優良出版物紹介

博士後期課程 修了 稲村すみ代

『DISCO』
本文80ページ  1000円(税抜価格)
ISBN978-4-9906075-0-0
発行:co-LLaps(コラプス)

 「dis-communication/discommunication」を、一般的な英和辞典を調べても出てこない。「ディスコミュニケーション」は和製英語だからです。日本では、1988年に出版された植島啓司・伊藤俊治の共著『ディスコミュニケーション』によって一般に認知された語ですが、最初にこの語を使ったのは鶴見俊輔(1922-)だとか。(ここらへんの詳しい分析は和製英語の研究者にまかせるとして)一般には「ディスコミュニケーション」は、コミュニケーションの不全や不能状態のことをさし、研究者によっては、反コミュニケーション、矛盾コミュニケーション、ゼロ度のコミュニケーションの意味を含ませる、のだそうです。
 このコミュニケーション不全が蔓延する現代を切り開いていくような本を読みました。
 真っ白い中にアルファベットで『DISCO vol.1』と印字されたシンプルな表紙。全80ページの、小冊子ともいえる体裁の『DISCO』は、そのページ数からみると、ずしりと濃い内容を含んでいます。
 最初に「生きるためのテクスト」と銘打たれた5人の表現者へのインタビュー。山城むつみ、鈴木雅雄、岩本正恵、北小路隆志、磯部涼。そして杉井ギサブローと山村浩二との対談。この冊子を手にして目次を眺めただけでワクワクしてくるような人々が並び、これらの人たちにインタビューをし、編集作業を行ったのが、ひとりの若者であったことを知ると、若者ことばでいうところの「スゴッ!!」という感嘆が洩れます。
 編集を担当している「co-LLaps(コラプス)」、発行人宮田文久氏は、出版関係の仕事を続けつつ松岡ゼミに所属する院生です。

 編集担当者は、まえがきに言う。

 「世界をまたいで、通じないかもしれない言葉を、お互いにおずおずと差し出しあうこと。ディスコミュニケーションを成立させる場を準備すること。ささやかな足場を考える中で、誰もが関係し、興味がある共通のテーマとして−当たり前かもしれませんが−日常を「生きる」ことが浮かんできました。」

 2011年11月に発行された、志の大きなこの本を、「”生きる”ためのテクスト」として、ぜひ手にとってほしい。
 書評子が興味深く読んだ若い執筆者のテクストを紹介しましょう。張予思(ちょうよし)の「南京 東京」です。これは、私が日本語教師であり、1994、2007、2009年と3度にわたって中国の大学で日本語教育に従事した経験を持つことからの興味でもありますが、日本語を学んだ若い中国人学徒の声が、真っ白な表紙のシンプルさと響き合うように率直に表明されていることに気持ちよく読めたのです。日中の歴史問題を若者がどのように受け止め、どのようにこの先へ進んでいこうとしているのか、その声を聞くことができ、うれしく思います。
 まえがきの「生きるためのテクスト」ラストに編集子は言う。

 「夜をこえ、同じステップさえもふめずに、それでもぎくしゃくと共に踊るためのダンスフロア『DISCO』が始動します。」

 書評子は、毎週2回、ジャズダンスのレッスンに通っています。ダイエットの目的はいっこうに果たされていないけれど、心身の健康には役だっていると信じて、毎週ぎくしゃくと踊っています。(さび付いた頭で振り付けが覚えられない。)
 『DISCO』の始動に合わせて、さび付いた頭を生き生きとさせるために、同じステップは踏めないかも知れませんが、次回の出版『DISCO vol.2』を楽しみに待っています。


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