司書のつぶやき(15)
卒業の季節

文化情報専攻 13期生 大塚 奈奈絵

 東洋大学の通信教育部で学んでいた時のこと、スクーリングの後のコンパで、若い頃は国立国会図書館にすいぶん通ったという教授に「何で図書館で働こうと思ったの?」と尋ねられ、反射的に「家が貧乏だったから。」と答えたことがある。10歳の時に父が病気で亡くなって、母子家庭で育ち、高校の3年間、通常の2倍の奨学金を貰っていた。奨学金は働いて返還しなければならない。男女雇用機会均等法以前のこと、民間の会社では女性が長く働くことは難しく、担任には企業は母子家庭の子女は採らないよと言われたこともある。進学を諦める気にはなれず、さりとてもう4年分奨学金を借りると、返済は大変だろう。考えた末に志したのが、国立の短大に進学して司書の資格を取り、公務員になることだった。
 私が入学した当時の図書館短大は2年の課程に加えて、大学・短大卒業者のための1年の課程もあり、卒業生が国家公務員採用試験(中級、上級)図書館学の合格者の約3割を占めていた。私達が卒業した数年後に四年制となって図書館情報大学に移行し、その後筑波大学に統合されたのだが、戦前の文部省図書館員教習所に遡る歴史があり、その縁故なのか、国立国会図書館を退職した教授のほか、現職の職員数人も講師をしていた。そして、私が入学した時の学長は、元国立国会図書館副館長の斎藤毅氏だった。
 斎藤学長は穏やかな人柄で、昼休みのキャンパスを散歩して、学生にも気さくに声をかけてくれた。その斎藤学長のことばを、今でも時々思い出すことがある。入学の式辞で「劫初より造りいとなむ殿堂にわれもこがねの釘一つうつ」という与謝野晶子のうたを引いて、晶子は詩歌の殿堂をうたったけれど、皆さんは同じように文明の発祥とともに誕生し、今なお成長している図書館という殿堂に釘を打ち添えて欲しいと話されて、卒業式にも餞として同じメッセージを繰り返し、プロの誇りとプロの責任感を堅持して進んで下さいという言葉を添えて下さった。
 学長のその言葉が、ずっと心の隅に残っている。私達はその短大で、当時は最先端だったコンピュータのプログラミングやオンライン・カタログの扱いを学んだ。就職した図書館では、カード目録や冊子目録がOPAC(Online Public Access Catalog)へ、そしてインターネットのデジタル・ライブラリーへと、情報環境の変化によって図書館も変化する中で40年間司書の仕事を続けてきた。
 IT以外にも、最近新聞を賑わしているiように、公立図書館では指定管理者制度により、大学図書館等では業務委託によって、民間企業が広く参入して、非正規雇用者の数が増え、職場環境も大きく変化した。
 けれども、一見全てが変わってしまったようでありながら、よく考えてみるとコレクションを形成し、人と情報を結ぶ、という私達の仕事の本質にはそれほどの変化はない、特に最近時々そう思うようになった。短大で学んだインドの図書館学者のランガナータンの図書館の5原則に「図書館は成長する有機体である」という言葉がある。図書館は社会のニーズに併せて変化し、司書の技能やツールも変化し、「図書館」とか「司書」という呼び名も変化したり、場合によってはなくなってしまうことさえあるのかもしれないが、人間の知の所産を未来に繋いでいく、その本質は変わらない。
 さらに、インターネットでデジタル化した資料を誰もが閲覧できるのは、戦火や災害から資料を守って来た人々のおかげであり、先達の仕事の上に自分たちの仕事は成り立っているのだということを強く感じることがある。
 それと同時に、図書館で働く職員は世界中にいて、問い合わせれば必ず応じてもらえるという経験を何度もしている。同じような課題を抱えているので、会議や専門の研修等交流の場もあるのだが、一面識もない場合でも、Dear colleagueと呼びかけて、資料の情報をもらったり、問い合わせ先を教えてもらったり。国内にない資料の確認をアメリカのある大学図書館に問合わせたところ、こころよく画像を提供していただき、後日、その画像がホームページのスペシャル・コレクション紹介に掲載されて、驚いたこともあった。
 諸先輩も海外から多くを学び、協力して図書館という殿堂を作ってきたのだろう。そして私達も同じように、仕事を後輩達に引き継いでいく。
 定年が近づくにつれて、奨学金を返したい一心で17歳で志した図書館員という職業は、私にとって、なかなかよい選択であったと思うようになってきた。何よりも、女性が働き続けることが一般的でない時代に、結婚し、子供を育て、親を看取り、どうにか働き続けられたことはしみじみ幸運であったとも思う。卒業の季節が近づき、恩師の言葉を思い出す度に、40年間、私は司書として真っ直ぐに釘を打てただろうか、そんなふうに自分に問いかけることが増えている。

(「司書のつぶやき」はこの回をもって終了いたします。長い期間、連載させていただき、多くの方々に読んでいただきましたことを、心から感謝いたします。)

i http://www.asahi.com/articles/DA3S12179198.html



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