司書のつぶやき(1)
タイの洪水と図書館

文化情報専攻 13期生 大塚 奈奈絵

 2月の末に、駐日タイ大使館のシントン公使とタイ図書館洪水被害救援募金実行委員会の講演を聴く機会があった。2011年の8月からタイを襲った未曾有の洪水のニュースは、誰もが知っていると思う。タイ中部地方の工業団地が冠水し、影響は日本の企業にも及んだ。幸いにも、バンコクの中心部の浸水は免れ、1月に水は引いたものの、全国76県中65県が被災し、大きな被害を残した。
 莫大な経済的損失と、タイ経済への影響はいうまでもないが、様々な施設や学校の被害は大きく、その中でも図書館の被害は壊滅的であったという。
 2011年12月のタイ図書館協会の統計によれば、2,652の図書館が被害を受けている。講演では、蔵書も、コンピュータ・システムも水没し、階上に移した本もカビだらけになって使えなくなっている様子が、スライドで紹介された。一つの大学図書館で蔵書20万冊が被害にあったというところもあり、一体どの位の本がだめになったのか、分からない程だという。日本の研究者が収集し、ある大学に寄贈したジェンダー関係の文庫もすべてだめになった。長い年月をかけて構築した蔵書も、データもすべて使えなくなった。
 講演では、政府は図書館にまでは手が回らず、タイ図書館協会は、国際的な支援を求めていて、ドイツが支援に入っているが、焼け石に水の状態。日本タイ学会を中心に始められた図書館支援募金は、2月末現在で23万円しか集まっていないということだった。

 私の働いている国立国会図書館は、3.11で壊滅した岩手県の図書館の郷土資料の修復等を行っている。
  http://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2011/__icsFiles/afieldfile/2011/12/02/pr111130.pdf
 3.11の場合は、ライフラインが復旧すると同時に、全国の多くの図書館、博物館、文書館関係者が被災地に支援に入り、文化財の修復に努めている。岩手県立図書館の当館との連絡窓口担当者は私の学生時代の同級生。どこも、自館のサービスを続けながら、可能な限りの支援を続けている。この状態は、たぶん、何年も続くだろう。
  http://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2012/__icsFiles/afieldfile/2012/04/13/pr120412.pdf
 「文化財はライフラインのように生活に直結するものではない。・・・でも、文化財がない復興は本当の復興ではない。自分達のアイデンティティーなのだから。」陸前高田で、九死に一生を得た市立博物館の職員の言葉である。すべてを流されながら、津波の3日後には、博物館の復旧作業を開始したという。
 東北では、被災地の子供たちに本を届ける運動や学校図書館の再建の動きも活発だ。
  https://readyfor.jp/projects/an_empty_library
 幸か不幸か、こうした3.11のノウハウを、タイの図書館の支援にも生かすことはできそうである。カビがはえてしまった本は、修復するよりもデジタル化してしまう方がよい場合もあり、その点でも、国立国会図書館の大規模デジタル化の経験が役に立つ可能性がある。
 3.11の時、タイからは、多大な募金と大量の救援物資が軍用機を使って日本に送られた。日本政府が対応できなかったために、タイの駐日大使館は独自に倉庫と輸送ルートを確保して、救援物資を直接東北に輸送してくれたという。日本を支援してくれたタイの人々のために、少しでも役に立てることを願っている。



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