アメリカ独立宣言と自由民主主の思想

人間科学専攻 8期生・修了 川太 啓司

 2017年を歩み始めたわれわれ人間は、核戦争の脅威・地球的規模での温暖化と環境破壊等々の、人類絶滅の問題を抱え世界的な規模での危機に、直面している。今日でも中東諸国においては、人間の生命を粗末にする残虐な戦争が頻繁に勃発し、継続している。また他方面では、ヨーロッパとその他の諸国でもテロが多発しまた難民問題を、抱え各国においては排外的な保護主義と政治の右傾化が顕著に、現れている。とりわけアメリカにおける新大統領の反知性主義・排外主義・保護主義による独裁政権の誕生は、ロシア・中国など大国による覇権主義的な問題の施策と合わせて、懸念されている。さらに我が国においては、支配層とマス・メディアによる世論操作の下で反知性主義が応行するなかで、ウソと偽りの政治が行われ対米従属の戦争をする国づくりへと準備が足早に、進められている。そこでは、ワーキング・プアに見られる貧困と格差社会という深刻な事態が発生し、多くの国民が不安な生活の渦中にあって益々生きにくい、社会となっている。われわれ人間は、こうした危機的な現実に直面しているなかで生存をかけた、人間の権利と自由・民主主義の思想が求められている。われわれ人間は、このような人類の危機に抗してアメリカ独立宣言に見られる自由と、民主主義の思想を対峙させることで緊急の課題に、対応することである。そのことの意味は、今から241年前アメリカ合衆国が全世界に対してイギリスからの独立を宣言した、その思想的な意義を捉えることにある。

 そのアメリカ独立宣言によると「われわれは、つぎの真理が自明であると信ずる。すなわち、すべての人間は平等につくられ、造物主によって一定のゆずりわたすことのできない権利を与えられていること、これらの権利のうちには生命・自由および幸福の追求がふくまれていること。また、これらの権利を保障するために、人間のあいだに政府が組織されるのであり、これらの政府の正当な権力は統治されるものの同意に由来すること。さらに、どのような形態の政府であっても、これらの目的をそこなうようになる場合には、いつでもそれを変更ないし廃止し、そして人民にとってその安全と幸福を最もよくもたらすと認められる原理にもとづいて新しい政府を設立し、また、そのように認められる形態で政府の権力を組織することが、人民の権利であること。永く存続してきた政府が------したがって、すべての経験が示すように、人類は年来従ってきた諸形態を廃止して本来あるべき状態を回復するよりは、むしろ悪政であっても耐えうる限りそれに耐えようとする傾向を、もっている。しかし長期にわたる暴虐と強奪が明らかに一貫した目的を持って、人民を絶対的専制のもとに従わせようとする意図を、示す場合にはそのような政府を打倒して自らの将来の安全のために新しい保障機構を設けることは、人民の権利でありまた義務でもある。これらの植民地が耐えてきた苦難は、このようなものであった。また、今日このような状態であるからこそ、これらの植民地が従来の政治制度を変更せざるを得ない必要が、生まれている」(1) としたのである。

 われわれは、ここに歴史的に形成されてきた人民主権の思想を見出すことができるであろう。そのことの意味は、すべての人間は平等であり譲り渡すことのできない、権利宣言の冒頭に生命と自由および幸福の追求を、掲げていることである。アメリカ独立宣言の起草者であるトマス・ジェファーソン(1743−1826)が受けついだロックの人権論では、生命と自由の後に所有概念が使われていたが彼があえて所有概念を、使わずに生命と自由・幸福の追求という概念を強調したことは極めて、意義のあることである。そして、人民の基本的人権の保障こそが、目的であって政治や政府はそのための手段でしかないことを、明らかにし人民の革命権の承認をも含む人民主権を明確に、主張したことである。この人民主権を根幹とする思想は、人間は生まれながらにして全て平等であって何人においても生命と、自由および幸福追求の権利を保持しているという思想であり即ちそれは、自然権の思想である。この自然権の思想は、今日的には基本的人権の思想と同義語として使われている。したがって、民主主義思想の根底にあるものは、明らかなように人間の権利の思想であり生命と自由および幸福追求の権利であって、基本的人権の思想でもある。

 われわれは、このような人民主権を根幹としたアメリカ独立宣言を高く、評価するものである。しかしながら、これらのアメリカ独立革命を指導したのは、白人の有産者階級が中心であったからして自由権の内容には、有産者本位の考えが見られるしそれはまた国民全体の人権保障としては、不徹底な内容のものであった。その一つは、一定の有産者のみに選挙権が与えられたに過ぎず、全国民には選挙権が与えられていなかった等の点に、見られることである。さらに原住民に対しては、無慈悲な戦争を仕掛けたのはアメリカ人達であったし、また独立宣言の草稿では奴隷制について非難をしていたのだが宣言では、削除さていたこと等である。そしてその内実は、女性や原住民・アフリカ系アメリカ人の同等な人権を、無視するものでもあった。このような、独立宣言に見られるいくつかの否定されるべき内容は、無視することのできない歴史的な事実であった。アメリカ独立宣言の民主主義の内実には、こう言ったものも含まれているのである。それは、やがてすべての国民の人権を真に保障するためには、すべての国民から選ばれた代表者によって作られる法律によって統治する政治で、なければならないとされたのである。

 しかし、そこでは、こうした政治形態としての民主主義と制度としての手続きや、形式だけの民主主義だけではなくてそういう、形態や形式の根底にある哲学や世界観が重要視、されなくてはならない。そのことの意味は、民主主義的な見地からそれを思想の問題として捉え、吟味することである。つまり、思想としての民主主義が、議会制というような政治形態を生み出し多数決主義というような、手続きを生み出したところの根底にある思想を、捉えるのである。思想としての民主主義を把握するには、その基底をなすものとしての人間の自由と平等という思想を、捉えることにある。周知のように、中世の封建制社会は、身分的な階層性の社会であり思想的にはこれらを支えていたものは封建制を、容認する差別の思想であった。近代の民主主義の思想には、このような身分制原理に対決するものとして人間はすべて平等であるという、思想として定着してきたのである。思想としての民主主義は、このような平等原理のうえに成り立っているものであり、この原理を成り立たせているものは人間のもつ基本的な、権利についての認識である。すべての人間が、人間として一定の譲り渡すことのできない基本的な権利を持つという認識が、広く一般に成立しなければおよそ人間の平等という思想は、成り立たち得ないだろう。

 このような自由と民主主義を規定するものは、人間の生きる権利としての基本的人権という思想である。この基本的人権の思想は、人間の権利の思想であり生命・自由・幸福追求の権利の、思想でもある。そして、このような考え方の基底をなすものは、自然権の思想であり民主主義の思想と言うことでもある。人間の権利という言葉には、生命・自由・幸福追求の権利と自然権によって、根拠づけられた人間の尊重と人間の尊厳という思想が、包含されている。人間の尊厳という思想には、人間の自由という側面があり人間の自由は人間の権利であるばかりではなく、理性のある人間であり人間性あるいは人格ある人間の存在そのものを、求めるものである。すなわち人間は、本質的に自由であり行為を選択し意志を決定し、行為をすることによって行為の主体として行為に対する責任を、負うわけである。しかしまた、自由であればこそ人間の権利としての自由も成立するのである。だから人間の権利の思想は、人間の権利としての自由を拠りどころに真の人間としての自由が、存するのである。こうした民主主義思想の根本原理をなすものは、明らかなように人間の権利の思想であり生命・自由・幸福追求の権利に基づく、自然権の思想である。

 そうした民主主義の思想は、また基本的人権の思想と言うことでもある。われわれ人間は、他に譲り渡すことも他に代わることも出来ない掛替えのない生命を、自覚するときここに改めて生命の絶対的な価値を見出すことが、出来るのである。そのことの意味は、一人ひとりの人間が歴然として保持するかけがえのない生命の本質的な、意義であり理性的で主体的な人間としての尊厳を、求めるものである。その思想的な意味は、人間らしく善く生きる人間的で能動的な人間を尊重する、思想なのである。人間の生命は、各人が自らの事由によってその行為を行う営みのなかに、存在するものである。人間のもつ生命が存在するということは、われわれにとって否定できない絶対的な事実と、いわねばならない。人間の生命は、一度死んでしまえば決して二度と生まれ変わることは、出来ないものである。さらに人間の生命は、このような意味からして絶対にかけがえのないものであり他によって代わることが、できないものである。そのことの意義は、どのような思想に基づくものであれ一人ひとりの人間を尊重しないような思想は、人間が人間らしく生きてゆくことに対する挑戦であると捉え現実的に、対処することである。

 このような独立宣言の中核となる根本思想は、このかけがえのない人間の生命を尊重する思想であり、人間らしく人生を全うして生きてゆくという民主主義の思想であって、人間の尊厳を探求してゆくものである。新自由主義の下に生きるわれわれ人間は、自由と民主主義の思想が社会的に発展してきた過程において、内的歴史的な意味を把握しそれを具体的な問題と関連させながら捉え、今日的な課題に対応することにある。そこでわれわれは、現実社会において発生している働く人々を非人間的に、扱う貧困と格差社会という差別の思想に抗して、我々人間の生きる権利と自由の思想を対峙させて考察し、実践的に捉えるのである。そのことの意味は、われわれが人間らしく生きてゆくという生存権と基本的人権を基底とした、自由と民主主義の思想を現実的な課題に対応してゆくことのうちに、今日的な意義を見出すことにある。現実社会に生きるわれわれは、新自由主義の下で貧困と格差社会を生み出す矛盾した人権無視の差別思想に、抗して具体的な存在としての衣・食・住という生活過程における主体的な人間として、現実的に対処することにある。

[引用文献]
(1)芝田進午編著『人間の権利』「アメリカ独立宣言」国民文庫、1977年p.182




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