司書のつぶやき(6)
福島の図書館員

文化情報専攻 13期生 大塚 奈奈絵

 今年の6月、私は福島の街を歩いていた。予定よりも1時間程早く家を出たので、まだ会議まではかなり時間がある。日差しのきつさに閉口して、お茶でも飲もうと喫茶店を探すのだがなかなか見つからない。ふと気がつくと、道路のむかい側に書店が見えた。看板を見ると大手のチェーンではなく地元の書店のようだ。何か面白いものが見つかるかもしれない。お茶はあきらめて、とりあえずの涼を求めて入ってみることにした。書店は、間口に比べて予想以上に奥行きがあり、店内は天井が高くて、広々と明るく、冷房が心地よい。入口の周囲の書架には、一般の本は見当たらず、福島で出版されたとおぼしき様々な図書、雑誌が並べられている。福島の市町村の歴史や動植物、郷土料理・・・。地味だが東京の書店とは異なる品ぞろえを楽しみながら、同時に、私が探している震災関係の本が予想よりも少ないことを少々不思議に思いながら、少しづつ奥に進むと、一般の図書や雑誌の書架があらわれ、店の真ん中と思しき辺りにレジのカウンターがあった。カウンターの向こうの書架越しに、広々としたガラスのドアとその向こうの広いバス通りが見える。私は、そこでやっと、自分がこの書店の裏口から入ったことに気がついた。
 レジの周囲の書架は、色とりどりのポップで飾られ、今まで見てきた郷土資料の書架とは打って変わった明るい色彩に満ちている。特にレジと向かい合わせの書架には赤い布が貼られ、「ありがとう50周年」という吹き出しを持ったのねずみのぐりとぐらのポスターが飾られている。「ぐりとぐらの絵本を読んでバックをもらおう!」という大きなポップの下には、『ぐりとぐら』のシリーズの絵本が表紙を見せて並べられている。その下の棚には、村上春樹の新刊書が色あざやかな表紙をこちらに向けて並んでいる。ここが売れ筋の棚なのだ。当然、ベストセラーはこの辺りに置いてあるのだろうと考えて、隣の書棚に目を移した私の視界には「ふくしまに生きる。ふくしまを守る」というポップが、続いて平台に飾られた『チェルノブイリ原発事故 ベラルーシ政府報告書』という文字が飛び込んできた。レジの正面、書店の中央を占める3段の書棚と平台には、『福島原発事故は何故起こったか』をはじめとする東日本大震災と原発、放射能に関する図書がぎっしりと並び、福島に住む人々の、この問題に関する並々ならぬ関心を示している。その書棚を見ながら、私はその横に飾られた『ぐりとぐら』を喜ぶ子ども達、放射能の不安の中で育つ福島の子ども達のことを考えて、どうにもやりきれない思いにとらわれた。子ども達をこんな目にあわせるなんて、許されることではない。
 東日本大震災から2年以上が過ぎたが、仕事で訪問する被災県の県庁や歴史資料館、図書館等で見聞きするだけでも、被災地の復旧・復興の道のりはまだまだ遠い。それどころか、最近の福島第一原発の汚染水の流出にみられるように、原発事故は現在も進行中で、全く収束をみていない。その一方で、被害の大きさや影響の範囲がよく分からないままに、私たちは少しづつ、そうした状況に慣らされていっているのではないか。放射能に脅かされる福島を局地的な問題として、問題を風化させてしまっているのではないか。私たちにできることは一体何なのだろう。
 被災地の記録を収集する仕事をしながらそんなことを考えていたら、思いがけない朗報が飛び込んできた。福島県立図書館のSさんのポスターが「図書館が社会に影響を与えていることが伝わるポスター」として、今年の世界図書館大会のベストポスター賞に選ばれたという。
 Sさんが今年の世界図書館大会のポスター・セッションに全くの個人の資格で参加すること、そこで「福島の図書館員」というプレゼンを行うことは、6月に福島を訪れた時にSさん自身から聞いていた。Sさんは、大震災の当時、福島市外の県立高校で働いていたのだが、その地区は放射能の濃度が高く、真っ先に除染作業の対象となった。昨年からは、福島県立図書館の図書館協力担当として、自ら協力車を運転して、全県を飛び回わり、福島県内の様々な状況を熟知している。
 出発前のメールには、プライベートの参加・発表なので、ポスターは夜中に画用紙とクレヨンで作り、まるで子どもの夏休みの自由研究みたいですと書いてあった。その手作りのポスターが、印刷技術を駆使した世界各国の国立図書館等のポスターの中で異彩を放ったことは想像に難くない。世界に向かって福島を伝えたSさんの勇気と情熱に心からの祝福を贈るとともに、「福島」を風化させないために、個人個人の伝える努力が重要であることを再認識させてもらったことに心から感謝したい。




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