長い道のり
博士後期課程 総合社会情報専攻 2020年度入学 2022年度修了 中田 茂希
2023年3月25日付で博士(総合社会文化)の学位を授与されました。50歳という人生の節目で、これまでの研究成果を世に示せたのは望外の喜びです。
社会人大学院生として、仕事と研究を両立させ、何とかゴールに到達できたのは、通信制大学院のパイオニアである日本大学のインフラ・ノウハウ及び指導教員の加藤先生、副指導教員の階戸先生・後藤先生のご助言・ご指導あってのことです。博士論文の(中間)発表会や紀要論文における先生方からの厳しいご指摘も今となっては懐かしい思い出です。また、加藤ゼミのメンバーや階戸ゼミの諸先輩からは、研究以外でも多くのご示唆を頂きました。関係者の皆様、本当にありがとうございました。
本稿では、博士号へのチャレンジに至った経緯と学位取得までの道のりを振り返りつつ、今後の課題・展望についてお伝えしたいと思います。
まず、大学院というものを最初に意識したのは高校1年生の頃だったと思います。私は数学に強い興味・関心を持っていましたが、同級生には、中学時代に高校課程の数学を学び終えていた友人、初等幾何学の定理を発見してマスコミに取り挙げられた友人など猛者がそろっていました。そうした環境下、自分も専門的に数学を学んでみたいと感じたのです。
諸般の事情から理系の道を断念して文系の経済学部に進学しましたが、大学院・博士号に対する意識は持ち続けていました。数学には今でも趣味的に触れていて、最近では、“加藤文元(2019)『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』角川書店”に興奮しました。
経済学部では、マクロ経済学のゼミに所属して、経済成長や金融政策・財政政策等の理論と実証を学びました。数学的なアプローチを多用する近代経済学は、自分にとっては比較的馴染み易い領域でしたが、それでも、自然科学である数学と社会科学である経済学には明確な違いがあり、数学は「命題の証明」、経済学は「仮説の実証」が求められます。思考法を切り替えつつ、経済学部で学んだのは「経済学の潮流を押さえ、仮説的なモデルに基づき、実証的に議論する」という姿勢でした。
他方、私にとって最大の関心は、社会・経済における競争と協調の原理でした。「学術的研究で明らかになったファクトの評価は、社会・経済の競争と協調のバランスに関する価値判断に帰着する」、「どこまで競争して、どこから協調するべきか」という立場から経済学を捉まえてみたいという思いはありましたが、当時の私にとっては大きすぎるテーマでした。
1997年に経済学部を卒業した私は金融機関に就職しました。社会人としてのスタートは決して順調とは言えず、1998年に大手金融機関が相次いで破綻するなど、金融機関の経営環境は大きく変わりました。社会・経済に安定と協調をもたらすことが期待される金融機関が過当競争から経済危機を引き起こしたという事実を残念に思うとともに、競争と協調がどのようにあるべきかという問いに立ち戻ることにもなりました。社会インフラとしての公共性を持つ金融機関は、他業種との比較において協調の重要性が際立ちます。この時期、仕事における問題意識が、学術的な関心に近づいたようにも思います。
こうした経験を経て、大学院で学ぶ気持ちが徐々に強まったものの、働きながら研究時間を確保するのは容易なことでなく、某大学修士課程に進んだのは2009年です。この頃は、2008年まで派遣されたアメリカでリーマンショックを経験した直後ということもあって、金融のあり方を再考したいというテンションが特に高かった時期だと思います。修士論文では、日本で貯蓄から投資へのシフトが進まない理由について、投資信託協会のアンケートや投資信託販売額の時系列分析に基づきアメリカとの比較・考察を行い、2011年に学位を取得しました。金融機関が、投資信託の販売を推進しつつ、貯蓄から投資という国の課題に応えていくという文脈から、競争と協調のあり方の検討が一歩前進したと言えます。
修士号を取得し、いよいよ博士号にチャレンジと言いたいところですが、修士と博士では求められる研究の質がまったく異なります。博士に相応しい構想が思い浮かばぬまま時間が過ぎていきました。漠然としたクエスチョンはあるものの、そのための学術的アプローチがイメージできない状況でしたが、徐々に「競争の主体・当事者は企業なのだから、競争と協調のあり方について、マクロ経済学だけで応えることはできず、企業活動の原理を理論化したミクロ経済学・経営学の知見も必要ではないか。」という思いに至ります。そのような研究ができる大学院を探し始めました。
指導教員の加藤先生と初めてお会いしたのは2019年10月26日(土)のオープン大学院でした。日本大学に興味を持ったのは、海外勤務になったとしても研究を中断しなくて良い通信インフラを備えていることに加え、金融を含む幅広い研究領域をカバーする先生方が揃っていると感じたからなのですが、進学相談で「あなたの研究を指導できる教員がいる」というアドバイスを受け、当日中に加藤先生とお話することができました。
博士後期課程への入学時、私の研究テーマは「グローバル金融機関のリテール競争戦略」でした。今思うと、日本大学及び加藤先生との出会いは奇跡的なことで、この幸運によってテーマに沿った研究を思い通りに進められました。具体的な幸運は以下の5点です。
1点目は、総合社会情報研究科の学際性を重視する姿勢です。私の博士論文は、経済学・経営学の複数領域を組み合わせ、それを「機能的な視点」で体系化することで独自性を追求しています。学際性が重視されたからこそ、成果につながったと考えています。
2点目は、金融機関の戦略に関して、銀行出身の加藤先生から、実体験も交えたご指導を頂けたことです。業界の歴史・慣行等も踏まえ、考察を深めることができました。
3点目は、歴史が浅く、先行研究も多くないリテール金融事業について、加藤先生が専門とする流通業のリテール(小売)とのアナロジーを追求することができたことです。他業種との類似点・相違点を整理することで、研究の幅が広がりました。
4点目は、グローバルに活動する金融機関のリテール戦略について、階戸先生の授業から多くの示唆を得ることができたことです。日本貿易学会の研究論文の発表など入学時には想定していなかったレベルまで研究を深められました。
5点目は、マクロ経済学や統計学の応用について、後藤先生から、専門性の高いご助言を頂けたことです。修士(経済学)から博士(経済学と経営学の応用)に向け、テーマを大幅に拡張しましたが、何とかやり切ることができました。
リテール金融事業の競争戦略を総合的に論じた私の博士論文は、大きな枠組みの明確化という観点で学術的に貢献ができたと思います。一方、①より多くの実証研究の積み上げと統計的手法の活用、②金融技術の革新・発展を起点とした競争の理論化、③多国籍リテール金融事業の新展開に係る考察の深化などに関して課題を残しています。
こうした課題が早めに解決されることを願うものの、リテール金融事業の研究者が多いとは言えないのも実情です。自らの研究を深めるのはもちろんのこと、リテール金融事業に問題意識を持つ研究者・実務家が少しでも増えるような取組みを進めたいと思います。
2022年のノーベル経済学賞は、銀行と金融危機に関する研究に対して与えられました。また、2023年には複数の欧米金融機関が破綻するなど、金融機関経営に関する研究テーマは多く残されています。そうした課題に対して、少しでも貢献して行きたいと思います。