眞邉ゼミでは修了生の有志による社会貢献プロジェクトを推進しています。眞邉ゼミの社会貢献プロジェクトとは、在学生と修了生の枠組みを超え、行動分析学や心理学研究に関する共同研究を行うプロジェクトのことで、2016年に本格的にスタートしました。
社会プロジェクトのメンバーは、ゼミのネットワークをフル活用し互いの知見や技術、そして資源を互いに提供しながら、様々な共同研究を進めています。
これまでの主な活動は、学会でのポスターの共同発表、共著での論文発表でしたが、この度、二瓶社より眞邉一近先生の監訳の『教育者の成長:フレッド・ケラー自叙伝』が出版されることになりました。訳者は村井佳比子さん(2016年博士後期課程修了)、岩田二美代(2015年博士前期課程修了)、そして筆者の3名です。本著は社会貢献プロジェクトのメンバーによる初の翻訳本となりました。
2013年にメキシコ・メリダで行われた国際行動分析学会の際に、眞邉先生と一緒に学会に参加していた村井さんが星槎大学の杉山尚子先生から杉山先生が感銘を受けたというケラー先生の本を紹介されたのがきっかけでした。
私は学会に参加することができませんでしたが、メキシコと日本をつないだサイバーゼミで、村井さんから杉山先生から本を紹介されたこととこの本を眞邉ゼミのメンバーで翻訳したいという話を聞きました。この時のサイバーゼミには、杉山先生もゲストで参加していただいておりました。
眞邉ゼミの社会貢献プロジェクトは、オープンソースの抹茶SNS(http://oss.icz.co.jp/sns/ 2019.10.9アクセス)をプラットホームとして利用しています。
翻訳作業は、抹茶SNSのグループグループ掲示板の中で行われました。2016年3月15日に村井さんがPedagogue's Progress Groupというグループを立ち上げ、その中でファイルをやり取りしながら翻訳を進めていきました。
エクセルファイルは更新されるたびに掲示板にアップロードされました。サーバーの容量を確保する目的と、新しいファイルと古いファイルの混乱を防ぐために、新しいファイルがアップロードされたら古いファイルは削除するというルールが定着していきました。掲示板で「ファイルは削除されました」となっているのは、そのためです。
掲示板には訳した文章の感想や不明な点、訳すのに苦労したことなどが書かれており、それに対してコメントがいただけることが楽しみであり、大きな励みとなりました。こうした作業を3年間コツコツと行ってきたわけですが、正直に申し上げると、長期間誰からの発信がなく、企画が頓挫しそうになった時期もあります。皆仕事を抱えながらの作業であったため、忙しい時期が重なるとどうしても発信が途絶えてしまいます。しかし、諦めかけそうになったタイミングで誰かの発信があり、そのことが翻訳メンバーの翻訳行動を生起させる刺激として機能しました。翻訳本の出版という大きな目標の達成に向けて、掲示板で互いに励まし合いながら何とか最後まで訳しきることができました。
我々3名での翻訳が完了した時点で、校正作業を外部に委託しました。外部委託から戻ってきた翻訳を再度点検し修正するのが一苦労でした。なぜなら、1)行動分析学に特有な専門用語の問題、2)ケラー先生の発した言葉としてふさわしい訳になっているかの検討(例えば、「魂を売る」という訳は「屈服する」という訳に修正しました)、3)行動分析学や心理学の専門家だけではなく教育関係の方にも受け入れられやすい訳になっているか(例えば、学生と生徒の違い(pupilは教え子という訳に修正)、教授と指導を使い分けて訳すなど)などの問題があったからです。
また、翻訳作業を進める中でその都度確認はしていたとはいえ、翻訳者によって訳し方にくせがあり、それをそのままにしておくと読者にとって大変読みにくいものになってしまいます。全体を通して読みやすいものになるように何度も校正作業を繰り返し行いました。もちろん校正作業の過程も掲示板やメールで共有していました。
校正作業を進め行く中での一番の問題は、行動分析学として正しい理解に基づいた翻訳になっているかということでした。このことに関しては、眞邉一近先生にご指導いただきました。眞邉先生からのご指導が、最後の最後で我々にとって一番勉強になったかも知れません。
翻訳が終了し、いざ出版へという段階で大きな問題が立ちはだかりました。それは翻訳権の許可を得るために連絡を取るべき相手が見つからないという問題でした。そこで眞邉先生に動いていただきました。最終的には、ケラー先生の息子さんであるジョン・ケラー博士にたどり着くことができ、何回かのメールのやりとりの後、翻訳権を無償でいただくことができました。しかも、ケラー先生と息子さんの個別化教授法(PSI)にまつわるエピソードを前書きの「日本語版によせて」まで書いていただきました。
本の出版が決定した後も、ケラー先生の息子さんであるジョン・ケラー博士とのメールのやり取りはしばらく続きました。そして、実際に本が出来上がった時、村井さんがジョン・ケラー博士へ、本と一緒に風呂敷を杉の箱に入れ、カードを添えてお送りしました。”Furoshiki Wrapping”という、海外のお客様向けのちょっとした説明書があり、それも一緒にお送りました。本と風呂敷を受け取ったジョン・ケラー博士から、すぐにメールが届きました。メールの文面からジョン・ケラー博士に心から喜んでいただけたことが伝わってきました。
翻訳本の出版という大きいな成功体験を果たした我々は、当時の苦労をすっかり忘れ、次の企画に向かって動き出しています。ジョン・ケラー博士へも次の企画について宣言してしまったので、約束は果たさなくてはなりません。近い将来、眞邉ゼミの社会貢献の第2弾の報告を、この電子マガジンで行うことができればよいと思っております。