「経験」から新たなる「知識」を

人間科学専攻 21期生・修了 谷井 孝行

私が日本大学総合社会情報研究科に入学をしたのが2019年4月でした。そして、同年2月に私は高校から続けてきた陸上競技競歩種目の現役を引退しました。それと同時に陸上競技の指導者としてスタートを切ることになりました。20年間続けてきた経験のなかに、不安に感じていたことは経験以外の知識の少なさでした。私が大学院に入学した目的は自身の知識の幅を広げること、そしてその知識を還元していきたいという思いでした。

私が研究するにあたり、取り組んでみたかったことは、自身が競技者だった時に上手くいかなかった経験がなんで上手くいかなかったのか、そしてそれを改善していくためには何が必要なのかを「知る」というところから始まりました。そこで、長年の競技人生を思い返した時に引っ掛かったことが高地トレーニングです。高地トレーニングは心肺機能の向上などの様々なメリットがある反面、酸素濃度が低いことからトレーニング強度を間違えると生理的機能が低下し疲労が溜まるというデメリットもあります。また、これらは個々によって高地適応過程が異なることから、それぞれに対応していかなくてはいけないのです。私は長い競技人生のなかでこの高地トレーニングに成功したという経験がありませんでした。特に2週間以上の長期の合宿になると開始時は順調にトレーニングを重ねられるものの、途中で疲労困憊になり心理的にもトレーニングに前向きになれない状態が続き、途中下山、もしくはトレーニング中断を余儀なくされることがありました。これは、私に関してだけでなく合宿に参加していた数名にも見受けられる光景でした。競歩種目は長年、高地トレーニングを取り入れながらも経験則に基づく方法がほとんどで、個々に対しての対応が不足していたのが実状でした。そうしたことから、私はアスリート自身の主観的な感覚だけでなく、生理的高地適応過程と心理的コンディションを把握し客観的方法を確立していくことでアスリート個々に対しての高地トレーニングプランを提案していけないかという考えに至りました。心理的コンディションに関しても、心が身体に及ぼす影響は少なからず関係があるという仮説があったからです。このことから私の研究は「競歩選手を対象にした高地トレーニングにおける生理的高地適応過程と心理的コンディションの関係性」で進めていくことが決まりました。

私の研究はまず高地トレーニングをしないことには前に進むことができません。その為、2019年と2020年の夏に約3週間の合宿を計画しました。人を対象とした実験を行うということで、7月に合宿を行うことになったことから、5月には倫理申請を提出しました。なので入学してからすぐに進めていかなくては7月に間に合わない状況でした。先行研究では指導教授の鈴木典教授から紹介してもらったり、論文を探したりと沢山の情報を得ることに時間を使いました。これまで、論文を読むことがほとんどなかったために、たくさんの情報を得ることで勉強になったし、途中脱線して研究とは全く別の方向性の論文を興味本位で読むことも多かったです。元々、読書をすることが好きでもあったので、そこは楽しんでできていたかと思います。しかしながら、普段の勤務のなかで時間の合間を見つけて作業を進めることが当たり前であり、日中にインプット、夜のまとまった時間にアウトプットをすることが多かったなというのが印象です。研究のみならず、その他の授業のリポートも同時進行で行わなければならなかったことから時間の使い方には結構気をつかいながら計画を立てていました。通信教育では自らが進んで行動していかなければ、何も進んでいかないので授業のリポートなどはここまでには提出するなど自身で期日を決めながらコツコツ進めていきました。このような目的があって目標をつくりながら進めていけたことは競技をしながら得られてきたものが大きく活かされていたなと感じています。しかしながら、最初のころはどこから手をつけていけばいいのかもわからず、思考が停止していたこともあり軌道にのるまでは少し時間がかかってしまったことも事実でした。とりあえず行動してみる、そのことがどれだけ大切なことなのかを実感できたように思えます。自身で進めることが多いなか、研究室にも何度も通い、鈴木教授の指導を受け、打ち合わせをしながら、夏の合宿に向けての準備をしていきました。鈴木教授はクロスカントリースキーの選手を対象とした高地トレーニングの論文を何本も残してきており、沢山の引き出しがあるなか適格なアドバイスをしていただきました。陸上(競歩)とスキー(クロスカントリー)で競技・種目の違いはありながらも共通点も多く、また異なる点もあり、自身の知識、そして研究をより深みのあるものにできそうでワクワクしていたのを覚えています。本当は私が現役であれば私自身が研究の対象としてこの実験を行ってみたかった気持ちでした。しかしながら、それは叶わないので東京五輪を目指し日々トレーニングを重ねている今が旬の選手達にお願いすることとしました。

合宿地は長野県小諸市にある高峰高原で行いました。ここは標高2000mのところに宿舎があります。トレーニングは標高1000mのところまで下りて行うリビングハイ・トレーニングロウの環境下を選びました。生理学的データを収集することから毎日の測定となり、被験者の選手達には負担をかけてしまいましたが、自身の体調管理がしっかりとできるのでと積極的に取り組んでくれたことに大変感謝しています。小諸市は年間の晴天率が60%を超える年も多く、雨天率は平均して8%程で、日本でも有数の天気の良い地域として知られています。また、気温も低く避暑地としてとても快適に過ごすことができました。標高2000mだけに景色もよく朝や日中の散歩はとても気持ちよく、いろんな考え事をしながらも気分を変えながら歩いていました。トレーニング時間以外は基本的にはデータ収集などのデスクワークがほとんどの為、こういった時間を大切にメリハリつけながら行うことで心の余裕をつくっていました。この期間中は早朝時に測定した生理的データ、トレーニング時の測定データ、3日に1度のPOMSによる心理的コンディショニングの結果などをその都度まとめる作業をしていました。そのデータを見ながら選手達のコンディショニングを確認してトレーニングスケジュールの調整を進めていきました。2019年では被験者のなかに世界陸上競技選手権に出場する選手もおり、その直近の合宿となったことは2020年東京五輪を目指すにあたり指標となる測定データの獲得と、課題も含めて得られたことは大きかったと思います。2019年は合宿中にスクーリングのため東京往復を余儀なくされましたが3週間に及ぶ合宿も順調に進められました。

そんななか、2019年の3月頃から増え始めた新型コロナウイルスの影響には頭をかかえました。4月に第1回目の緊急事態宣言があり、まずは4月に開催されるはずであった五輪代表選考会の日本陸上競技選手権大会が中止となり、大会・合宿どころか普段の競技にも影響を与え、2020年東京五輪も1年の延期が決まりました。私の研究目的の1つとしては東京五輪直前の合宿で今回の実験を生かし、五輪出場と本戦を意識していたところも多くありました。それが1年間の延期ということになったことはもちろんのこと、2020年の合宿が出来ずに実験自体が行えるかどうかさえ不安がありました。5月くらいの時は高地トレーニングが行えるかどうかもわからずに所属にある低酸素室に切り替えることも頭にありましたが、人工的に作り出している環境と高地環境はどうしても違いがでてきてしまう、特に心理的コンディションは大きく影響を与える気がしました。また、2019年との比較、課題に対しての取り組み、そして異なった目的での実験データを考えると同じ時期に同じ場所で行うことに拘りたいという気持ちが強くありました。5月下旬に緊急事態宣言が解除されましたが、各大会の中止もしくは延期が続くなか合宿などに関しても自粛の状況が続きました。2019年の期間は7月頭から3週間でした。2020年にもし実験を行えることになれば7月下旬から8月上旬という頭がありました。緊急事態宣言が解除され、感染者数の動向を見ながらも所属先と合宿先の自治体と綿密に相談しながら計画を立てていきました。最終的に合宿を行うことができ実験の計画を組めることとなりました。所属先、そして合宿の受け入れ許可をしてくれた自治体には感謝の気持ちでいっぱいです。残念ながら東京五輪が延期になり、直近に大きな大会はありませんでしたが、2019年の直近に大きな大会があった時とは別の目的となり、違ったパターンの実験データを獲得できることに期待感はありました。2019年との2つのデータを確認した時にはっきりと選手個々の特性がでてきており、やはり高地トレーニングにおいてそれぞれの状況を把握しながらトレーニングスケジュールを組んでいくべきだなと改めて感じました。それと共に高地での実験が行えたこと、そして合宿を体調不良者も出ずに無事行えたことに安堵しました。実験において大変だったと思うことは特になく、生理学的高地適応過程と心理的コンディションの過程を追いかけながら選手達の主観的なコンディションも含めて、トレーニングの達成度やトレーニング中の心拍数などを照らし合わせてマネジメントしていったことは本当に新たな発見が多く、そのことで自身の知識が広がっていくことに楽しさがありました。「知る」ということが成長に繋がり、そのことに対してとても充実した期間を過ごせていたかと思います。こうして2019年、2020年の2回に及ぶ、私の実験は終了しました。被験者になっていただいた選手達は3週間という長い期間、沢山の測定項目があり負担もあったかと思いますが、毎日欠かさずに継続してくれました。今研究はコロナ禍のなか、いろんな方々の理解と協力があり実現してこれたと思っています。

こうして2019年と2020年の2回にわたる実験データをまとめ、10月頃から論文を書き始めました。合宿等は冬も多く、合間を縫っての作業はこの2年間ずっと変わらずでしたが鈴木教授のご指導もあり、なんとか期日までに提出をすることができました。大学卒業して15年後に再び大学院に入学し、学ぶことを始めました。この2年間、慣れないことも多々ありましたがその1つ1つがとても刺激になり充実した日々を過ごせました。 最後になりますが、入学から卒業まで小山学部長、鈴木教授、種ケ島教授をはじめ所属先、被験者の皆さんなど多くの方々の協力がありました。本当にありがとうございました。この2年間のことをしっかりと今後に生かしていきたいと考えております。また、被験者の1人の選手が2021年の東京五輪の代表に選出され本選を最後までしっかりと完歩してくれました。「経験」から新たなる「知識」を今後もアップデートし、1人1人に寄り添いながら、目的を達成できるよう支えになっていけたらと思います。




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