「学生の学生による学生のための」オープン大学院2024の報告
文化情報専攻 教員 保坂 敏子
2024年度のオープン大学院が10月5日(土)にハイブリッド形式で開催された。「学生主体」の原点に立ち戻り,「学生の学生による学生のための」オープン大学院と銘打った今年のイベントは,各会場の参加者からも満足感が非常に高いという声が聞かれるなど,盛会のうちに終了した。これもひとえに,ボランティアで大会を企画・運営した,修了生と現役生の実行委員の皆さんのご尽力の賜物であったことを,今年度の担当教員の一人として,感謝の意を込めて,まずはここに記しておきたい。
本稿では,成功裏に終了した今年のオープン大学院の光景を描写し,ここまでの変遷の中で本年度がどのように位置づけられるものであったかを確認したうえで,実行委員の皆さんの奮闘について報告し,通信制大学院におけるオープン大学院の意義について考える。
ハイブリッドで開催された今年度のオープン大学院において,対面の会場は市ヶ谷の通信教育部1号館であった。対面会場の様子は,各教室に設置されているカメラとWeb会議システム(Zoom)を利用して配信され,対面会場とオンライン上にいる発表者や参加者が同時双方向でやり取りを行った。当日の参加者は,対面とオンラインを合わせて,最大で69名(対面26名,オンライン43名)であった。オンライン上には,日本国内だけでなく,中国,香港,台湾,モンゴル,ベトナム,タイ,オーストラリア,クロアチアからの参加者が集まった。上海やモンゴル在住の修了生が発表し,それに対して,クロアチア在住の修了生が質問するなど,ハイブリットの空間では,場所の制約を越えた発表や質疑応答が繰り広げられた。国境を越え,リアルとバーチャルで繋がり,シームレスに対話するその光景は,GSSC(大学院総合社会情報研究科の英語名Graduate School of Social and Cultural Studies : Graduate Program in Distance Learningの略称)ではコロナ禍以前から実施されていた馴染みのある景色であり,まさに,「どこからでも学べる通信制大学院」ならではの魅力を感じさせるものであった。「学生主体」の原点に回帰した今年度のオープン大学院の内容は,学術的な発表と共に,現役生の現在の学業上の悩みに応えるような企画も多く,各会場は終始和やかな雰囲気の中で進行し,活発なやりとりも見られた。イベント終了後の対面の懇親会に,オンライン上で参加していた通信教育部(学部課程)の学生が参加したことからも,当日のイベントが魅力的なものだったことがうかがえるだろう。
通常,大学の学部課程が行うオープンキャンパスは,入学希望の受験生や保護者に学校の特色や雰囲気を知ってもらうために,大学主導でキャンパスを開放するイベントを指す。それに対して,GSSCのオープン大学院は,創立5周年にあたり,修了生の発案を基に学生主体で企画・運営された「大学院祭」に起源を発している。その伝統を踏襲し,現在でもGSSCのオープン大学院は教員や大学の支援を受けながら,学生主体で実施されている。
起点となった「大学院祭」は,2003年5月24日と25日の2日間にわたり,初日は市ヶ谷キャンパス,翌日は所沢キャンパスと場所を移して開催された大規模なものであった。主な目的は,修了生と現役生が参集し,学術的な成果を発表したり,交流したりすることであったが,学園祭として一般にも開放されたようである。翌2004年からは,「オープン大学院」と名を改め,神戸,名古屋,仙台,大阪,金沢と,東京の市ヶ谷と埼玉の所沢のキャンパスから離れた場所で開催されている。年に1度,専門分野の異なる修了生や現役生が一堂に介し,互いの研鑽を披露し合い,親睦を深めるこの機会には遠方からの参加者も多く,次第にGSSCの学生の継続的な学び合いの場,自己研鑽の場として機能するようになっていった。そして,その場所は地域の人々も参加できる開かれたものでもあった。その後,2009年以降は市ヶ谷で開催されるようになり,イベントの内容は研究発表や体験報告,教員の講義,シンポジウムだけでなく,サイバーゼミの実演や入学希望者の相談会等が加わる。また,別枠で実施していた公開講座とも共催するようになった。さらに,2013年に設立された同窓会も参加し,修了生や教員の出版した図書を展示したり,東日本大震災で被災したいわきの子どもたちの様子を描いた『いわき通信』の小冊子を震災復興支援の一環として販売したり,さらには,修了生による進学相談座談会を催したりするようになる。もともと学生自身の企画・運営の基に,修了生や現役生の学術的な成果の発表場,相互交流の場として出発した「オープン大学院」は,学生主体で進めてはいるものの徐々に多様な機能を担う場に変容していった。
しかし,今年度のオープン大学院は,公開講座や入学相談会,gssc桜門会(同窓会の後継組織)とは切り離して実施する方針となり,「学生の学生による学生のための」オープン大学院を目指すことになった。この方向性は,学生が自分たちの発案で,やりたいことがやれることを意味しており,GSSCのオープン大学院の歴史から見ると,いわば原点回帰と言いえるものである。しかし,当事者の学生から見ると,自分たちのためのイベントができることは,歓迎されることではあっても,社会人で時間の限られた修了生や現役生の実行委員にとって,昨年度のことが参考にできない状況での運営は,決して容易な道ではなかったはずである。
しかしながら,今年度の実行委員会のメンバーは松本委員長を中心に,昨年度の経験者である力強い助っ人も加わり,コミュニケーションツールのLINEを連絡用のチャンネルにして,忙しい隙間の時間にやり取りをし,次々に立ち現れる困難を乗り越えながら,準備を進めていった。今年度の実行委員は23名(国際情報専攻9名,文化情報専攻10名,人間科学専攻4名)で,うち海外在住者が3名である。6月27日にキックオフミーティングとして第1回実行委員会を開催した後,毎月1回のペースで合計5回,委員会を開催した。市ヶ谷キャンパスから見て遠方に在住する委員も多かったため,会議は,2回がハイブリッド,3回がオンラインのみで開催された。時間は,社会人である委員たちの仕事が終わった平日の夜の時間帯が多く,最後の5回目だけ土曜日の夕方に開催された。委員全員が毎回参加するのは難しく,各専攻の代表委員と委員長だけが集まる場合もあった。このため,細かいやり取りは,委員の総意で決めたチャンネルであるLINEで行われた。教員も含まれる全員参加のLINEグループだけではなく,各専攻のLINEグループなど,必要に応じてコミュニケーションのチャンネルを増やしていったようである。
実行委員会の話し合いで,まず隘路になったのは,今年度のオープン大学院の対象者や目的をどのように設定するかであった。「学生主体」「学生の学生による」と銘打ったところで,「オープン」という名前がついている以上,入学希望者への学校紹介・学校体験イベントというイメージは拭えない。また,対象者が入学希望者の場合と,修了生・現役生の場合とでは,準備するべき内容が異なってくる。意見の相違に対し,今回の主な対象者はGSSCの修了生と現役生であること,入学希望者など,大学院の様子が見てみたいという人がいた場合は,参加は可能であるが,内容は彼らを念頭においたものにはしないということを委員長が繰り返し伝えた。しかし,第1回目の委員会では,それを委員全員が理解し,承諾するに至らなかった。この問題については,徐々に今回の方針への理解が得られ,それと共に,実施する内容も決まっていった。これが第一の壁であった。次が,最初に行う全体イベントをどうするかという問題であった。プログラムの枠組みは,最初の1時間が3専攻合同の全体イベントで,その後は3専攻に分かれてそれぞれイベントを実施することになっていた。当初,全体イベントは公開講座の各専攻の動画20分を3本,会場内で流し一緒に見るという案になっていたが,なかなか結論が出なかった。最終的には,公開講座の動画の視聴は全体イベントの時間に第二会場で実施することとなり,ハイブリッドで配信する全体会のメイン会場では,実行委員が講師となって,論文やレポートの作成に役に立つ文章作成ソフトの編集機能の紹介が行われた。講演の内容は,先輩の修了生が後輩の現役生にレポートの書き方のコツを教えるというもので,結果的にはまさに今年度のテーマに相応しいものであった。その他,細かい点を上げるときりがないが,何があっても委員長の「学生主体」という方向性は最後までぶれず,他の委員からの質問に委員長が丁寧に,根気よく対応することで,当日の充実した会合へと繋がったのだと感じる。また,ポスターについても,プロに頼むことができないとうい問題があり,毎年委員会が手作りをしているのであるが,今回のポスターは生成AIを使って写真をイラスト化したものであった。予算と時間がない中で,実行委員たちは流石に社会人力を発揮し,随所に工夫を凝らしながら,問題を解決し当日に臨んだ。参加者から高い評価が得られたのも,このような委員会メンバーの奮闘があったからだと言えよう。
通信制大学院は,決まった時間に決まった場所に集まる必要がないので,どこに住んでいても,日中は忙しい人でも,参加可能な学び舎である。あらゆる人の生涯学習の場となり得るし,また,社会人のリカレントやリスキリング,キャリアチェンジなどを支援する場としても有効であろう。しかしながら,同じ場所に集まらないことから,お互いの「ソーシャルプレゼンス(社会的存在感)」を感じることが難しく,学びのコミュニティを形成したり,同じ学び舎の一員であるという連帯感を構築したりすることが,非常に難しい課題となっている。そのような中で,対面やハイブリッドで実施する学生主体のオープン大学院は,孤高の学生同士を結び付け,互いの存在を感じ,同じ学び舎の仲間であるという連帯感を形作る機会となっていることが今回強く感じられた。つまり,オープン大学院は,通信制大学院を学びのコミュニティにするための有効な装置になっていると言えよう。今年度の「学生の学生による学生のための」という原点回帰のオープン大学院は,その意義を十分に感じさせてくれるものであった。