司書のつぶやき(4)
「図書館戦争」と検閲

文化情報専攻 13期生 大塚 奈奈絵

 通信教育の司書課程の非常勤講師を始めた頃、リポートを採点しながら、ちょっと気になったことがある。私の担当する科目は「図書館情報資源概論」(旧課程では「図書館資料論」)で、紙の図書や雑誌・新聞から、マイクロ資料、CD、インターネット情報資源まで、図書館が取り扱う様々な資料や情報の特性と、図書館での収集、受入、管理、保存について学ぶ科目である。前年から引き継いでいるリポート課題の一つが「図書館の資料の選択プロセスについて述べる」ことなのだが、図書館は、いかに資料を選ぶべきか、知的自由を守るべきことをとても熱く語るリポートが目につくのである。そのこと自体は決して悪いことではないのだが、前任の方が指定した「図書館資料論」の教科書には「図書館の自由に関する宣言」が載っていることが少し気になった。
 小説を読んだことも、アニメを見たこともなかったのだが、大ヒットしてテレビアニメ化もされた「図書館戦争」という小説があることは知っていた。小説の作者は「図書館の自由に関する宣言」を読んで作品を書いたと聞いていた。ところが、アニメ好きの若い友人に聞くと、「図書館戦争」は恋愛小説・アニメで、彼女は大ファンだという。知的自由と「図書館の自由宣言」、恋愛ドラマの組み合わせの想像がつかなかったのだが、ちょうど「図書館戦争」劇場版のアニメが封切られるというので、一緒に映画を見に行くことにした。
 舞台は「メディア良化法」が施行された近未来の社会。取り締まりに対して、「図書館の自由宣言」の織り込まれた「図書館の自由法」を根拠に、武装した「図書隊」が戦いを繰り広げる。図書館と銃撃戦という、ありえない組み合わせと、さわやかな恋。確かに、エンターテイメントとしては一流なのだろう。思わず笑いそうになったのは、「メディア良化隊」が書店を襲う場面で、図書隊が「この店にある図書は見計らいとする。」と宣言して「検閲」から本を守る戦いを繰り広げるという場面である。「見計らい」という言葉がどのくらい一般的なのかは分からないが、この書店にある本はすべて図書館が購入することにするので、渡さないということらしい。つまり、この作品で「検閲」される対象は、出版された後の図書であり、図書を奪い盗ったり、焼いたりすることを「検閲」と呼んでいるようだ。では、一体何を「検閲」しているのか、この辺は極めてあいまいで、図書館1館の蔵書が全て焼かれてしまったりもする。しかも、実在の図書館や団体の名前が使われ、背景には私の勤務する図書館のあまり近代的とは言えない貸出カウンターが描かれている。
 エンタメであると割り切ってしまえば、細かい点は気にならないのかもしれないし、少々ドジな主人公が、あこがれの王子様と結ばれるまでのストーリーであると考えれば、武装した図書隊の銃撃戦も図書館の自由も、単なる背景に過ぎなくなる。
 それでもどこか割り切れないのは何故だろう。考えてみると、少なくとも私は、高校までの科目の中で、戦前の検閲や、戦後のアメリカGHQによって行われた検閲について、学んだ記憶はない。検閲に興味を持ち、自分で資料を調べるようになったのは図書館員になってからである。戦前の出版法の下では、出版する前の段階で内容がチェックされ、問題があれば発売が禁じられた。もちろん、大逆事件の時のように、一度は販売された本が遡って禁止されることもあった。そうした歴史を正確に学ぶ機会が与えられない一方で、正確さに欠けるエンタメの描写が事実と混同されて刷り込まれている。エンタメが悪いというのではない。現実に50数年前まで行われていた検閲について、この国の歴史の一部を学ぶ機会が与えられていないことの方が問題であるように思えるのである。
 せめて図書館員を志す人には、出版の歴史をきちんと学び、言論や表現の自由についても、考えてもらいたいと思う。そして、国が発売頒布を禁止した図書を図書館が守った事実があったことも知って欲しいと思う。例えば、明治の大逆事件の時、帝国図書館は、禁止された書物を館長室に隠し、戦後、それをひっそりと書架に戻した。
 銃も武器も必要ない。本を後世に伝えるために静かに行動した図書館員がいたことを、図書館員を志す人達に知って欲しいと思う。


i 大塚奈奈絵「受入後に発禁となり 閲覧制限された図書に関する調査―戦前の出版法制下の旧帝国図書館における例―」『参考書誌研究』第73号(2010・11)http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_3051631_po_73-04.pdf?contentNo=1



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