タイムマネージメントはマラソン思考で

文化情報専攻 20期生・修了  岩澤 平

「修士論文奮闘記」のお話を指導教員から頂いたとき,深く考えず「はい,承知しました」と即座にお受けした。これはお世話になった指導教員に対し,どんな形でも感謝の気持ちを表したかったからであったが,果たして自分が寄稿することが適当なのかという冷静な判断は全くしなかった。しかし一旦お引き受けした以上(原稿の締め切りも近い),自分よりふさわしい方はたくさんおられることは承知の上で,2年間の博士課程前期の勉強を振り返り,自分なりの「修士論文奮闘記」なるものを綴ってみたい。

私は隣邦中国(香港・マカオを含む),台湾,韓国をはじめアジアを中心とした国々との民間交流を推進する仕事に長年従事してきたため,中国語をはじめアジア諸国の言語と文化に大きな関心を持っている。また近年は日本語学校の非常勤講師や地域の日本語講座の講師にも携わるようになったので,日本語教育に対して特に強い関心と研究意欲がある。数年前,日本語教育能力検定試験の勉強をした時,その内容が日本語教育にとって大変に重要であることは理解できるが極めて断片的な知識が多いことに不満を抱いた。私は生来凝り性の性格なので大学院で日本語教育・言語教育等をもっと本格的に勉強したいという願望がふつふつとわいてきた。そこでなにげにネットを検索してみると,働きながら勉強するには本学の通信制大学院が自分には一番理想的であると分かり入学することにしたのである。

修士論文のテーマは,当初は「地域日本語教育における最適な教科書の研究」というものであったが早い時期に変更した。理由は,入学して早い時期に,履修した課目「日本語教育方法論特講」,「言語教育デザイン論特講」の前期・後期の課題図書を読破してみたところ,自分の抱いていた色々な疑問点(簡単に解決できない問題も含め)について,あらあら答えが出ていることが分かり,今後レポート作成を通して理解を深めれば十分であると感じ,当初の研究テーマで修士論文を書くことに対する興味を失ってしまったのである。一方で,課題図書ではなかったが,関正昭(1997)『日本語教育史研究序説』には強烈な関心をもった。それは同書の中で記された戦前の台湾・朝鮮半島において,植民地統治の言語政策として,「同化政策」「皇民化政策」のために「国語教育」の名で行われた「日本語教育」や大東亜戦争時にアジア諸国への侵略戦争の手段として行われた「東亜語」としての「日本語教育」であり,また同時期に多くの中国人留学生に対して行われた「日本語教育」とその中心人物である「日本語教師・松本亀次郎」についてである。私はこの内容に関する文献を読み漁り益々興味が湧いてきた。元来私は歴史好きであり,特に近現代の日本と隣邦諸国との歴史には強い興味を持っている。それは長年仕事を通して,中国・韓国をはじめ隣国アジアの国々を度々訪れ,多くの友人がいるからでもある。また今日本語学校で教えている留学生達は皆こうした国々の出身でもある。そこで熟慮の末,修士論文のテーマを「日中関係から見た日本語教育に関する一考察−松本亀次郎の日本語教育を中心として−」というテーマに変え,日中双方の先行研究を踏まえて修士論文を書くことに決めたのである。1年目の夏,7月のスクーリングが終わり,8月に「研究計画書」を作成・提出するために夏季休暇を取り国会図書館に1週間ほど通った。なぜなら松本亀次郎の一次資料はすべて戦前の物であり,また中国側の研究論文も国会図書館でなければ入手が不可能だったからである。国会図書館のPCで「松本亀次郎・日本語教育」のキーワードで検索したところ,日本語の研究論文・関連図書は60件,中国語研究論文は92件,合計152件を閲覧・入手することができた。幸い私は中国語通訳の経験があるので中国語の研究論文も通読し,「研究計画書」をまとめて提出した。最終的に修士論文のテーマは,「日本語教育史における松本亀次郎の教育理念と実践を再考する−松本亀次郎と周恩来の師弟関係を通して−」に変えたが,研究テーマをはじめ引用の書き方など修士論文作成上必要な全てについて,指導教員の島田教授より懇切丁寧な指導と貴重な助言を多数頂いた。特に,「松本亀次郎と周恩来」に関して,この二人に関する貴重な先行研究を書かれている鷲山泰彦先生が,偶然にも島田教授の以前の職場(東京学芸大学)の元学長であることから,鷲山先生をご紹介していただき,2019年3月3日に鷲山先生が主催された「松本亀次郎と教え子周恩来の等身大蝋人形の寄贈除幕式」(静岡県掛川市で開催)に出席することができた。周恩来は私が長年特に関心を持ち自分なりに研究してきた人物でもある。またこの時に鷲山先生だけでなく,松本亀次郎研究の第一人者等とも知遇を得ることができたことで私の修士論文作成モチベーションは一気に上がった。なお,その後も鷲山先生には直接ご教授を頂く機会を得ることができた。本当に不思議な縁を感じているが,これも全て島田教授のご配慮とご教授の賜物であり,誠に感謝に堪えない。

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ここで,2年間で博士課程前期を修了するために私が心がけてきたことについて述べたい。2年間で全課程を修了するには,必須科目と選択科目全6コースの約24本(1コース平均計4本として計算)の課題レポートと修士論文を期限内に提出しなければならない。そのために重要なことは,「集中と選択」と「タイムマネージメント」の二つである。

①「集中と選択」は,「必須活動」と「不要不急の活動」を選択することである。いうまでもなく「仕事と学業」は「必須活動」である。しかしそもそも私は,仕事以外のボランティア活動等が極めて多い。「地域の日本語講師」「東京都防災ボランティア通訳」「マンション管理組合修繕委員長・防災委員長」「地元マラソンクラブ副会長」等である。これらは大学院の2年間,可能な限り縮小(または封印)して,仕事と大学院の勉強に集中した。

② 「タイムマネージメント」については,私はランニングをこよなく愛する「市民ランナー」で基本的に10月から3月までのシーズン中,毎月1回はマラソンや駅伝等のレースに出走する。マラソンレースを完走し,好結果を得るために重要なことは「ネガティブ・スピリット」である。これは文字通りの「消極的精神」というような意味ではない。フルマラソンレース(42.195km)では,前半に実力以上の速さで走り,後半に失速したり,足が止まって棄権するランナーが意外に多い。これは気持ちが先行し,自分の実力以上の速さで前半から飛ばしすぎて適切なペースをつかめないためである。しかし理想は,「自分の体調と実力」を良く知り,前半は抑え気味で走り,後半スピードアップすることを念頭にペースメーキングして完走することである。この真理は学業を含めすべての活動に通じると私は信じ,このマラソン方式で2年間の完走を目指した。具体的には,平日は(通勤電車,昼休憩,帰宅途中コーヒーショップで)「課題図書や修士論文の関連文献の精読」,土曜日は「サイバーゼミや課題レポートの修正作業」,日曜は終日「課題レポートまたは修士論文の作成」と決めた。また1年目は,課題レポート作成(初稿)は2週間に1本完成を目指した。2年目は慣れてきたこともあって大幅にスピードアップし課題レポート(初稿)を1週間に1本完成できるようになった。その結果,1年目は4コースの課題レポートを全て12月末までに提出し,翌年1月から3月までは修士論文の関連文献の精読に集中した。2年目の4月は,専攻した2コースの前期課題レポート(初稿)4本を提出し,5月から9月まで修士論文作成に集中し,9月末には修士論文の初稿を提出できた。10月は後期の課題レポート(初稿)全4本を作成提出し,11月,12月は修士論文を完成させてすべてを期限内に提出できた。(殆どマイペースで完走した)

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しかしながら,どんなに「選択と集中」や「タイムマネージメント」などを心がけても,仕事や体調不良または気分が乗らないなど様々な理由で予定通りに進まない時も多々あるものだ。そんな時は,深く悩まず,自分を責めず,お酒を飲んで「明日はできる!」と自分に言い聞かせてスカッと寝てしまう。要は「引きずらず,早く立ち上がる」ことが大事である。

以上が,私の「修士論文奮闘記」だが,後輩の皆様の役に立つかどうか全く自信がない。

今年は残念なことに,コロナウイルス感染拡大のため,特に3月はステイホームに徹し,「学位修了式」にも出席しなかった(ゼミの祝賀会も自粛となった)。「学位記」は後日,事務所で静かに受領し,そのあとお気に入りの四ツ谷駅沿線の満開の桜並木(花見の名所)で桜の枝に「学位記」を置いて記念撮影し,ひとり祝杯を挙げ,わが「修士論文奮闘」の歴史を褒め讃え,自己満足に浸った。少々寂しい祝賀だがこれもそれなりに貴重な歴史である。

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ところで,ある意味幸いにもコロナによる自宅待機の期間が意外に長く続いたので,修士論文の内容をベースに『大学院紀要』(11月発行)を目指して論文作成に挑戦することを決めた。修士論文の関連文献をすべて再読し,また新しい関連資料をたくさん読むことができたので新しい発見もあった。修士論文は字数制限がなかったので75頁9万字以上にもなってしまったが,「紀要」は12頁以内に収めなければならないので,焦点を絞って全面的に書き直した。今草稿を指導教員に見て頂いているところだが,もし「紀要」に採用されたら,興味のある方はぜひご一読いただき忌憚のない批評を賜れれば幸甚である。

最後に,大恩ある指導教員の島田教授,スクーリングや専攻コース等でご教授いただいた保坂教授,大川教授,呉教授,秋草准教授等文化情報専攻の先生方に衷心より感謝申し上げます。また島田ゼミやスクーリング,夏合宿等で一緒に勉強することができた学友の皆様,もっと交流を深めたいと願っていましたが,残念ながらコロナに機会を奪われてしまいました。全ての関係した皆様の益々のご健勝とご活躍をお祈りいたします。




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