保坂ゼミ「韓国インターンシップ」活動報告
文化情報専攻 17期生 北澤志穂、鈴木勝美、本廣田鶴子
2016年3 月9日〜16日、韓国の仁川大学校での海外インターンシップに保坂ゼミから3名(先生を含めて4名)が参加しました。 このインターンシップは、国際交流基金が「海外における日本語教育」支援のために行っている「海外日本語教育インターン派遣」事業として、 基金からの助成を受けて実施されました。
仁川大学校師範大学(日本的に翻訳して言えば、「仁川大学教育学部」)には、日本語教師を養成する「日本語教育科」があり、毎年日本から教育実習生を受け入れています。 今回は、仁川大学日本語教育学科長チェ・ウンヒョク教授から本研究科の院生に是非きていただきたいとの要請があり、実現したものです。
当初のインターンの実施は2015年9月に計画されていましたが、MERS流行の影響を受け、2016年3月に半年延期されました。 2015年は日韓国交正常化50周年の節目であり、9月開催の場合は、日韓修好50周年、終戦70周年の行事に、仁川大学の学生と共に参加することが予定されていました。 半年遅れの開催となり、残念ながら、参加することができませんでした。
仁川大学校(松島キャンパス)
仁川での初日
3月が新学期の開始という韓国の事情もあり、実習の詳細情報は現地での相談に俟つという状態で、あらかじめ示されていた実習スケジュールに沿ってともかくも教案を作成し、 慌ただしく、仁川空港に降り立ったのが3月9日の夕刻。迎えに来ていただいた仁川大学校師範大学(以下、仁川大学、または大学)日本語教育科助手のチョン・ヘリンさんと 大学に向かうタクシーの中からみた夕日の美しさは忘れられないものでした。また、到着がかなり遅れたにもかかわらず、ゲストハウスで私たちを歓待してくださったチェ・ウンヒョク教授の心遣いもありがたいものでした。 食事のあと、教授自ら中を案内してくださったゲストハウスは大学の敷地内にある施設で、各部屋にパソコン、テレビ、トイレ、シャワーもついた立派なものでした。洗濯や自炊設備もあり、長期滞在の留学生が調理する姿もみかけました。 まだ冷える3月の気候でしたが、床暖房もあり、ベッドまで暖かでゲストハウスでは全く寒さ知らずの心地よさでした。
チェ・ウンヒョク教授(右端)と。反時計回りに北澤、鈴木、本廣
仁川教壇実習
仁川での日程は、概ね次のようなものでした。
3月 9日 仁川到着
3月10日 午前:学生との交流/午後:佳亭女子中学校教壇実習(13:20-14:05)
3月11日 午前:メディア日本語(10:00-12:50) /午後:授業見学(14:00-16:50)、保坂教授講演(17:00-19:00)、交流会
3月12日 13日 ソウル市、仁川市観光、学生交流、文化体験、実習準備
3月14日 午前:初級日本語(10:00-12:50)、現場日本語(10:00-12:50) /午後:日本語入門((14:00-16:50)
3月15日 仁花女子高校教壇実習(10:00-12:20)
3月16日 仁川出発
授業風景(メディア日本語)
私たちの今回の実習の目的の一つは、ことばと文化を結びつけた学びを実践することで、「ふろしき」を使った教壇実習を佳亭女子中学校、仁花女子高校、仁川大学の3か所で行いました。 新年度が始まってから一週間ほどしかたっておらず、ことに仁川大学日本語教育科では入学してからその授業が2度目という新入生もいましたから、「ふろしき」の役割や結び方を学び、 そこで使われる日本語や背景にある日本文化への理解を深めるとともに、日本語学習への興味関心をひく授業づくりを心がけました。11日の保坂教授の講演では映画『ビリギャル』がとりあげられました。 そこに登場する事物について自分との違いや共通点を話し合い、「私」「私たち」から始まる文化観・文化理解へと結びつける、という興味深い内容で、ことばと文化を結びつける実践例として、わたしたちにも学びの機会となりました。
授業風景(日本語入門)
また、14日には3講座があり、実習のヤマ場ともいえる日でした。 「現場日本語会話」では、実際にビジネスの現場での日本語教育経験から的を絞った実践的な日本語指導を行い、「初級日本語」や「日本語入門」ではスポーツなどの身近な話題や挨拶ことばなどで、 学習者の日本語使用を活性化するような実習を試みました。実習の後には、先生方から忌憚のないコメントをいただくことができ、授業計画や実践のあり方を省みる機会になりました。 夜遅くまでゲストハウスの一部屋に集まって、翌日の実習の準備や打ち合わせのミーティングをできたのもインターンシップならではのものでしょう。
授業風景(仁花女子高校)
学生交流・文化体験の二日間は学生の案内でソウル市や仁川市内観光をしたり、民族衣装を身につけたり、さまざまな文化体験を通じての交流の時間でした。 学生との日本語でのやりとりも愉快で、これがインターンシップの楽しみでもあると、実感しました。 街中を歩いていると、ときどき既視感におそわれて、懐かしい感じがしたのは、やはり文化的にも近似の隣国だからでしょうか。
文化交流「どこへいきましょう?」もちろん日本語で相談/ソウルの地下鉄
仁川大学のチェ・ウンヒョク教授から、また継続してこのような取り組みを、というお申し出もいただいたと聞いています。 私たちの「韓国インターンシップ」は年度初めという事情から情報不足で手探りの実習となりましたが、韓国での日本語学習者の真面目さや熱意に助けられ、彼らの元気な生き生きした反応が私たちへの何よりの励ましでした。
保坂ゼミが培った研究土壌
ところで、このようなインターンシップを実施できた保坂ゼミについてもご紹介したいと思います。3年目を迎える今年度は博士前期課程5名と、博士後期課程1名の新メンバーが加わり、M1が5名、M2以上が14名、D1が1名の総勢20名のゼミとなりました。 言語教育研究コースということもあり、研究生のほとんどは教育関連の仕事に従事しており、職域は大学職員、大学講師、専門学校教員、高校教員、小学校教員、語学学校教師、塾講師、企業研修講師など多岐におよんでいます。 また日本だけではなく海外で活動している研究生が3割を占めているのも特徴です。そのため、なかなかゼミ生同士が直接会う機会は少ないのですが、 ほぼ毎月開催されるサイバーゼミではもちろんのこと、面接ゼミでも遠方から参加交流できるようスカイプを活用するなど工夫されています。
ゼミで重視していることは「対象世界・他者・自己対話を通じて成長する、主体的、自律的な研究者・教育実践家になるため」 「@自己の考えを他者に伝えるために、研究テーマについて調べ、自分の考えをより深め、より精緻化できるようになる。A自分考えを、他者に論理的に、実証的に伝えられるようになる。 B他者に自分の考えを公表し、他者との対話により、相互に異なる視点を受容し、自分の考えを更新できるようになる」ということです。 従って、サイバーゼミや面接ゼミでは文字通りの協調学習(Collaborative learning)が行われ、それぞれの気づきが学修の進展に結びつき、双方向のやりとりを通じて思考が深まり、視野が広がるという実感をそれぞれのメンバーが 持っています。 修士論文に向けても、個々に行なっている研究経過をパワーポイントにまとめて発表し、ゼミ生同士で忌憚ない意見を交換し合いながら研究目的を絞り込んだり、調査方法を検討したりの作業を繰り返し、論文完成を目指しています。
保坂教授の講演
こうした研究土壌もあって、今回の韓国インターンシップでは、教壇実習に向け連日深夜まで参加者3人で積極的に意見交換を行うことができました。そして、最終的に個々の得意分野を応用、活用することで教材の選定や教案の練り直しなども行い、実習に生かすことができました。仁川大学では50分授業を3コマというのが一講座であり、中には午前と午後合わせて二講座(合計6コマ)を担当するという長丁場の教壇実習もありましたが、お互いに率直に意見を出し合い、協調しあう姿勢があって、これらの実習も乗り切れたのだと感じます。また、現地で直接聞いた韓国の日本語学習者や教育者の声は報道やメディアを通してでは決して得られないもので大変貴重なものでした。中でも1980年代をピークに年々日本語学習者が減少している原因として、「日本語を学ぶメリットがない」からとのチェ教授のお言葉がとても印象的でした。近年では日本企業へ入るより、年金や福利厚生がしっかりしている韓国企業へ入る方が現実的にも将来的にも有利なのだそうです。やはり生活に直結する経済面が大きく影響しているのだといいます。面白かったのは、多くの韓国人が日本人に向けて学習者減少の原因を説明する場合は、建前として政治的、歴史的問題が影響しているのだというのだそうです。 なぜなら日本経済に魅力がないと直接的に言うことは日本人に対して失礼にあたるからだそうです。これぞ隣国の配慮なのでしょうが、情けないやらありがたいやら複雑な気持ちになりました。
このように、この韓国インターンシップで感じとった様々なことは、これまで保坂ゼミで培ってきた対話から産物を生み出すという訓練の積み重ねから得られたのではないかと思います。保坂ゼミの目的に一歩近づいた証なのかも知れません。
授業後にみんなで記念撮影
新たな気づきへ
実習期間中、街角の様子があまりにも違和感なく、懐かしく感じられて、ここが韓国だということを忘れている自分に気づいたことも多々ありました。 これほど、近似のものをもった隣国韓国は、実習に参加した私たちにとってますます親しいものになりました。 街の風景だけでなく、出合った学生、先生方との楽しく、思いやりに満ちたやりとりは折に触れて温かく記憶に蘇ります。 チェ教授が提案されたように、今後も長く双方向の交流が続き、日本語教育・学習を通じて親交が深まっていくことを私たちも願っています。 それが延いては新たなパートナーシップ構築につながっていくことでしょう。
韓国の街並み
今回の実習は、また、言語を学ぶことの意味、他者を理解するときに言語の果たす役割の大きさを再認識した八日間でもありました。 外国語を学ぶことは世界に開く窓をもつようなものだ、といわれます。 言語教師はその言語を学ぶ人たちにとって、世界への窓を開ける手伝いをするような存在であるともいえましょう。 言語教師としてこの世界にどのような貢献ができるのだろうか、と私たちが考えるのは烏滸がましいことかもしれません。 しかし、そんな大きなテーマを自らに問いかける機会を今回の海外日本語学習の現場体験は与えてくれました。 「韓国インターンシップ」体験は私たち言語教師側にとっても世界に開く窓となったのでした。
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