コロナ禍、海外からの挑戦

文化情報専攻 22期生・修了 富岡 純

わたしは2022年3月に博士前期課程を無事に修了することができました。修士論文完成までの2年間は、コロナ禍の影響もあり、苦難の連続であったと言えます。

この奮闘記では、海外に暮らす筆者が、コロナ禍により激変した生活環境の中で、どのように修士論文の執筆を進めていったのか、時系列で振り返りながら、まとめたいと思います。そして、この記録がこれから修士課程で学びたいと考えている方、あるいは、現在、論文執筆中の方にとって、わずかでも参考になれば幸いです。

1.大学院進学の動機

わたしは、長年にわたり、マレーシアにおいて、日本の理工系学部に留学予定のマレーシア人学習者に対する日本語教育に携わってきました。授業だけでなく、教材作成、コース運営等のさまざまな責任ある仕事を任せていただく一方で、いつかは、大学院に進学したいという希望を持っておりました。そして、日本語教育について、今一度学びなおし、自身のこれまでの日本語教育の実践についてまとめ、改善すべき点や課題等を見つけ出し、今後の授業に生かしていきたいと考えておりました。そのような状況の中、マレーシア側のコースの事情により、2020年度は在籍学習者が減少し、例年と比べ、時間的に余裕が持てることが予想されたため、かねてより知人から紹介され、興味を持っていた本大学院に進学することとしました。

2.修士論文完成までの道のり

続いて、博士前期課程在籍中の2年間の主な出来事について、修士論文執筆とマレーシアのコロナ禍の状況を中心に、ダイジェストで振り返ります。

2020年
1月19日(日)オンラインによる指導教員との事前面談
 予め、志望動機、研究テーマ、日本語教育における経験をお伝えし、その内容をもとに、より具体的に研究についてのアドバイスをいただいた。
 *1月16日、日本で初のコロナ感染者が確認された。

1月22日(水)履歴書、研究計画書等を日本へ発送
 研究テーマは「工学系学部留学生に必要な書く技術」とし、学習者の実験レポートの誤用を採集し分析を行った後、その結果を記述の授業の改善に役立てることを目的とした。

2月8日(土)入学試験(小論文と口述試問)
 市ヶ谷の通信教育部3号館での受験のため、二泊三日の日程で一時帰国した。
 *2月4日、マレーシアで初の感染者が確認された。
 *3月18日、マレーシア政府により「活動制限令」が発表された(6月9日まで)。
 食品等の買い出し以外の外出は原則禁止で、違反者には罰金刑が課されることとなった。また、教育機関は封鎖され、オンラインでの授業へと移行することとなった。

5月16日(土)オンラインによるスクーリング
 グループディスカッションにおいて、「履修科目と論文について」、「研究目的の決め方」、「研究実施のタイムライン」といったテーマについて発表を行った。日本語教育だけでなく、他のさまざまな分野の方々の研究に対する取り組みを聞くことができ、自身がこれから取り組もうとする研究について見つめ直す非常に貴重な機会となった。

6月13日(土)先行研究リスト提出
 既読のものについて簡単に概要を紹介した。
 *6月10日より規制が緩和され、制限付きでの外出も可能となったが、教育機関では、オンライン授業が継続した。

6月29日(月)指導教官(島田先生)とのオンラインによる個別面談
 対面授業の年内実施の見通しが立たず、学習者からデータを採集することが困難となったため、研究テーマを「理工系教材におけるヴォイス表現」へと変更し、学習者が使用する理工系の教科書で用いられている受身(~られる)、使役(~させる)、使役受身(~させられる)、授受(~てあげる/~てもらうなど)の各文型表現の使用傾向を調べ、分析結果をもとに、文法の授業のシラバスの改善を行うことを目的とした。

6月末 前期リポート課題1初稿提出締切

7月12日(日)オンラインゼミ合宿において研究構想を発表
 修士論文に関する初めての発表であったが、例えば「調査結果をどのように実践に活かすか」といった、わたし自身が論理的に弱いと感じていた部分に対しての鋭い指摘や、これまで思いつかなかった新たな視点からのアドバイスなど、有意義なコメントを数多くいただき、今後に向けての大きな指針となった。

8月11日(火)研究計画提出
 研究目的と研究課題との関係性が論理的に弱いこと、論文内で用いられる語彙の定義が曖昧であるため意味が分かりにくいこと等のコメントを受け修正を行う。

8月末 前期リポート課題2初稿提出締切

10月末 後期リポート課題1初稿提出締切

12月末 後期リポート課題2初稿提出締切

2021年
2月14日(日)オンラインゼミにおいて研究計画発表
 前回、提出した研究計画から、ほぼ進展のないままであったが、今後の具体的なスケジュールを作成することで、論文提出まで残り1年を切ったことを、改めて意識し、いよいよ本格的に、執筆に向けて、先行研究のまとめ、教材の調査などに取り組むことを決意した。
 *マレーシアでは、1月13日より再び活動制限令が出され、外出は原則不可能となった。

4月24日(土)2回目の研究計画発表
 3月初旬に、調査対象とする理工系教材の選定を行うため、その参考資料とすべく、学習者に対して、オンラインでアンケートを実施し、結果を集計した。それ以外は、2か月前の発表から、全く進展せず、研究計画の最後の「今後のスケジュール」を以前のものから、後ろに2か月ずらして書き換えたのみであった。
 *3月5日に、一旦、活動制限令が解除され規制が緩和されたものの、その後の感染者の急増に伴い、5月12日より3度目の活動制限令が出され、完全なロックダウン状態となった(6月28日まで)。

6月11日(金)修士論文題目届提出
 以下を論文の題目に決定し提出する。
「理工系学生に対する日本語のヴォイス表現指導について―理工系教材の分析から―」

6月12日(土)オンラインゼミにおいて進捗状況報告
 3月に行った学習者へのアンケート結果をもとに選定した理工系教材を対象にして、調査を開始した。まずは、調査のための細かな基準を作成するために、ある1冊の教科書の2章分をサンプルとして取り上げ、分析を行った。

6月末 前期リポート課題1初稿提出締切
 *6月29日以降、各地の感染状況に応じて、州ごとに段階的に、各種規制が緩和されていくこととなった。外出、買い物等は比較的、自由に行えるようになったものの、教育機関では、依然として、オンライン授業が継続された。

7月25日(日)オンラインゼミ合宿において研究の進捗状況を発表
 6月の報告時から、わずかであるが調査が進み、理工系教材における受身表現等の使用傾向が次第に明らかになってきた。このオンラインゼミ合宿は、文化情報専攻の2つのゼミによる合同合宿であり、また、後期課程の方々も参加されることから、これまで見落としていた、さまざまな視点からの質問やアドバイスをいただくことができる非常に有意義な機会であった。

8月30日(月)修士論文骨子提出
 研究の背景、先行研究、研究目的、方法、結果、考察の要点をまとめる。7月の発表後も、順調に理工系教材で使用されている受身表現等の調査を進め、予定していた6冊の教科書のうち、3冊が終了した。そして、大まかな文型の使用傾向が明らかになってきた。ところが、骨子をまとめていくうちに、ある疑問が、自分の頭の中で大きくなっていき、文章を書き進めることが困難になってしまった。それは、この調査結果から、はたして十分かつ意義のある考察へと展開できるのであろうかとの疑問である。調査対象としていた各文型表現のうち、受身、使役表現は一定の頻度で使用されているのに対して、使役受身、授受表現は全く使用されていないことが、この疑問の根本原因であった。ただ、この時点で、研究テーマを変更することは、自身の選択肢にはなく、ここまでの結果を、どのようにして、考察内容を深めていくか、他に新たな切り口はないだろうか、といった模索を続けることにした。

8月末 前期リポート課題2初稿提出締切

10月17日(日)研究テーマの変更について連絡
 論文の「落としどころ」が見つからぬまま、調査を継続していたが、このままでは書き進めることができないと判断し、ついに、研究テーマの一部変更を決断し、その旨を島田先生にメールにて連絡する。
 *10月15日以降、高等教育機関の再開が許可され、筆者自身も1年8か月ぶりに対面授業を行う。

10月23日(土)オンラインゼミにおいて進捗状況報告および目次の提出
 研究テーマについては、理工系教材の分析という枠組みは、そのまま残し、調査対象を、受身、使役等のヴォイス表現に限定せず、日本語能力試験の出題基準とされている文型項目にまで広げることとした。提出締切まで残り3か月を切る中での再出発に、不安と焦りを感じるばかりであったが、その感情を少しでも和らげようと、日々、調査を進めることにした。

10月末 後期リポート課題1初稿提出締切

11月11日(木)修士論文初稿ピア・レビュー
 全7章のうち、第4章まで(研究の背景、先行研究、研究目的、調査の枠組み)の初稿を送信する。

11月25日(木)修士論文初稿修正版提出
 ピア・レビューでゼミ生からいただいたフィードバックをもとに第4章までの修正を行い、第5章以降(調査結果、まとめと考察、今後の課題)は、概略のみで提出する。この約1か月間、かなりのハイペースで調査を進めた。最終的に、理工系の教科書7冊を調べ、分析対象となったのは、のべ11,293項目の文型であった。

12月19日(日)修士論文第2稿および題目届提出
 初稿(第4章まで)で、指摘していただいた点を修正し、また、最終章までを文章の形にして提出する。

12月28日(火)修士論文第2稿修正版を提出
 初稿および第2稿のフィードバックとして、ご指摘いただいた、全82箇所について、加筆、修正を行い提出する。

12月末 後期リポート課題2初稿提出締切

2022年
1月11日(火)審査用論文提出期日
 海外からの発送だと、到着日の指定が困難であるため、3日(月)に、日本の実家に向けて論文を発送し、続いて、実家から教務課宛に転送してもらった。
 *1月3日以降、マスクの着用義務以外のほとんど全ての制限が撤廃された。教育活動に関しては、各教育機関の感染状況に応じて、それぞれが対面授業を行うか否かの判断を行うこととなった。

3.おわりに

上述のとおり、わたしは2度にわたりテーマ変更を行いました。1度目は、コロナ禍の影響で授業がオンラインとなったことから、想定していた調査の実施が不可能になったことが原因でした。今回の世界的なパンデミックといった特別な状況に限らず、予測不能な事態が発生し、調査が行えなくなる可能性を想定し、代替手段、あるいは複数の選択肢を考えておくことが重要であると感じました。そして、2度目のテーマ変更の原因は、調査結果から十分な考察に、たどり着けなかったことです。頭の中では、漠然と形にできると考えていたことが、いざ文章化する段階になって、論理的な展開ができず、内容の乏しさに頭を抱えることとなってしまいました。今回の論文執筆を通して、最も強く感じたことは、思考を文章化することの重要性とその難しさです。これから、執筆される方には、頭の中で、構想を考えるだけでなく、とにかく早い段階から、文章化を試みることをお勧めします。

入学前は、全く予想さえしなかったことですが、わたしの在学中の2年間は、まさにコロナとともにあった2年間となってしまいました。入学試験以降、修了まで、一度も帰国できず、ゼミ生のみなさんに、直接、お会いすることは叶いませんでしたが、2週間に1度のオンラインゼミでのさまざまなやりとりを通じて、多くのことを学ばせていただき、非常に感謝しています。そして、2度のテーマ変更にも関わらず、最後まで、丁寧に指導してくださり、論文完成へと導いてくださった島田先生に心からの感謝を申し上げます。どうもありがとうございました。




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