司書のつぶやき(8)
読書について
文化情報専攻 13期生 大塚 奈奈絵
昨年の3月初旬、入院した友人の病室で、私と彼女は、「読書」を話題に大いに盛り上がっていた。話題のきっかけは、私が持ち出した稲泉連著『復興の書店』。震災後の仙台で再開したときには開店前から行列ができ、「「人はパンのみに生きるにあらず」という言葉を実感する思いでした。」という文章だった。新しい知識や情報を得ることが読書の喜びで、どちらかといえば、フィクションにはあまり興味がないという友人に対して、読書には、演劇や音楽と同じように人間の心の傷の回復を助ける役割もあると考える私。児童図書館員だった彼女は、確かに小さな子どもが読み聞かせで安心したり、不安を感じなくなるのは分かるけど、十代以降もそうなのかなあと言う。じゃあ、闘病記を読むことの意味は何だろう、小説の意義は?と私。読書をめぐる議論と被災地での図書館サービスの話が果てしなく続き、とうとう最後には、私が被災した人々への図書館サービスの参考になる読書論を探してみることになった。
その時期が小康状態だった友人は2ヶ月後に亡くなり、資料を探すという私の約束も果たせなかったのだが、国立国会図書館のカレントアウェアネス318号に、東日本大震災後の被災地で移動図書館のサービスを行っている公益社団法人シャンティ国際ボランティア会の鎌倉幸子さんが「「国境なき図書館」と国際キャンペーン『緊急時の読書』」と題する記事の中で、昨年10月にパリで開催された国際カンファレンスについて報告している。
(http://current.ndl.go.jp/ca1810)
国境なき図書館(Libraries Without Borders: LWB)はパリに本部を置く非政府組織(NGO)で、開発途上国において図書館を通じて知識と文化をベースとした発展を促すことを目的に2007年に設立された。2010年のハイチ地震の際には支援チームを現場に派遣し、本や教育教材の配付など緊急救援時における図書館の活動を行い、その後もアフリカを中心に世界20か国を超える国々で図書館の支援活動を展開している。鎌倉氏によれば、国際カンファレンスの最初の全体会は「緊急時の読書:国際的なアクションを促す呼びかけに賛同した3人の作家の見地」で、「甚大な被害をもたらした災害時にこそ、自分で表現することや他者の言葉により、突然自分を襲った現実から一瞬でも逃げることができるという言葉の力」等がプレゼンテーションされたという。災害や紛争で住居を奪われた人々に対して、「衣食住が不可欠なのは疑いようもない事実だが、知的な刺激を維持し、自尊心や回復力を高めることも同時に大切である。」と鎌倉さんは書いている。そして、「一人ひとりを勇気づけ、失ったものを再生するツール」の筆頭に「本」を挙げている。文化や本が社会に果たす役割を明確に示す鎌倉さんの文章と、「図書館は文化と情報を守る存在」というLWBの理念に、図書館員としては襟を正す思いで読んだ。
その一方で、今の日本では文化や本、そして図書館の役割に対する社会の認識が欧米等と比較して十分ではないと感じているのであるが、そうした傾向を変えていく努力もまた、図書館には求められているのだと思う。
ところで、私達は同窓会を通じていわきに本を送る活動を続けている。送った本がどのように読まれているのか、いわきの吉田さんは忙しい日常の中でユーモアたっぷりに伝えて下さる。そうしたお便りの中で、一番心に残っているのは、一昨年のクリスマスに吉田さんに贈った1冊の本、モンゴメリーの『アンの友達』についてのこんな文章だった。
2人共実家が借りいれ住宅となってしまい、本がありません。2人とも『アン』が大好きなのです、本を見たらぜひ貸してほしいとたのまれ、順番で帰省時に持ち帰っていたそうです。“またシリーズで揃えようと思っている”と感動していました。
本を贈る時、私達は同時に自分の読書の体験という「心」も一緒に相手に贈っているのだと思う。アンのシリーズの中でも赤毛のアンが登場しない『アンの友達』は、私の高校時代の愛読書で、今でも気持が落ち込んだ時に開く、元気を与えてくれる1冊である。最近出版された新訳の美しい装丁に惹かれて、吉田さんとお揃いにと買ったものだった。その1冊が、本を無くしてしまった見知らぬ方々の手に渡り、「またシリーズで揃えよう」と思う感動を、遠いいわきと私とで分け合っている。私のささやかな「気持ち」が何倍にもなって返ってきたようで、本当にうれしい経験だった。読書には、元気を回復させ、明日と戦う勇気を与え、そしてさらにそうした気持ちを分かち合うことができるという、とても人間的な効果がある。それを実感させてくれた吉田さんとお友達に心から感謝している。