2年間の記
国際情報専攻 16期生・修了 大橋幸多
2013年11月秋、翌年2014年5月末で大学卒業以来39年間勤めてきた会社を退職するに当たり、今までの生活を一度リセットしたいと考える様になっていました。
ただし、退職後も体が動く間は何らかの形で社会との関係を持ち、これまでの経験を少しでも社会に還元できるような仕事を続けていきたいと漠然と考えていました。
その一つとして、数年前からボランティアグループに参加し、大学での講座を担当する活動を始めていましたが、学生に教える立場に立つと、教える以上確りと調べ、準備をして行く必要があることを痛感していました。以前から親しくさせて頂いていた横浜商科大学の小林二三夫先生が、やはり数年前から、「大学院で一度勉強をしては如何ですか。日本大学の通信制大学院は働きながら勉強が出来ます。」とお声を掛けて下さっていました。
「リセットの第一歩は大学院に入って勉強をし直すことから始めよう。」と決めて、小林先生にお願いをし階戸先生にご紹介をして頂きました。その後、久しぶりの入学願書提出、論文試験・面接には懐かしい緊張感を覚えました。
入学のお祝いにと家内は新しいパソコン、学習机と椅子を買ってくれました。
これでもう後戻りをすることはできなくなりました。
開講式で講義概要を頂き、わくわくしながらページをめくり、1年目は必須を含め5科目を選択し、基本教材、参考図書を揃えるところから始めました。教材図書は書き込みをしたり、将来も利用できるように敢て図書館等からは借りないで、全て購入することにしました。夏季スクーリングに出席をして、愈々レポートに取り掛からねばと遅まきながらレポート作成を始めて「もっと参考文献を探して考察をしないとレポートは書けない」と気づきました。9月までに10レポートを書き上げる事は遠い道のりの様な気がしましたが、「兎に角一歩を踏み出さないと始まらぬ」と奮起して取り組みを始めました。夏季スクーリングで学んだ論文の書き方と論文の書き方の参考図書を見ながらレポートを書き始めました。昔、大学時代もこのようにしてレポートに取り組んでいたらもっと真面なものが書けたかもしれないなどと反省をしながら書き始めました。
結果としては、2年間で履修した6科目24通のレポートを書き、担当教授からレポートに対するご指導を頂いたことが、修士論文を書くための大きな下地作りになったと思います。
修士論文は2000年頃から携わってきた「香港での日本食の普及」をテーマにしようと考えていました。会社生活をリセットして将来のことを考えた時に、自らが経験したこのテーマに関しての文献が殆ど無く、それであれば自分がやってきた一つの仕事の集大成をしてみようと考えたことがその理由です。一方で、日本政府も日本産農水産物の輸出振興にやっと政策性を持って取り組み始め、日本食が世界遺産に認定されたこともこのテーマを考察するDriving Factorになりました。
先ず苦労をしたのが「日本食」の定義でした。自分自身でこのように定義したいという内容は有ったのですが、それを裏付ける為の文献が見つかりません。日本食に関して色々な人が一杯本を書いていますし、文章も沢山ありますが、その中で確りとした研究や考察に基づいて「定義付け」をしたものがなかなか見つかりませんでした。出出しで随分と時間が掛りました。
そんなこんなで、残暑の頃にはまだあちこちの文献を読み、香港に関する新聞・雑誌等の記事を読み漁り、日本から進出を始めた日本料理店やレストラン、ラーメンチェーン等の会社の香港進出の経緯や状況を調べたりでとどんどん時間は過ぎていきました。
秋風が吹き始める頃やっと論文を書き始めました。
書いては直し、追加したり削ったりと何とか一歩ずつ進んでいきました。
論文を書きながら、参考文献の引用や参照、脚注の付け方等々ここに至って24通のレポートを通じて先生方からご指導を賜った経験が如何に重要であったかを実感したのでした。
何とか期日通りに論文を提出し、ドキドキしながら口頭試問を受けました。
「達成感」と「更なる研究への意欲」を感じながら学位授与式を迎えました
この2年間ご指導を頂いた先生方、事務の方々には心からお礼を申し上げます。
特に、ゼミでご指導を賜った階戸先生にはゼミ長を仰せつかって先生のゼミ運営に若干のお手伝いをさせて頂き感謝の気持ちと思い出が一杯です。
色々な新しい人との出会いが有り、新たな経験と体験が有り、人生の「リセット」が出来ました。
人生のReengineeringに取り掛かります。