博士論文奮戦記

文化情報分野 櫻井 直美

 2013年3月25日、桜満開の市ヶ谷で学位授与式に出席することができました。私はその時、学位授与を夢見て夢中で論文を執筆していたときに想像した喜びとは少し違う感覚を味わっていました。それはウキウキとする喜びではなく、もっと静かで落着いた心引き締まる感覚でした。
3年前に博士後期課程に進みたいと決心したとき、私はすでに52歳になっていました。52歳という年齢から3年の時をかけて、指導教授をはじめとする多くの方の支えを必要とする後期課程への挑戦にどんな意義があるのだろうと自問しました。しかし、修士課程での研究をさらに深めたいという熱意がその自問を上回ったのです。私は博士後期課程への入学が決まった時に、一つの決意をしました。それは、「その日出来ることにベストを尽くす」ということです。とてもシンプルな決意ですが、何本かの紀要論文、査読論文、そして大きなまとめとなる博士論文を実質2年半で書き上げるには毎日ベストを尽くす以外、効率のよい方法など思い浮かばなかったのです。
このように大きな熱意を持って入学しましたが、1年経った2011年、東日本大震災の直後、私は論文を書く気力を全く失っていました。私の住む山形県酒田市では地震による建物崩壊や津波の直接被害はなかったものの、停電になり、灯油やガソリンの供給がストップしました。電気が通った直後からは、テレビ画面に映し出される映像に呆然とするばかりでした。生きることに精一杯の中、論文を書き続けるのは何か自己中心的で後ろめたい気持ちもあり、指導教授である竹野一雄先生にそのことを伝えました。先生からは、私の研究対象であるC. S. ルイスのエッセイ「戦時の学問」を読むように勧められました。「戦時の学問」は第二次世界大戦下、オックスフォード大学の学生に学究の意義を提示したものです。私はルイスのエッセイを通して大災害と戦争は状況が違うものの、どんな困難においても学究の意義があるとの考えに至ったのです。
いくつもの山をなんとか乗り超え、とうとう学位を手にした私は、ウキウキとする喜びを感じたのでなく、少し大袈裟ですが学問の神聖さに畏怖の念を抱きました。本当に多くの方に支えられて得ることのできた学位です。これからの私の務めは何らかの形で社会に還元させていただくことであると思います。さらにゼミの先輩からは「学位取得は研究のスタートラインである」という言葉をいただきました。まったくその通りだと姿勢を正しております。これからも生涯をかけて研究を続けようと決意したのも2013年3月25日、学位授与式の場でした。



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