2年間の大学院生活を振り返って

国際情報専攻 2021年度入学 2022年度修了 岡 豊樹

1. はじめに

博士前期課程(2021-2023年)終了後に、2年間を振り返ってという主旨の執筆依頼をいただきました。執筆時点でも半年以上前のことですし、走りながら苦労・工夫したことも曖昧になりつつありますが、自戒も含めた自身の記録として、またこれから仕事と両立を目指す方々に少しでも参考になればと思い応諾させていただきました。「50歳代後半でなぜ今更大学院への進学なのか」、「みなさんとどんな学修生活を過ごしたのか」、「学術論文執筆で感じたことや戸惑いは何か」、「卒業した後でも続く先生方やゼミ同僚との交流は?」等、執筆しながら振り返ると、とても懐かしい気持ちと感謝の気持ちでいっぱいになります。

2. 大学院進学の契機

社会人としての海外駐在が20年以上続き、グレーターチャイナのビジネスには30年以上携わった2019年秋に帰国の辞令を受け取りました。「ああ、やっと日本に戻れるのか、15年ぶりかな・・」。海外駐在後半の時期は、成功裡に海外進出を果たした日本企業がアジア・中国の地場企業の台頭により曲がり角を迎えており、同時にコロナ禍で立往生していました。また、米トランプ政権下で米中対立が喧伝され、板挟みになる日本企業が直面する悩みがより深くなった頃でもありました。
 かつて同じ組織で勤務していた当時の同僚(現恩師、日大大学院教授)から、帰国後すぐに大学院進学のご紹介と入学願書をいただくことになります。帰国後も、毎月のように海外出張していた環境がコロナで一変、日中間のビジネスが思うように動かなくなりました。この空白の時期に、これまで蓄積した勤務経験や知識の棚卸と体系的な整理をしたいという思いが芽生え始め、大学院進学という有難いお話しも、まさに“渡りに船”、いろいろと相談に乗っていただきました。幸いにも日大院は通信制で原則として通学負担がないこと、国際政治や中国事情に明るい教授陣がいらっしゃることから、早速、Zoomで先生(後のゼミ指導教員)をご紹介いただきました。中国政治・軍事がご専門で、これまでの自分が経験した経済・経営とは違う側面での理論や知識を身につけ、知識の幅を広げる良い機会になるのではないかというのが第一印象です。加えて、国内外の大学とのオンライン交流も増え、若い学生たちからも多くの刺激を受けたことにも背中を推されました。面接時には漠然とですが、「米中経済と日本企業の在り方を考える」というテーマが浮かんでいました。

3. 学修生活での刺激と工夫

通信制ではありますが、折に触れてオフライン交流があります。最初の感動は日本武道館での入学式、学部生と一緒でしたので最高学府での学びに胸を膨らませる若者の熱意を感じました。次に5月の大学院生向けオリエンテーションとスクーリング(オンライン)が続きます。国際情報、文化情報、人間科学というそれぞれ畑違いの専攻領域の学生との交流に知的好奇心が駆り立てられます。「なぜこんなテーマで修士論文を書くのですか?」「その研究が将来なんの役にたつのですか?」という素朴な疑問が湧いてきます。また、各担当の先生方からは、「捏造・剽窃」「先行研究」「仮説検証」「リサーチクエスチョン」等々、学術論文を書くという意味での知識、理論、理念を学ぶ過程で必要な講義(当時は耳慣れない言葉)が続きました。未知なる領域に足を踏み入れたという点でも大変刺激的な4-5月だったと思います。
 1年目の大学院科目履修について工夫が必要だったのは、5科目の履修に関する全体計画(日程)と資料収集(修士論文を含めて)でした。約3000字で10課題(半期)の提出期限から逆算し、本業である日常業務(出張や講演、報告書等)を外すと自ずと研究時間が限られます。週単位での遅れに焦りを感じながら長期出張に出たこともありました。次に資料収集ですが、履修科目と修士論文に関して集める資料のキーワードを予め設定し、すべてを国立国会図書館で集めることにしました。社会人にとってはこの計画立案と進捗管理、効率的な資料収集を如何にこなすかが鍵になると思います。
 2年目は修士論文が中心となります。ただ、2年間を通じて研究の良い刺激になったこととして、オープンキャンパスでの講演(10月)、中間報告会個人発表(10月)、指導教員が担当する学部生向けの臨時講義(不定期)登壇、またその後の懇親交流会への参加などが挙げられます。先生方からは、通信制ゆえに単調になりがちな学生に刺激を与え、モチベーションを維持するという場づくりに多くの配慮いただいき、温かな雰囲気(オフ会を含め)の中で過ごすことができました。
 国際政治のゼミ活動は、月1回(土曜日午後)の完全オンライン形式でした。一方、オブザーバーとして参加させていただいた国際情報(経営)のオフラインゼミにも刺激を受けました。前者には、中東やインド駐在の企業戦士が現場から参加され、日本側には国家公務員など多士済々が待ち受けるLive感溢れる交流となりました。また、後者には大企業から中堅・中小までの企業経営者や幹部社員、法人団体の役職員の皆様がオン・オフで30名以上が参加されるバラエティー豊かな会となりました(いずれのゼミ、学会にもOBとなった今でも参加交流が続いています)。

4. 論文執筆時のこと

初めての大学院で社会人が戸惑う点は、企業(団体)における稟議書(りんぎ)や報告書(テーマを設定したレポート)と学術論文の違いということではないでしょうか。履修科目の論文は、経済・経営で書きなれたレポート(の類い)だろうという目論見は外れ、大学院の学術論文の書き方という作法を徹底的に学ぶことになります。それでも、さすが社会人相手の先生方だけあって百戦錬磨、お褒めいただく内容と、基礎から教えるべき学術論文の書き方指導に大変勇気づけられました。
 さて、修士論文です。1年目は、学びたいと思う国際政治と深めたいという国際経済・経営の両方に触手を伸ばしながら研究テーマを選定、その領域のあらゆる論文(雑誌や月刊学術誌の報告書を含む)を収集し読み漁る作業が続きました。国会図書館で収集した300件以上の論文をキーワード別に要点をカード化する作業(手作業)、それをツリー図でまとめていく(頭の作業)、書きたいことがあれもこれもとどんどん広がっていく過程です。2年目は、指導教員との間でそぎ落とし作業が始まります。政治と経済の間で揺れ動きながら、書くべきものと書きたいものが交錯します。経済を中心した論文完成が9月でしたが、結果として政治に絞った論文提出へと方向修正を重ねたのが11月となり、実際の執筆作業のピークを迎えたのは、翌1月の提出前3週間だったと思います。書くべきことと、書きたいこと、読み手を迷わせない論旨構成に向けて、如何にそぎ落とすのかという点を指導教員としっかりと何度も議論を重ねることが最も大切だと感じた時期でもありました。指導教員からいただいた言葉として、「(米中関係の)不変的側面を明らかにすることは、過去50年ではなく、200年ぐらいの歴史を勉強してください」というご指導に唖然とし、「米中関係の論文は日本語の孫引きではなく、原文から引用してください」というご指導には、英語と中国語の文献を慌てて探すことなったこと等、修士論文執筆過程でも学びの多いものとなりました。

5. おわりに

大学院を卒業して再び元の社会人生活に戻ります。2年間で身につけたことが今でも役にたつという点を振り返ると、1つは、企業で書きなれた報告書ではなく、学術論文という新しい領域の作法に触れて考えなおす機会を得たこと(研究目的、先行研究、研究手法、独創性、限界を整理し、自分が研究したいことを何度も繰り返し考えること、テクニカルな点を含めた論文の書き方)、次にこの大学院で知り合った人的ネットワーク(ご指導いただいた先生方やゼミを通じて知り合った同僚の皆様)が財産だと思っています。
 最後になりますが、入学のきっかけをいただき、公私にご指導いただきました加藤孝治先生、米中関係の不変的側面への考察から修士論文までご指導いただいた川中敬一先生、両ゼミの同僚や先生、事務職員の皆様に励まされ、大学院を修了することができました。この場をお借りして心より御礼申し上げます。そして、社会人として大学院への進学を目指そうと考えている方々には、「人生100年時代」、学び続ける一歩として大学院へ足を踏み出していただきたいと思います。この記録が皆様に少しでもお役に立てれば幸いです。




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