社会人大学院に入学する学生のほとんどは,学位の取得を目指しているか,あるいは自分が実際に携わっている業務にその研究成果を活かしたい,発展させたいという目的を持っているのではないかと思います。学位の取得というのは最もわかりやすい目標で,どうすれば学位が取得できるのかは明らか(査読論文2本がpublishされ,それらを含め一つの大きな博士論文としてまとめること)ですから,とにかくそれを達成することに集中すればよいわけです。また,仕事に関る研究であれば,研究と仕事の相乗効果が生まれたり,研究が現実に活かされることの実感が大きなモチベーションにつながっていくのではないかと思います。そのように考えますと,大学院入学から修了,そして現実社会での研究成果の応用という流れのなかで,大学院で研究を行うことの意義を下図のように考えておられる方は結構多いのではないかと思います。
一方,私の入学の動機はといえば,仕事とはまったく無関係の,心理学への深い興味,その一心でありました。人間はヒトとして歩み始めて以来,道具を使い,生活を営むなかで,自然の摂理を人間の生活に応用しようとし,さらに高度な意識や感覚を伴う学問として研究を発展させ,人間自身もまた研究とともに進化してきたといえます。かつて研究とは,何故,太陽や月,星は常に動いているのか,何故リンゴは地面に落ちるのか,どうすれば作物は枯れずに良く育つようになるのか,どうすれば病熱を取り除くことができるのか,といった疑問に対する答えを見出そうとする純粋な知的欲求,あるいは必然的に求められた結果としての自然に対する真理の追求そのものであったと思います。私の場合は,つたない考えではありましたが,いつしか沸々と湧きあがってきた人間の心理学的現象への興味を,より深く理解したい,研究したい,それをこの先のライフワークにしたい,といういわば真面目で本気の生涯学習を目指すような心持ちでした。これから深く理解していきたいと考える大きな領域があって,そのなかにまず修士論文でまとめた研究領域と,その領域をより深く追究した博士論文の研究領域があり,また,それらとは一直線では結びつかないかもしれないけれど,関連するさまざまなテーマがあり,そういった研究についてもこれから取り組んでいきたいと考えているのです。それを図にすると下図のようになるかと思います。
聖路加国際病院の院長および理事長を務められた日野原重明先生はおっしゃいました。「人はいくつになっても生き方を変えることができます」,「50代,あるいは60代に向かおうとしているこれからは,いよいよ自分のやりたいように,自分が自分を開発する自由が与えられる時期です。そうして開発した自分を,社会に還元していくのが,第二の使命だと思います」(「居合道だより」第135号より)と。私が博士課程で目指してきたこと,そしてこれからの第二の人生において目指そうとしているのは,相当未熟ではあるけれども,興味ある領域の研究を通して一つでも多くの成果(つまり論文)を世の中にpublish(提出)していけるようになることです。それが私の研究に対する唯一のモチベーションとなっていると思います。しかし,博士課程に入ってしばらくは査読論文はaccept(受理)されず,実力の無さを改めて痛感するとともに,歳相応の気力体力の衰えも関係してか,あるときモチベーションがパタッと失せてしまいました。心理学を学んでいながらどうやっても元の状態に戻すことができない,自分自身のモチベーションをコントロールすることができなくなってしまったのです。博士論文は一般的な投稿論文とはある意味で異なるものであると思います。それはやはり,博士という学位の授与に相応しい研究であるか否かの評価対象となる論文であるからだと思います。そのため,一般的な投稿論文と比較して膨大なボリュームとなる博士論文を仕上げるためには,単なる研究に対する興味やモチベーションだけでなく,博士という学位の取得自体に対する並々ならぬ意欲と信念が必要なのではないかと感じました。残念ながら私にはそれが欠けていて,そのことがモチベーションの維持を難しくしているのではないかとも思えました。
さらに,研究を進めるなかで私自身の弱点に改めて向き合うことにもなりました。指導教授は,研究には問題を深く追究していく「粘り」が必要なのだということをおっしゃっていました。また別の教授は,その研究の意義を知らしめる明確な「主張」と「passion(情熱)」が重要なのだということをおっしゃっていました。また別の教授は,苦難を正面から受け止め貫いたその先に明るい結果がみえてくるのだというようなことをおっしゃっていました。淡白で,醒めていて,自己主張が下手,苦しい道は避けて通る,周りのペースに合わせるのも苦手,気分にムラがあって,興味のあることとないことがはっきりしている,ウサギとカメでいえばウサギ,アリとキリギリスでいえばキリギリス,このような私の性質は,地道に粘り強くさまざまな風雨に耐えながら主張を貫いていく研究者としての姿にはほど遠く,もしかすると研究には向いていないのではないかと思ったりもしました。
また,他の社会人大学院生と同様,研究時間の確保の問題も抱えていました。仕事をしている以上,ウィークデーはどうしても仕事が優先されてしまい,夜遅くバタバタと仕事を終えて帰宅しても,そこから研究への切り替えはなかなか上手くできませんでした。まとまった時間を確保して,落ち着いて研究に取り組めるのは週末だけでしたが,週末にも研究以外の用事はあれこれありますし,やはり体が疲労しているときは思考も思うように働きません。論文の執筆には先行研究や学際研究の調査は欠かせませんが,ときにまったく専門外のたった一つの概念を理解するために何冊もの書物を読む必要があったり,読解力の乏しさをひしひしと感じながら難解な解釈を理解できるまで何度も同じ論文を読み返したり,通常の英会話さえままならない私が海外の論文を何本も読まなければならなかったり,それだけでも四苦八苦しているうえに,さらに日々続々と発表される類似テーマの研究を弛まず追跡していかなければならないとなると,週末の時間だけでは到底足りるものではありません。何より,自分自身の研究をデザインし,複数回におよぶ調査を実施し,既存の理論に基づきながら,科学的に説明できるような論述をまとめていかなければならないという本来のタスクがあるのです。やらなければならないことを100%完遂できればよいですが,実感としてできたと思えるのはそのうちのだいたい30〜40%くらいでしょうか。若い学生のときには思いもよりませんでしたが,今さらながら,本当に研究だけに没頭することができたらどんなに幸せなことかとつくづく思いました。しかし,これもまた私の手際の悪さ,力量の低さゆえともいえるのです。
このように,私の大学院での6年間は,限られた時間のなか,常に何かの締め切りや約束の期限に追われ,「やっつけ」と「ぶっつけ」の自転車操業のような追い詰められた日々のなかで,研究の原動力となるモチベーションを失いかけた自分自身をなだめすかしながら,また大きな声では言えないけれど,時に心のなかで罵詈雑言を吐きながら,査読論文を複数本提出し,博士論文に取り組み,かなり大雑把で強引なまとめで,指導教授等を失望させてしまいながらも,なんとかここまで辿り着き,ゴール間際のいまにも締め切られようとしている扉に手をかけることができたのではないかと思います。博士という学位の取得は私にとっては最終目的ではなく,今後も研究を続けていくうえでの一つの過程にすぎません。ノーベル化学賞(2001年)を受賞された野依良治先生はおっしゃっています。「科学の営みは,果てしなく続く『知の旅』です。目的地への到達よりも様々な出会い,良い旅をすること自体に大きな意味があります。そして優れた研究は有為の若人を育て,また社会にも貢献することになります。」と(科学技術館HP 館長あいさつ文より)。私の第二の人生における「知の旅」の序章であったと思えるこの6年間は,田中堅一郎先生をはじめ諸先生方と出会い,基礎の基礎から本当に多くのことをご教授いただき,さまざまな場面で助けられ,また叱咤激励もいただきました。ゼミの同期生や先輩方からもいつも励まされ,有用なアドバイスもいただきました。多くの方々に助けられながら,おぼつかなくもこの旅の第一歩を踏み出したわけですが,これまでご教授いただいたことを一つ一つ反芻しながら,また,まだまだ多くの助けを乞いながら,これからの活動を気負わずマイペースに進めていくことができればと思っています。そして,野依先生がモットーとする「研究は瑞々しく単純明快に」,そして「科学は人類の存続に貢献する」という偉大な言葉を思い返しながら,私なりの真面目で本気の生涯学習をこれから実践してまいりたいと思っています。
末筆となりましたが,博士課程のなかでもおそらく最も劣等生であったと思われる私をここまで導いてくださいました先生方に改めまして心より感謝を申し上げたいと思います。実はいまもなお論文執筆の奮闘の途上にあり,この原稿もこれまでの過程を辿って冷静かつ総括的に記述したものとはいい難いのですが,このような振り返りの機会と,そしてこれから進むべき方向を改めて確認する機会を与えてくださいましたことにもお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。