赤詰め草 その1(童話)

文化情報専攻 10期生・修了 牧田 忍

出会い
 ワコランド村は最近になっても、村のほとんどが深い森でした。隣の町は次々と開発されて近代的な都市になっているのに、この村に多くの人は便利さよりも自然が大好きという人たちが集まっています。村には開発の話や隣村との合流の話があっても、すぐに住民たちに反対されてしまうのでした。そもそも村は丘を拓いたトンネルを越えれば簡単に都市へいくことができましたから村の人たちはちっとも不便ではないのです。
 村は自然が豊かで空気や水はおいしいのですが、大きな問題がありました。隣の村にいくための道はトンネルを通る一本しかないのです。けれどもワコランド村が修理をこばんでいるために道路もトンネルもとても古くてボロボロでした。夜になると明かりもなくなるためにトンネルのあたりは怖くて誰も近づけませんでした。ですから、村人はパトロール隊を組織してトンネル付近の安全を守ることになったのです。
 そんなパトロール隊の中にイチタロウスはいました。イチタロウスは今でこそ、村の中に馴染んで、童話を書いたり、歴史の勉強をしたりと静かに生活していますが都会ではとても風変わりな人と言われていました。そして、都会を追われるように村にやってきたという噂もあります。彼にはどうやら後ろ暗い過去もあるようです。
 イチタロウスたちがいつものようにパトロールをしていると、トンネルの横のガケ付近に人影を感じました。青年団長がその姿を懐中電灯で照らすと少年の姿がありました。
「ミキオだ。ミキオではないか」
 と隊長が言いました。隊長は少年の顔に懐中電灯のライトをあてると、
「やっぱり、ミキオだ。引きこもりのミキオだ。ニートのミキオだ。」と叫びました。ミキオは小さい頃からみんなに馴染めず、思ったことを何でも口にしてしまうので友達から相手にされず、家の中にこもっている子で村中から怪しがられていました。
「お前、何をもっているんだ。」とミキオがポケットに隠そうとした鋭利な刃物を見つけて大きな声で隊員の一人が叫びました。ミキオは気まずそうな顔をしました。
「仕方ない。コイツを縛り上げて、パトロール隊の詰め所に連絡しよう。そして、お灸を据えた上で、親に引き渡そう。いいや場合によって警察ざたになるかもしれないな。」
 と隊長はつぶやきました。村の人たちは気の合う人には親切なのですが、気の合わないものは子供だって容赦しません。パトロール隊員の冷たい雰囲気がミキオに向けられていました。隊員の一人が詰め所からロープを持ってきて、ミキオを縛りあげようとした時、
「ちょっと待ってくれ」と止める者がいました。村の中では、他人と違うことを言うのは勇気のいることです。みんなの空気が一つにまとまりかけた時に「待った」とかけたのはイチタロウスでした。
 当然、何故、ミキオをかばうのだという雰囲気が立ち込めました。そうした中で、イチタロウスは「ポケットの中のものは石器だろう。僕に見せてごらん。」とミキオに話しかけました。ミキオは恥ずかしそうなポケットにしまい続けていた鋭利なものをみせました。
「やはり石器だね。この石器はどうやら水晶でできているようだ。一見、先史時代の有舌型の先頭器に見えるが、抉り入れの部分が暗くてわからない。明日にでも明るいうちに、僕の研究所に訪ねておいで、ほいっ名刺をあげるよ」とイチタロウスは土で汚れた名刺を手渡しました。名刺には羅須考古学研究所と書かれていました。
「みなさん。ミキオはガケからこぼれ落ちる土器や石器を集めていたようです。夜に人気の無いところをウロチョロとするのはいけないことですが、今後は私が彼の面倒を見ますので、今回は許してやってもらえないでしょうか。」とイチタロウスは隊員に深々と頭を下げました。パトロール隊員は先ほどのイチタロウスの解説が何のことやらさっぱりわかりませんでしたが、一人の少年の未来を思い、心を安らかにしました。

 翌日、さっそくミキオの姿はイチタロウスの研究所にありました。研究所は村の中心地にありましたがここだけは木々が鬱蒼としていました。玄関のところは羅須考古学研究所という変わった名前の表札が掲げられていました。思ったことを何でも口にしてしまうミキオは、開口一番に風変わりな研究所の由来について問いました。
「あぁ、あれかい。あれは僕が大好きな作家であり、もっとも尊敬する人物である宮沢賢治という人が設立した羅須地人協会からとったものなんだ。ホントは羅須地人考古学研究所にしようと考えたのだが、言いにくいし、僕は字を書くのが苦手でねぇ、こんな感じになってしまったのだよ。」と答えました。するとミキオは「だったら、らすってひらがなが良かったですね。」と言いました。イチタロウスは「そうだね。ら、だけでも良かったなぁ」と言って、二人は大笑いしました。
 イチタロウスが入れたブレンドコーヒーで一息入れたあと、イチタロウスはミキオに「さっき君が語った、研究所の名前に疑問を持つなんて、考古学に向いていると思うよ。考古学はアルカイオロギアがアルケオロジーに転じた訳語で、ギリシア語の〈古い+学問〉が語源とか言われているから、古いこと学ぶように思われがちだけど、アルケーって言えば万物の根源っていう意味もあるから、元々はものごとのはじめを理解する学問という意味があったと思うよ。だから哲学とか宗教とか神話とかも絡んでくることになる…その意味で、何で羅須なのっていう問いはすごくアルケオロジー的なんだよ」
 ミキオにはイチタロウスの言葉がチンプンカンプンでした。
 しかしね。と彼は続けました。
「考古学ってモノを相手にする学問と言われていて、哲学や宗教、神話などココロを中心とした考え方は証明できない、と叱られて排除される傾向が強いんだ。モノを相手にしている限り、すべてのはじめはモノという結果になるし、モノしか証明できないに決まっているだろうね。」
「では、どうしてそうした学問になってしまったの…」とミキオは問いました。
「考古学の歴史を学ぶことを考古学史といのだけれども、学史を辿っていくと、あの戦争前の考古学者は神話も宗教もドシドシ語っていたんだ。それが、戦争が終わって歴史研究に新しい流れが出てくると、新しい流れが強くなり、それまでの研究は非科学的と退けられてしまうことになったんだ。新しい流れの中で出てきた科学的とか合理性というのが実にくせものだと僕は思っている。」
「えっ。それでは考古学は科学ではないの。」
「難しい問題だ。科学的であって欲しいのはヤマヤマだけれども、先に科学があってそこにモノを当てはめるのはオカシイと思うんだ。そもそも先史時代の人々が合理的に生きていたかなんて説明できる人はいないだろうなぁ」

 ミキオは頭が痛くなったので帰ることにしました。久しぶりに外に出てきて、家族以外の人と接したのに重い気分になりました。彼はイチタロウスが土器とか石器の話を聞かせてくれるものと思い勇んで彼の研究所に向かいましたから、彼の意見をまくし立てられて何だか叱られた気分になりました。
 家に帰ってきた姿を見て、一番心配したのはミキオのおじいちゃんでした。おじいちゃんはミキオを可愛がり、ミキオもおじいちゃんが大好きでした。ミキオが家にこもっていられたのもおじいちゃんのおかげでしたし、彼が歴史に関心を持ったのもおじいちゃんが聞かせてくれる昔話がきっかけでした。ミキオは今日向かった羅須考古学研究所の話をしました。すると普段はおだやかでやさしいおじいちゃんが、青筋を立ててワナワナと怒りだしました。
「ミキちゃんいいかい。あの学問は科学という言葉を隠れ蓑にして、この国の歴史を滅ぼそうとする国賊のやる学問じゃ。大皇帝様の祖先の墓を掘らせろだの、大皇帝様が海外からやってきただの。とトンでもないことを吹き曝す連中じゃ。今後は絶対に相手にしてはならんぞ」と荒げたい言葉を抑えるように言い含めました。
 おじいちゃんを興奮させてしまったことを後悔しながらも、イチタロウスとおじいちゃんの考えにはどことなく共通点があるようにも思えました。それに相手にしてはいけない、と言われれば言われるほど相手にしたくなるものです。ミキオは翌日も、イチタロウスの研究所へ向かうことに決めました。

「そうだろうなぁ。ミキオのおじいさんの意見はもっともだ。」
と語るイチタロウスの言葉に、彼から叱られると思っていたミキオは拍子抜けしました。「確かに、この学問は一歩間違えば、国そのものをゆらがせる毒の部分があるんだ。そうした時限爆弾のような意味合いはある。例えば、考古学の理論的な基礎である型式学の祖と言われているストック村のモンテオール男爵はボルシア革命家に多額の援助をしていたのは有名な話しであるし、男爵夫人は慈善活動家として知られているけれども、慈善活動家と呼ばれる人に限って良く調べてみると闇は深いものだよ。ボルシア革命のときにボルシアにいたのはスタトロネフだけで、中心人物と言われたリンネはルンベル国から、あの有名な黄金電車にのって革命後にボルシアにやってきたに過ぎない。ここで問題なのは、リンネがボルシアに入る前に一度ストック村によっていることなんだ。おそらく、男爵夫妻に会っていると思うよ。」
「だとすれば、型式学は革命家が作ったことになりますね。」とミキオは相槌を打ちました。
「そう。それが事実だとしたら、この学問は革命の道具ということにもなるし、革命家の巣にもなる。その意味では君のおじいさんが怒るのはもっともとも言えるのさ。まぁ何が本当のことなのかはひとまず置いておいて、いろんなことを推理する。これが考古学の醍醐味じゃないかな。」イチタロウスは入れたてのコーヒーをミキオに差し出しました。

続く



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