終わりなき旅
文化情報分野 川原 有加
「私、嫌いなんです。」数年前、この言葉を発していなければ、今の私はなかったかもしれない。それは、ある本について自分の感じたことを素直に言ってしまった一言であった。この突拍子もない言葉を真正面から受け止めてくださった指導教授には本当に感謝している。そして、このことが私の今の研究の扉を開くことになったのである。自分が感じたことを大切にし、自分らしさを追求していくことは、研究の過程で私が尊重してきたことの一つである。特に、直感・素直さ・素朴さは重要な鍵を握ることもある。
しかし、それだけではない。これまでのたくさんの人々との出会い、そしてたくさんの人々の支えがどれだけ大きな力となったことであろうか。思い起こしてみると、先輩からの一言が今の研究の端緒となり、それまでの迷いを一気に吹き飛ばし、博士後期課程受験への強力な後押しとなった。
こうして受験した博士後期課程であるが、合格が分かったとき、うれしく、ほっとした気持ちよりも博士論文を書くチャンスが与えられたという責任感のようなものがどっしり肩にのしかかり、不安感を通り越して一種の恐怖感に襲われたことを思い出す。そしてその思いは壮絶な学生生活の始まりとともに、さらに現実味を帯びていった。
予想以上にあまりにもいろいろなことを次々と行わなければならならず、追いつくどころかますますしなければいけないことが増えていくばかり。特に、膨大なデータの整理という地道でとてつもない作業(結局、これは最後の最後まで苦しめることになるが)を抱えながらの執筆となった。時は恐ろしい勢いで流れていく。こうなると計画を立てて、目の前のことから順番に確実にやっていくしかない。「今できることを精一杯すること」である。実は一番重要なことなのであるが、一番難しいことでもあった。これを出来る限り実践することを念頭に置きながら、次のようなことも大切にした。
一つのことに深入りしていくとどうしても視野が狭くなりがちである。行き詰ったときはあせったり、落胆したりすることもあるが、少し角度を変えて見てみたり、休息することで新たな発見をしたり、思わぬところから突破口が見出せることがある。私はどちらかというと横道にそれるのが得意なほうなので、よく寄り道をしながら新たな楽しみを見つけ出したりした。しかし、ほどほどにして本道に帰らないとかえって大変なことになることも忘れてはいけないと分かっていたが、私は帰るのがかなり遅くなり、かえって慌てることが多々あった。
研究の進展とともに、たくさんの人々との出会いはさらに広がり、たくさんの人々の支えもより重要なものとなった。この大学院では自分の研究している分野だけでなく、様々な立場の様々な分野の方々と出会う機会を持つことができ、貴重なご意見や助言を頂ける。このことがあってこそ、私は広い視野を持つことができるように養われたのである。
機械的で流れ作業をこなしていくような日々が続く中、自分らしさを追求していくに従い、人間らしい生活は失われていった……。そうこうしているうちに月日はあっという間に流れ、いよいよ論文提出に向けて本格的にギア・チェンジのときを迎えた。しかしその前に、忙しいことは重々承知の上で旅行に出かけた。そもそもクーポンの期限が迫っていたというのが主な理由であったが、しばしの間、本当にリフレッシュすることができ、最後の大きな戦いに向かう活力は備わった。と、よかったこともあったが、スケジュールとしては少々厳しいものとなってしまった。旅行から帰り、気を引き締めながらも最初に取り組んだことは、これからパソコンの前に座る時間が増え、パソコンを快適に使うことができるために、座り心地のいいクッションを買いに行った。安く良いもの(今も愛用中)が見つかった。
また、「ある意味」規則正しい生活を心がけるようにした。残された時間が少なくなり、無理をしなければいけない状態にさしかかっていたが、無理をしすぎてここで体調を崩してしまうと、これまでのことが無になってしまうからである。しかし、あくまでも「ある意味」である。やはりギリギリでの規則正しい生活。やはり最終週となると、新聞配達のバイクの音が就寝の合図となっていた。
そして、とうとう10月の提出締め切り前日が来てしまった。幸か不幸かこの日は休日だったため、想像を絶するような追い込みとなり、すんなりと終わることはなかった。一番の失敗は、多めに買っておいたはずのプリンタのインクが予想以上に使用したため、とうとう明け方になくなってしまったことである。翌日、店の開店を待って買いに行く羽目になってしまった。そして、これまでの人生で数回しかない徹夜をし、最後にはとうとう食事の時間もなくなっていた。悪戦苦闘の末、何とか宅配便店に駆け込み、論文を入れた荷物は無事旅立って行った。宅配便店から帰宅してしばらくはまだ気が張っていたようで、疲れた感じはなかったが、飲み物を口にしたら一気に睡魔が襲ってきてしまい、朝まで目を開くことはなかった。
結局、綱渡りを繰り返した「奮戦」という言葉がぴったりの道中であった。しかし、どのことも本当に貴重な良い経験となり、よき思い出である。幸いなことに博士論文という形にでき、学位を取得することはできたが、まだまだ通過点に過ぎない。提出、口頭試問、最終の提出を終え、あんなにいろいろと行き詰まったり、頭を悩ませてきたのに、ふとアイディアが浮かんだり、鋭い感覚が働くようになり、何か楽しさも感じたり、そして新たな課題が見えてきたのである。自分が感じたことを大切にし、自分らしさを追求しながら終わりのない旅を続けていくことになりそうである。そして、学位が授与されることが決まってから、改めて本当にたくさんの人々に支えられながらここまで来ることができたことを痛感し、心からありがたく思いながら、奮戦記の筆を置くことにする。
最後となりましたが、多大なるご指導を頂いた指導教授を初めとする諸先生方、たくさんの励ましとアドバイスを下さった先輩方、学友の皆さん、大学院の事務課の方々、そして応援と協力をしてくれた家族に感謝し、お礼を述べたいと思います。
本当にありがとうございました。