ホルムズ海峡 報道によるイメージと日常の風景

国際情報専攻 19期生・修了 野口 哲也

 昨年10月末、ドバイから車でホルムズ海峡のムサンダム岬に行く機会に恵まれた。15世紀に鄭和の艦隊も通行したホルムズ海峡。その海峡に南側から突き刺さっている岬が、ムサンダム岬である。この岬の先端部分は、アラブ首長国連邦ではなく、かつての海洋帝国オマーンの飛び地となっている。

☆★ムサンダム岬の位置(1)★☆
ムサンダム岬の位置(1)

 ホルムズ海峡は、最も狭いところで33qの幅しかない。イランとオマーンの両国は、同海峡を国際海峡とは認めておらず、その結果、両国の領海が中間線で接している。原油タンカーなどの大型船は、地理的環境条件などからオマーン領海内に設置された分離通行帯を通航している。

 日本のエネルギー安全保障にとって、ホルムズ海峡が極めて重要な地位を占めていることは論を待たない。日本が2018年度に輸入した原油の86.4%は、同海峡を通過している(2)。日本以外でも、中国、韓国、インドといった石油輸入大国にとっても、依存度の大小はあるものの、エネルギー安全保障的な観点からは同じように重要な意味を持っている。このような重要な海峡のことを地政学では、チョークポイントと呼んでいる。

 地政学上重要な海峡であるが故に、石油タンカーへの攻撃など過去様々な事件がこのホルムズ海峡を舞台に発生したり、最近でも米国とイランの緊張の高まりを受けて、イランが同海峡の封鎖を暗示するような発言を行ったりして、ニュースを通じて知るホルムズ海峡の我々のイメージはすこぶる悪い。大航海時代には、この一帯には海賊も跋扈していた。報道からうかがい知る同海峡は、「危険な場所」というのが、我々に定着したイメージではなかろうか。この1月から実施されている海上自衛隊の中東派遣についても、わざわさ「危険な場所」であるホルムズ海峡は派遣地域から外している程である。

 しかし、そういったイメージとは裏腹に、ホルムズ海峡のオマーン側のムサンダム岬は、欧米のクルーズ船も停泊する風光明媚な観光地であるという事実は案外知られていない。ムサンダム岬の入り江はフィヨルド地形となっており、山の急斜面が海にそのまま沈んでいる。イルカなども多く生息しており、木造ダウ船から飛び降りて、ダイビングやシュノーケリングを楽しんだり、ポルトガルや英国の昔の要塞などの遺跡なども楽しめたりと、のどかな観光地なのである。

 また、ムサンダム岬には道路が通じていないことから船でしか近づけない小さな漁村が数多く散在している。そこには、アラブのオマーン系の部族だけでなく、岬の先端には500年ぐらい前から対岸のイランから住み着いたイラン系の人達が住むクムザール村という1000人強の村がある。彼らは、今でもペルシャ語の方言の一つを話し、同海峡を挟んで小さなモーターボートでイランとオマーン間の様々な貿易に従事している。(以下写真を参照。)

☆★イランとムサンダム岬を行き来する密貿易ボート(筆者撮影)★☆
イランとムサンダム岬を行き来する密貿易ボート(筆者撮影)

 ムサンダム岬最大の町ハサブには、アラブ系、イラン系以外にも、多くの南アジア系の人達も昔から住み着いている。ローカルのレストランで食べる海鮮料理は、海鮮カレーがメジャーだったりする。過去何世紀にもわたって、この岬が海上交通の要所だったことの証である

 我々がマスコミを通じて培われた「危険な場所」という一方的なイメージとは異なる日常の生活が、ホルムズ海峡の足下にはあるのである。報道による固定観念とは違う現実を感じるということも旅の楽しみに一つであろう。

引用先
(1) https://www.icwa.org/at-both-the-center-and-the-edge/ [2020年1月25日確認]
(2) 『今日の石油産業 2019』石油連盟、2019年9月、9頁。




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