エンペドクレスの4元素説

人間科学専攻 8期生・修了 川太啓司

  エンペドクレス(前495―435年頃)の思想は「哲学体系を簡単に特徴づければそれはエレア学派の有とヘラクレイトスの成とを結合しようとする試みであると言うことができる」(1)のである。そこで彼は、かって無かったものが生ずると言うこともなく有るものが、消滅することもないというエレア学派の思想から出発しながら、不滅の有として分割することはできるが独立で互いに他から、導出されぬ永遠の4元素である土・水・空気・火を立て、これに自然の生成を説くヘラクレイトス(前500年頃)の原理を、結びつけるのである。これらの4元素は、2つの動かす力すなわち結合するものとしての愛と分離させる、ものとしての憎しみによって混合され形成されると、考えたのである。この4元素は、もとより互いに全く同等で不動な状態にあって愛によって清く完全で、球形で神聖な原始世界のうちで結合されていたのであるが、やがて憎みが迫ってきて分離活動を始めてこの結合を解き、これと共に諸対立をもつ世界が形成され、始めたのである。

 シュヴェーグラー(1819―1857)によると「エンペドクレスは、その4元素説によって一方ではイオニアの自然哲学者たちの系列につらなるが、他方元素を4つとする点では、この系列には属さない。かれが4元素説の創始者であったことは、古代の人たちのはっきり認めているところである」(2)としている。しかし、エンペドクレスが、前期の質料論者たちと決定的に異なっている点は、彼がその万物の4つの根を不変の存在と捉えたことで従ってそれらは、互いに他から生ずることもなく互いに他へ移り行くこともなく、一般に他のものとなることができずただ混合の仕方が変わりうるにすぎない、としたことである。人々が消滅と呼んでいるすべてのあらゆる変化は、ただこれら永遠の4元素の混合と分離にすぎず存在の限りない多様性は、それらの混合の割合にすぎない。このようにしてあらゆる生成は、場所の変化にすぎないと考えられている。そして、エンペドクレスは、その4元素説によって自然の動因力を混合と分離に、あるとしたのである。

 シュヴェーグラーによれば「質料そのものには変化の原理も変化を説明する根拠もないとすれば、生成はどこから生ずるのであろうか。エンペドクレスは、エレア学派のように変化を否定しもせず、といってヘラクレイトスのように変化を質料に内在する原理としもしなかったから、質料とならんで或る動かす力をおくより他になかった」(3)のである。しかし、シュヴェーグラーによるとそれは、この動かす力に根本的に異なっている二つの方向である分離し、反発する力と牽引する力とを与えるようになったのは、彼の先駆者たちが掲げている一と多との対立に促された、ものにちがいない。一が分かれて多となり多が集まって一となると言うことは、すでにヘラクレイトスが認めていたような諸力の対立を自ら、指示するものである。パルメニデス(前475年頃)が一者の原理から出発して愛を原理としたのは、ヘラクレイトスが多者の原理から出発して争いを原理としたとすれば、エンペドクレスはここでもまた二つの原理の結合を自分の哲学の原理と、しているのである。もちろん彼は、二つの力の作用範囲を厳密に区別してはいない。実際には、分離する力と結合する力とを区別するのは実行不可能な、抽象なのである。

 エンペドクレスは、多くの元素から原質として水・火・空気・地の4種が存在する、と考えたのである。これを彼は、万物の根と称している。これらの4つの根は、パルメニデスの在るものと同じく不生不滅であるがただ、相互に性質的な差別を持つとされるところに、その特色がある。しかし、4つの根の各々は、いかに分割してもそれ以上の究極的な性質に到達することのできない根源的な、要素なのである。そこからは、いわゆる元素という考え方がはじめて生じてきたのである。これら4種の元素からは、生成が生ずるのであるがエンペドクレスによれば、厳密な意味においては生成とか消滅ということではなくて、ただ不変化的な4元素があるのみでありしかも全体の量は、常に一定なのであるがしかしこの4元素は混合したり分離したり、するものでありこの混合と分離によって生成と消滅という、ことも説明される。すなわち4元素は、種々の割合で混合することによって雑多な性質の差別をもった、現実の事物が生成しまた混合されたものが分離することによって、消滅すると考えられている。

 しかし、それでは、4元素の混合と分離ということは何によって起こるのであるか。エンペドクレスは、4元素そのものはパルメニデスの在るものと同じく不変化的で、常に同一なものであるために自ら動いて混合と分離を行うことは、ありえないから彼は4元素を動かすものとして愛と憎という、二つの力を考えたのである。すなわち、愛によって4元素は、混合され憎によって分離されるとしたのである。エンペドクレスは、以上のような考え方の上に立って世界が4つの時期を経過して循環するものと、考えたのである。第1の世界は、愛によって支配されているから一つの完全な、球をなしている。さらには、憎の反抗が始まってくるがはじめのうちは憎が入ってくると共に、愛もまたまったくなくなってしまわないから混合と、分離の両者が存している。これが第2の時期であって第3は、愛がなくなって憎が完全に世界を支配する時期でこの場合に4元素は、完全に分離されるのである。しかし、また次に愛の支配が始まるからそれは、第4の愛と憎との共存の時期を経過して再び第1の愛の支配の時期に、還帰するのである。

 4種類の根本的な物質からは、諸事物の生成と消滅を説明しようとしたがすなわちこの世界は、火・空気・土・水の4元素から成り立っておりそれら自体は、生成も消滅もしないのである。われわれが生成と呼ぶのは、それらの4元素が或る割合で混合し混合物が生成したことに他ならずまた、消滅とはその混合物が元素へと分離することに、他ならないのである。したがって、生成と消滅とは、われわれ人間が与えた名目に過ぎないのであり、真実には不生不滅の4元素の混合と分離がある、だけなのである。そして彼は、この4元素の混合と分離を引き起こすものとして愛と憎という原理を、打ち出したのである。現にわれわれの世界では、4元素の混合と分離が起っているから愛と憎とが対立しながらも、同時に働いていると言うことになるがこれは宇宙の大きな円環的な、周期の段階に過ぎない。すなわちこの宇宙は、愛の支配期と憎の支配期およびその間にある2つの移行期の4つの時期を、円環的に繰り返しているのである。

 エンペドクレスは、存在するものとしての質料に成の原理としての動かす力を立てるのであるから、彼の哲学はエレア的な原理とヘラクレイトス的な原理とに、媒介されたものである。もっと正しく言えば、彼はこれらの二つの原理を半分ずつ織り交ぜて並置させることでその体系を、作っているのである。生成と消滅すなわち有から非有また非有から有への移行を否定する点では、エレア学派と同じであり変化を説明しようとする関心を持っている点では、ヘラクレイトスと同じである。前者のうちからは、諸元素の変わらぬ存在と不変の有を借りており後者からは動かす力という、原理を借りている。最後にかれは、エレア学派にしたがって最初の無差別な統一のうちにある真の実在を、そこからあると考えておりヘラクレイトスにしたがって、現在の世界を相争う諸力と諸対立との不断の産物と、考えているのである。従って彼の仕方は、二人の先行者の思想をまったく整合的には合一しない折衷的な、捉え方にすぎない。

 エンペドクレスによると「浄めにおける魂は、万物が4元の混合によって形成されるように、基本的に4元によって構成されたものと見てよいだろう。それは、4元とは何かまったく異質なものから成るものではない。4元もすでに省みたように、そのひとつひとつがある種の認識能力と運動能力をもち、これらの4元の混合のうちに何か最も微妙な組み合わせ、すなわち愛という調和による4元の最も精妙な混合のひとつが、私たちのうちなる魂だと考えることができる」(4)と述べている。魂が生命といわれることは、不滅ではないとされる神の場合にもほぼ同じような、ことが考えられる。なぜならそこでは、4元素のみが存在するのであり互いに駆け抜けながら異なる形のものとして、生成するからである。このように魂そのものは、そこでの基本的な自然におけるものと同じ思考によって理解されている、と云えるものである。4元素の最も精妙な混合としての魂は、血がまさにその火・空気・水・土が正しい割合で混合したものが、このようなものとして形成されたように思考と感覚の高度な、力をもつのである。

 ヘーゲルによるとエンペドクレスのうちには、思想の実在性への進出と自然の認識がむしろ大部分を、占めているように見える。しかし彼は、ヘラクレイトスの場合よりも思弁的な深さに乏しく、むしろ実在的な見解に落ち込んだ概念と自然哲学の考察が、見られるとしている。さらにヘーゲルは「彼の哲学を支配するもので、その哲学の中に始めて本当の意味で現れてくる概念に関して云えば、それは混合または総合である。混合と言う形で、まず反対者の統一が現れるのである。このヘラクレイトスから見え始めた概念は、アナクサゴラス(前500―428年頃)において思想が最も普遍的なものを把捉する前に、ここに静止的な形で混合として表象される」(5)のである。それ故に、エンペドクレスの綜合は、この関係の遂行であるがその起源はヘラクレイトスに属している。ヘラクレイトスの思弁的な理念は、また一般に過程として実在性の形をとったのではあるが、しかし実在性における個々の契機が概念として互いに、関係していない。このエンペドクレスの綜合の概念は、今日に至るまでも通用するものである。したがって彼は、伝来の火・空気・水・土という4つの自然的な元素を根本的な本質と見る通俗的な、観念の始祖といえる。

[引用文献]
(1) シュヴェーグラー『西洋哲学史』上巻、谷川・松村訳、p.61
(2) 同上書、p.62
(3) 同上書、p.63
(4) 広川洋一『ソクラテス以前の哲学者』講談社学術文庫、1997年、p.157
(5) ヘーゲル『哲学史』上巻、武市健人訳、1996年、p.404



≪ 大学院HPへ | TOPへ ≫