忘れ物事情の落差を認識 −失敗からの教訓抽出の具体例を顧みて―
国際情報専攻 4期生・修了 長谷川 昌昭

ここ10数年「シッカリ」や「寄り添って」のような表現が諸処での発言・会話や報道に遭遇することに諸賢はお気づきのこととであろう。
「シッカリ」ではなく、例えば、不祥事発覚後のプレスリリースの場の発言者は具体的な「何時まで○○態勢に増強し改革する」」といった発信がベストで、信頼回復の王道だ。

「本件で指摘された欠陥は生産現場と管理・監査部門の体制間の連携不具合が時勢に遅れていた部分が発覚した。従って、人事・総務部門の人材の5%を急遽投入、半年後に欠陥修復を目指し、被害や損害発覚には最優先で対処す。」

等々の発言は、殆ど見聞しない時代となった。

論文では『考える』『思う』は論証放棄であって、厳に慎むことだと教わったことがある。『考える』『思う』は組織のトップの組織体制のスタンスであって、その構成員はその立場と職分に拠って具体策を献策してトップのポリシーを具現化するのが組織活動である。

囁かれる噺では、防火週間に某社長は「今日から防火週間だ。各人防火対策を見直せ」との朝礼で指示をした。それを聞いた部課長連は「各人防火対策を見直せ」とオウム返しにスタッフに伝え、散った課員は自席で「防火対策を見直せ」と繰り返し、具体策に及ばなかった。その社は、その晩に煙草の吸殻の不始末で丸焼けとなった。

従って、「シッカリ」と発言するには、見込みの具現化が不可欠である。「寄り添ってと」は相応の実践実績の結果の構築と、不断の言動・所作の限りなき継続の結実が必須不可欠である。言葉のみの「寄り添ってと」は軽々に発してはならない。「シッカリ」「寄り添ってと」との発言は、指摘や不祥事への対応としては、オウム返しにしかならない。この反応は、過日近隣の複数の行政機関の管理職研修に於いて、「危機管理への対応の一環」の表題で市側の実施したアンケートにあったことで、渇望されているものとの認識を新たにしたものである。

(終)

「機窓からの米マッキンレー山並み」
現地時間2018/5/14 .04:45 シアトル⇒アトランタDL#36便,13200m上空

 

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