司書のつぶやき(13)
『バスラの図書館員』−戦火と図書館―

文化情報専攻 13期生 大塚 奈奈絵

 「コーランのなかで、神が、最初にムハンマドに言ったことは、『読みなさい』ということでした」(アリア・ムハンマド・バクル(ニューヨーク・タイムズ、2003年7月27日付)。ニューヨーク・タイムズの記事から生まれた絵本『バスラの図書館員―イラクで本当にあった話―』はこんな文章で始まっている。古い歴史を持つ、イラクの最大の港町バスラは、2003年春のイラク侵攻の際に戦火にまかれ、中央図書館も焼失した。だが、中央図書館の司書の責任者だったアリア・ムハンマド・バクルさんは、街の人々の助けをかりて、700年前のコーランを含む3万冊の本を図書館から運び出して民家に隠し、戦火から守った。
 この絵本は日本語にも翻訳され、収益金の一部は全米図書館協会の基金を通じてバスラの中央図書館の再建のために使われた。図書館は、その後無事に再建され、3万冊の本は図書館に戻されて、一時は病に倒れたアリアさんが回復して館長として元気に働いているということだ。(http://www.shobunsha.co.jp/?p=1894
 バクダットのイラク国立図書館・文書館(INLA)もイラク侵攻の際には放火により被害を受け、図書館資料の25%、文書館資料の60%が失われ、1977〜2003年の公文書は完全に失われたと伝えられている。英国図書館(BL)のウェブサイトで公開されたINLAの前館長Saad Eskander博士の日記( 2006年11月〜2007年7月)やその後のレポートは、世界中の多くの図書館・文書館関係者の関心を集め、INLAの活動を支援する国際的な動きにもつながった。
 http://www.webarchive.org.uk/wayback/archive/20100427123118/http://www.bl.uk/iraqdiary.html
 http://current.ndl.go.jp/node/6010
 http://www.ifla.org/publications/interview-with-saad-eskander-director-of-iraq-national-library-and-archives-inla
 Saad Eskander博士は、バクダットに生まれ、イラク北部でクルド戦士として戦った後にイギリスに渡り、歴史学の学位を取得して2003年にイラクに帰国した。帰国当初は、大学で歴史を教えることを考えていたというSaad Eskander博士は、INLAの館長に就任したことについて、のちにこう語っている。

"We want to change people's orientation through our books. Otherwise there is no alternative but mosques. I would always say invest in secular education, because religious extremism is a cultural phenomenon - it is not wholly an armed phenomenon. We need to prove to people that there is an alternative."
(His interview with The Guardian. “Books, tears and blood.” The Guardian, June 9, 2008. http://www.theguardian.com/world/2008/jun/09/iraq.iraqandthearts)

 その後、米国議会図書館による資料修復の援助や新国立図書館建設の勧告を経て、4万5千平方メートルの広さを持つ最新鋭の国立図書館がバクダットに建設され、来年、開館される予定である。ところが、今年の1月、「イスラム国」を自称する武装集団(ISIS)がイラク第2の都市モスルで図書館を襲撃し、およそ10万点の書物や文書を燃やした。2003年のイラク戦争の際にはモスルでも住人が図書館の貴重な古文書を自宅に隠す等して戦火から守ったのだが、今回は本を隠した者は死罪にするとISISが述べたことが報道されている。これを受けて、イラク国立図書館ではISISへの脅威から資料を守るために資料の修復とデジタル化を進めているという。
 http://current.ndl.go.jp/node/27913
 http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/08/post-3825.php
 http://www.japantimes.co.jp/news/2015/08/05/world/baghdad-digitizes-national-library-face-islamic-state-threat/#.VcKyQ6yp3fM
 この原稿を書いている最中に、パルミラの古代遺跡の保護と研究に半世紀を捧げたシリア人の考古学者ハリド・アサド博士がISISにより殺害されたことが報じられた。遺跡を破壊し、本を焼き、そしてそれを守ろうとする人を殺害する。ISISによる「文化浄化」はとどまるところを知らず、暗澹とした思いにとらわれる。戦闘が続くシリアやイラクは、長い歴史と豊かで多様な文化を持つ地域である。その文化的多様性を守るために、静かな戦いを続けている図書館関係者と協力者達に心からの敬意を捧げたい。



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