を感じたのか,それが知りたいという気持ちで講演をお願いした。幸いにもご快諾をいただき,当日の登壇に至った。
講演のタイトルは「学びはいつからでも,どこからでも」である。講演では,現代社会における学びの意味や社会人の学びの現状,そして,学びの目標とすべきことなどについての話が繰り広げられた。まず,現在,生涯学習が拡がりつつあり,高年齢層,高学歴層で学び直す人が増えているという話から始まった。そして,教育には生産財と消費財という2つの側面があり,学位やキャリアに繋がらないような消費材としての教育の方が,学生の意欲や要求は高いという指摘があった。そのうえで,社会人はなぜ学んでいるのか,大学は社会人のニーズに応えているかという問いが示され,ご自身が社会人大学院等で実施した調査や当事者研究の結果から,その答が導き出されていった。たとえば,社会人大学院生は大学院で学ぶことで「人脈」と「生涯のテーマ」を得ていることが浮かび上がったという。また,多様なネットワークや「縁」を多く持つことは,定年後のソフトランディングや生き生きとした生活に繋がるといったような学びの効用があるとのことであった。そして,学びは一生続けた方がいいし,学んだことはアウトプットした方がいいという話で締めくくられた。最後に,学び続け,アウトプットできる場として,オンラインでも参加できるサイト(認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク)の紹介があった。
講演では、「学びはいつでも始められるし、学びは待ってもくれる」「学びは究極の極道である」など、キャッチコピーのようにユニークでありながら本質を突いたメッセージが次々と語られた。これらの上野先生の言葉から、「通信制大学院」であるGSSCの魅力について考えてみると、たとえ学生たちが異なる場所で学んでいても,オンラインを介して互いに強い「縁」を築き上げ、ネットワークを広げている点がその大きな特徴として挙げられるのではないだろうか。
基調講演の後の退任記念講演は,2024年3月にGSSCを退任した人間科学専攻の泉龍太郎先生と,2025年3月で退任する文化情報専攻の保坂敏子が担当した。
泉先生の講演のテーマは「大学院教員として~学生と学んだ日々~」である。まず,医学部の学生時代に宇宙に興味を持つようになったきっかけから話が始まり,宇宙飛行士に応募した際のエピソードが紹介された。その後,宇宙開発事業団(JAXA)での仕事を経て,GSSCに赴任したこと,10年間のGSSCでの在任期間中に46名の学生を指導したこと,赴任直後に担当した第1期の学生の論文題目と内容,論文指導に当たって学生の職場訪問をしたり,実験に立ち会ったりしたことなど,泉先生がこれまでGSSCで取り組んできた研究指導や教育実践が豊富な写真と共に語られた。話の締めくくりには,GSSCへの「愛」に溢れたメッセージが贈られた。
次の保坂の講演テーマは「通信制大学院の可能性を求めて」である。まず,研究のフィールドである日本語教育,学術的背景である教育工学,教育実践の場である通信制大学院との出会いが紹介された。次に,通信制大学が1947年に新憲法に基づいて制度化されたこと起点に,その後大学院が認可されるまでの歴史的変遷,ならびに,通信制大学・大学院の意義が示された。そして,これらの意義を発揮させるために,ゼミでピア・ラーニングや合同ゼミ合宿などの教育実践を試みたことや,実施したピア・ラーニングについて検証した結果が披露され,最後に,通信制大学院の現代的意義と,これからの教育のDXに対する通信制大学院への期待が述べられた。
2名の語りで共通していたのは,通信制大学院は大きな可能性を秘めた教育形態だと考えていること,ただ,その良さがあまり一般的に知られていないことが残念であるということである。通信制大学院のフロントランナーとして,GSSCの今後の活躍に期待したい。
パネルディスカッションは,「日本大学通信制大学院での学び」について,修了生や在学生と教員の代表が各専攻から1名ずつ登壇して,語り合うことを目的とした。壇上に上がったのは,以下の6名である。パネルディスカッションの司会は,神井先生が務めた。
国際情報専攻 神井弘之教授/林 聖子(在学生)
文化情報専攻 保坂敏子教授/江﨑由利子(修了生)
人間科学専攻 泉 龍太郎元教授/金刺美和(修了生)
最初の質問は,本研究科の学びについて,どのような思い出があるかである。まず,修了生2名(江崎さん,金刺さん)が話をし,その話に対して,在学生の1名(林さん)が質問をするという形でやり取りが展開した。次に,修了生2名に,スケジュール管理方法と学習を深める工夫について司会から質問が出された。発表が終わるごとに,該当する専攻の教員から,他の学生の事例等について追加説明が行われた。最後に,大学院を修了後にGSSCの学びをどのように生かしているか,現在どのような活動をしているかについて,修了生2名が語り,それに対して,在学生が感想を述べた。
パネルディスカッションでは,段上の登壇者だけではなく,フロアからもコメントや質問を受け付けた。当日会場には,国際,文化,人間の3つの専攻で修士号をとった修了生が参加しており,3つの修士論文を1冊の本にまとめたとの嬉しい報告もあった。
本パネルディスカッションでは,教員の知りえないところで,学生が毎日どのような工夫や苦労をしているのか,どのような心持なのかが共有された。会場やオンラインで参加していた修了生や現役生は,共感したり,思い出したりすることも多かったようである。
以上,GSSCの25周年記念シンポジウムについて,GSSCの歴史的変遷についてまとめたうえで,当日の流れに沿って上野先生の講演と退任記念講演,パネルディスカッションの概要についてまとめた。GSSCの歴史の中で最も大きいイベントだったと言われるこのシンポジウムが,滞りなく無事に終わったことについて,担当教員として,この事業に関わった教員と事務局の皆さま全員に感謝を申し上げたい。シンポジウムが楽しく実りの多い時間となったのは,ひとえに皆様方のおかげである。
先行き不透明なVUCAの時代では,いくつになっても,社会人でも,好むと好まざるとにかかわらず,持続的に学び続けることが求められる。学び続けることは,時間の制限のある社会人にとっては容易なことではないだろう。が,その時は,「学びはいつから始めてもよい」「学びは待ってくれる」という上野先生のメッセージを思い出して,ゆったりと構えてじっくりと臨みたいものである。今回のシンポジウムで,様々な観点から社会人の学びについて検討できたことは,今後の生涯教育や教育のDXを考える際の一つの道標になるものと思われる。GSSCが,これまでの歴史と先人の歩みを踏まえて,次の30周年やその先に向けて,社会人の学びの場として,あるいは,成人の学び直しの場として,さらに発展していくことを,心から願っている。