階戸照雄著『いまこそなりたい通訳・通訳ガイド』(中央経済社・2009年)
博士前期課程 修了 川島 秀代
今年の4月、ひょんなことから「通訳基礎」の授業を担当するという話になった。以前、コミュニティー通訳をした経験があるのだが「できる」と「教える」では勝手が違うし、なんといってももう10年も前のこと。なんとなく渋っていると、「総合的な英語力アップを目指すのが目的で、専門的な通訳技術を教えるわけではないから」と説得され、結局引き受けることになってしまった。専門的な通訳技術云々はさておき、「通訳」とあるクラスなのだから、通訳事情に全く触れずに英語だけをやるわけにもいかないだろうと困っていた矢先、出会ったのが『いまこそなりたい通訳・通訳ガイド』である。
本書は通訳業・通訳ガイド業という仕事を4部構成で説明、紹介する100ページほどのガイドブックである。
第1章では、様々な通訳タイプが紹介されている。一般に「通訳」と聞いてすぐに想像できるものもあれば、あまり見聞きすることのないタイプの通訳もあり、一言で「通訳」といえども、方法も活躍の場も目的も違うようだ。目的が違えば求められる方法が違うのは当然で、ある時は完全な黒子であり、またあるときはサービス業としての「もてなしの心」が求められるという。想像していたよりも奥の深い世界だ。
第2章は、現役通訳者へのインタビューである。英語、フランス語、スペイン語、中国語の通訳者たちが、仕事の魅力と苦労点を語っている。なぜ通訳者になろうと思ったのか、どんな時にやり甲斐を感じるのか、何に苦労するのか、現場で必要とされるスキルは何か、どのような時に落ち込んだか、通訳業に興味のある人ならぜひ知りたい「現場の声」である。中でも特に印象的なのが、「通訳者がいなくてもだれでも自由にコミュニケーションできる社会が理想だと思うからこそ、通訳者がいたことも忘れてしまうくらい自然なコミュニケーションを成立させられるように、「記憶に残らない通訳者」を目指したい。」(p. 39)という英語会議通訳者、姉崎祐治氏の台詞だ。世の中色々な仕事があるが、「記憶に残らない仕事」を目指すというのは興味深い。
第3章は、良い通訳者になるための心構えから、資格試験の概要、仕事の探し方までを具体的に網羅する情報の章である。この中には、国家資格である通訳案内士試験の結果(平成19年度分)もまとめられている。それによれば、英語での受験者がダントツに多く、続いて中国語、韓国語となっている。フランス語やスペイン語は思った以上に少ない。ただ、合格率は言語によってそれほど変わらないようである。
第4章では、英語、フランス語、スペイン語に堪能で、通訳ガイド資格(英語)も有する著者自身の外国語習得方法が紹介されている。しかし、もしあなたが、「3ヶ国語も習得した人が教える魔法の学習法!」と期待してこの章を読むなら、そして誤解を恐れずに言うなら、あなたはきっとがっかりする。なぜならそこにあるのは一発逆転を狙うようなセンセーショナルな方法ではなく、どちらかと言えば「地味な」学習法である。そして「ひたすら詰め込んだ」「すべてを覚えようとした」「まじめに勉強した」「我ながら本当によく勉強した」と綴られている。つまるところ著者の勉強法は、「まじめに頑張る」ということのようだ。人よりも3ヶ国語多く話せるようになるには、人の3倍(いや、それ以上)の努力が必要なのだ。
ところで、そもそもの私の課題は授業で使える通訳事情の情報収集であった。そこで学生目線に一番近そうな第4章から、著者の学習法をいくつか纏めて、語学習得にはこのような努力が必要なのだと学生に伝えてみた。しかしそれだけだと芸がない。そこで、第3章の資格データに言及しながら、英語以外の通訳者を目指すのはどうかと振ってみた。「現在英語が通訳レベルにないのだから、英語にこだわる必要もないのでは」という、ちょっと大胆な提案である。これが予想以上に学生にうけた。自分たちが英語以外の外国語で何かをするなど考えたことがなかったのだという。英語のクラスなので当然と言えば当然であるが、彼らの素直な反応に、こちらもちょっと嬉しくなった。
本書は元来、通訳者になりたい人のためのガイドブックである。しかし、今の私にはクラス準備のための「ネタ帳元」となる貴重な一冊なのである。今度は第2章のインタビューから情報を引っ張ってこようと企んでおり、今日も本書片手に使える情報探しに精を出している。