子連れ修士論文奮闘記

文化情報専攻 22期生・修了 平井 美里

 この記事を開いてくださったみなさま、ありがとうございます。
 このタイトルにひかれてタイトルをクリックしたということは、あなたも子育て中でありながら大学院進学を目指しているのでしょうか。もしくは別の何かと並行して修士論文の執筆をしていて、タイムマネジメントに悩んでいるのでしょうか。
 この大学院は通信課程であることもあり、ほとんどの学生がすでに社会人です。そのうえ仕事や家庭の何か、あるいはその両方と研究の道を両立させようという人が大勢います。しかし当然ながらその道は決して楽ではありません。できると思って入学したものの、休む人や辞める人もいます。自分がそうなることを心配して進学を迷っている人もいるでしょう。そのような方々に少しでも参考と励ましになればと、パワフルでも有能でもない私が、修論を書き上げ2年で博士前期課程を修了したときのことを書いてみたいと思います。

 大学院入学時点で、私は40代前半、2歳の息子を保育園に預けてフルタイムで働いていました。このような忙しい状況にうっかり陥ってしまったのには、コロナの流行やら家庭の事情やらの背景があるのですが、それはともかく、一身上の都合により夏に会社を辞め、秋からはフリーランスになりました。それで大学院の課題や修論準備に時間をさけるようになるはずでしたが、なんだかんだと請負仕事も忙しく、さらに2年めの夏には非常に魅力的な内容の正社員のお話をいただき、断りきれずにアルバイトとしてそのプロジェクトにかかわっていました。

 そのような状況でどうやって修論を書き上げたのか。ゼミ仲間に問われて話したフレーズが軽くウケたようなので、調子に乗ってここにも書きます。それは10月頭の中間発表会後にゼミの保坂先生がおっしゃったことばで
「自分が持つすべてのリソースを修論執筆に」
です。
 私は20代の大半をフリーランスとして働いていたのですが、当時は仕事があるときとないときの波が大きく、ときには生活のすべてを仕事に費やすことがありました。大学院に入ってからもレポートの締め切り前などは生活が大学院一色になっていたので、修論提出まで3か月のタイミングで保坂先生からこのことばを聞いたときは「それな!」のLINEスタンプを連打する気持ちになりました。
 さて、修論執筆における自分の「リソース」とはなんでしょうか。私は「時間・お金・ヒト」ととらえています。修論執筆に限りません。仕事でもなんでも「時間・お金・ヒト」は大切ですよね。そしてそれをどういうバランスで何に投入するかは人によって違うでしょう。なので今回はあくまでも私の場合を書きます。

リソース1 時間

 学習時間の捻出はすべての社会人学生の悩みのタネです。
 私の場合、フリーランスの仕事がメインだったときは、1週間のうちこの日は仕事、この日は大学院と決めて時間を確保しました。混ぜてしまうとつい目先の仕事を優先してしまうからです。大学院の日は、レポートや論文の資料とパソコンだけをもって図書館やコワーキングスペースに行き執筆をしました。
 またいよいよ修論執筆が佳境に入ったときは、フリーランスの仕事を減らしましたし、途中から始めていたアルバイトもシフトを減らしました。どちらも仕事を減らして自分の都合を通すのはとても怖いことでしたが、「いまは修論を優先しよう」と決めました。
 ただ、かなり切羽詰まったときに直球で「実はいま大学院に通っていて、修論に忙しくて仕事が進まない」と言ったら、「うらやましい状況ですね」と嫌味が返ってきたことがありました。とくに伝える必要はない人にまで雑に伝えてしまった故の失敗でした。もし仕事を減らすことになったら慎重に進めましょう。

リソース2 お金

 上がらない賃金に急上昇する物価、そして驚きの円安。お金なんてないよと思われるかもしれませんが、たいていの人は大学時代より社会人になってからのほうが自由になるお金があるはずです。
 社会人たるもの時間が足りない分はお金のチカラで埋めましょう!
 勇ましいことを書きましたが、そういう心構えで臨んだだけです。少し盛りました。すみません。私がお金を使ったのは、自分のテーマと関係がありそうな書籍は買って手元に置く、図書館でどんどん資料をコピーする、やる気が出ないときはコワーキングスペースで自分を追い込む、といったところでしょうか。私の修論は大量の日本語教育教材を題材にしていて、さすがにそれを全部購入するわけにはいかなかったので、いろいろな図書館に足を運びました。なかでも交友会費を払って入り放題になった学部時代の母校の図書館にはたいへんお世話になりました。
 修論提出時には要旨を英文で書き、誰かに校正してもらう必要がありますが、この英文校正もお金を出して業者に頼んだので、短時間でプロの校正結果が返ってきました。

リソース3 ヒト

 子連れ院生が最も困るのは、もちろん育児をどうするかでしょう。たとえばオンラインゼミの間。子供にYou Tube Kidsを見せておけばしばらくはおとなしくしていますが、ゼミが3時間あったとして、幼児の集中力が3時間も続くわけがありません。同じ家にいれば必ず親の様子を見にやってきます。ありがたいことに子供が画面に映り込む事態になっても先生やゼミ仲間は笑って許してくれましたが、「何を話してるの?」「牛乳飲みたい」などと騒がれると自分自身の集中力が続きません。とくに発表がある日は絶対に邪魔をされては困ります。そもそもYou Tubeをそんなに長い時間見せていいのかという良心の呵責もあります(そうはいってもYou Tubeは強力なツールです。You Tube Kidsを使う、チャンネル登録をするなどの対策をしてから堂々と使うことをおすすめします)。
 そこで私はまず夫にがんばってもらいました。土日が休みなら息子と遊んでもらい、さらに自分が発表する時間帯は外に遊びに行ってもらいました。おかげでいまでは土曜日に病院へ息子を連れて行くのも夫の仕事です。最初は夫も「子供の病院なんてよくわからないよ」と言っていましたが、無理やり行かせていたら慣れたようです。私も息子が生まれてからインターネットで育児関連の知識をつけただけですし、たいした違いはありません。
 またうちの場合、夫が出張でいない期間がかなりあるので、そのときは夫の親、自分の親、自分の妹弟、夫の妹にローテーションで預けたり来てもらったりしました。あまり頻繁に預けると相手も疲れてしまうので、ローテーションにして1組あたりの頻度を下げる作戦です。
 修論執筆に全力投球しなければならない時期は長くありません。修論を無事提出したあとで恩を返すつもりで、周りを頼りましょう。

 保育園のことも書いておきます。私は在学中にフルタイムの仕事を辞めましたが、預ける理由を「就労」から「就学」に変更することで預け続けられました。私が住んでいる自治体の場合、ゼロ歳児を預けるためのポイント争いは熾烈で「両親がフルタイムで働いていて祖父母との同居なし」が最低条件と言われるほどです。一方で継続のためには「週の勤務時間が基準を超えていればよい」ということで、シラバスに書かれている単位取得までに必要な学習時間の目安を元に、1週間で勉強に費やさなければならない時間を算出すると、それだけで預けるための基準を超えていました。それで、学生証のコピーと自分がとっているコマのシラバスのコピー、自作の1週間の予定表を提出し、無事に「就学」で保育園を継続できました。

 このように母親に相手をしてもらえずにあちこちの親戚の家に行ったことを、果たして息子はどうとらえているのでしょうか。うちの息子は、その瞬間は寂しい気持ちになることもあったでしょうけれど、概ね楽しんでくれていたように、そして今となっては何もおぼえていないように見えます。この時期を経て、大人が勉強することを当たり前だという認識をもち、学び続ける姿勢をもった人に育ってくれたらこんなにうれしいことはありません。
 私もただ単に修士号を得たというだけではなく、修論執筆の過程において日本語教育に関する勉強の仕方や研究のお作法を知ったことが、大きな財産となっています。
 大学院での学びと研究でご指導いただいた保坂先生やほかの先生方、たいへんななかLINEで支え合った同期やサポートしてくれたゼミの皆様、仕事でご迷惑をおかけした方々、そして「修論執筆に全力投球しなければならない時期は短い、いまだけお願い」というワガママをきいてくれた家族・親族には感謝の気持でいっぱいです。




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