国際情報
■ネット世論と中国共産党
 ―変容する情報空間にみた民族主義と民主主義
安江 伸夫
■「チェーン経営BIG4の事業承継と盛衰」
 〜ダイエー・西友・IY・ジャスコの事例〜
狐墳 英毅
■標準化と適応化によるグローバル戦略の一考察 中尾 佳史
■減災とリスクコントロールの要の一端 長谷川 昌昭

文化情報
■欧米の演劇への歌舞伎の影響
 ―ジャポニスムの一考察―
大塚 奈奈絵
■ウィリアム・サマセット・モームの研究
 −Up at the Villa再評価−
小池 雅実
■演劇の現状と価値について 永尾 斎
■日本文化にコンテクスト化された日本語教育
 ―メルボルンの日本文化祭―
ジョーンズ 三奈子

人間科学
■音楽活動による高齢者のコミュニケーションの変化 宇津 野裕子
■自閉症児における色・形カテゴリーに基づいた
 図形分類行動形成の必要条件
中村 哲也
■看護学生を対象とした
 体育授業による運動習慣の維持
林 一成
■「意識改革」とはなにか? 眞邉 一近 教授





ネット世論と中国共産党
―変容する情報空間にみた民族主義と民主主義
 …… 安江 伸夫

 ネットによる中国独特の「民主主義」の行方と民族主義、特権意識などによる限界、変容する中国共産党の対応を探る。 筆者は、民衆の異議申し立てが、ネットを通じ、共産党当局により吸い上げられていることに注目。一党独裁下で、西側社会と違った「民主主義」が行われていると見ている。
 共産党当局は、体制批判を弾圧するが、ハードランディングは望んでいない。ネットでの意見表明の権利を民衆に付与し、本音を把握し、政策に役立てようとしている。あくまでも共産党当局が主役となって、「民主化」と同じ効果を生み出そうしている。
 だが、『白領』と呼ばれる「中間層」は、消費水準による定義で全中国人の35.0 %が企業・事業体の職員で、強い意思決定権限を持ち、経済的豊かさを保障されている。中間層は、5億人に達したネットユーザーとも重なる。そのほとんどは漢民族である。格差拡大の問題に中間層は特権を手放すことも含め、自問しているか。その「民主化」の限界も指摘したい。

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「チェーン経営BIG4の事業承継と盛衰」
〜ダイエー・西友・IY・ジャスコの事例〜
 …… 狐墳 英毅

 流通革命という言葉が日本に定着した契機は、1962年に出版された林周二の「流通革命」をもって嚆矢とする。そして、この半世紀、流通革命の実現を目指し日本の小売業界をけん引してきたのは、まぎれもなくダイエー・西友・IY・ジャスコのBIG4社であった。
 なかでも「7回生まれ変わっても流通革命を成就させる」と社会変革を叫び続けたダイエー創業者中内功の生涯は、流通革命に賭けた壮絶な闘いの連続で、ダイエーが日本の商業の近代化や流通産業化の推進に向け果たしてきた役割は、特筆されるべきものがある。
 しかし、偉大な創業者をも「息子を社長にするのは、いつでもできる。だが、経営者はつくれない」という中内功が遺した言葉のように二代目への事業承継は叶わず、2004年ダイエーは産業再生機構の支援を得、2007年資本提携によりイオングループの傘下となった。
 一方、当時「東の西友、西のダイエー」とマスコミの耳目を集めダイエーのライバルと目された西友も、詩人・作家・経済学者の異色経営者堤清二率いる「セゾングループの挫折と再生」によって、2008年世界小売業の覇者ウォルマートの軍門に下り100%子会社となった。
 まさに、この半世紀日本の小売業界は、市場環境・消費生活・競争環境の3つの変化に対する「変革と挑戦」の歴史の繰り返しで、現在はともに5兆円超のグループ売上高を誇るセブン&アイHLDGSグループとイオンHLDGSグループの2強に集約されつつある。
 このようなBIG4に見られる企業の盛衰は、バブル景気の崩壊を期に大きく明暗を分け、特にこの時期BIG4社が進めてきた経営戦略と事業承継のあり方を検証し、その基盤となる経営理念を研究していくことは、日本の小売業界における流通革命の進捗と同時に、ファミリー企業存続の成功条件を探る上で、極めて有効かつ興味深いテーマといえるのである。

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標準化と適応化によるグローバル戦略の一考察 …… 中尾 佳史

 本稿の目的は、グローバル経営における国際マーケティングの役割の中で、標準化と適応化の先行研究を踏まえ、内需型企業が新興国市場を中心にグローバルに展開するための新たな戦略の考察を試みることである。
 その背景には、国内市場がリーマンショックによる景気低迷が続く中、東日本大震災の影響、さらに少子化により国内市場は縮小傾向にある一方、日本を除くアジアの中・高所得層は今後10年でほぼ倍増し19億人を超え、さらにその他の国および地域の新興国や途上国を中心に2030年までに中間層は55億人に達すると言われるグローバル市場環境下において、日本の内需型企業は成長の軸足を成長が著しい新興国を中心に海外市場に移さざるを得ないことにある。特に内需型企業の海外売上高比率は国内売上高比率よりも低いことは勿論、ほぼゼロに等しい企業もある。このような企業が海外市場に展開する初期参入段階では、本国と進出国との2国間の相互関係にすぎない。そのため、標準化戦略または適応化戦略のどちらかを選択する考え方になる。その後、進出国が増えた現地市場拡大段階では、参入後に各国で経験を積んでいく段階であると同時に、進出国を増やしていく時期になる。このような時期に、内需型企業が現地でのマーケティングを世界共通の標準化戦略をとるのか、または現地の状況に合わせた適応化戦略をとるのかという問題が生じ、国際マーケティングを展開するうえで重要な課題となる。
 それでは、内需型企業が海外市場に進出する際、どのような戦略をとるのが望ましいのであろうか。標準化と適応化に関する従来の研究では、製品、産業や企業の国籍によって標準化または適応化が経営成果に与える影響が異なることが示されている。そのため、分析範囲や経営成果との関係などにおいて未だ一定の結果がでておらず、その有効性が問われている。
 そこで、本稿では内需型産業の中で、2017年までに海外売上高比率の目標を50%へと掲げている化粧品メーカーの資生堂を事例に、標準化と適応化の成長プロセスを概観することによって、内需型企業が新興国市場において競争優位性を高めるための標準化と適応化の戦略を考察することにした。
 その結果、資生堂は、1957年に台湾へ進出して以来、高中所得層をターゲットに海外市場の拠点都市に進出して得たノウハウを標準化することによって、新たに進出する都市にそのノウハウを移植するだけでなく、さらにその都市に適応化して、そこで得たノウハウを標準化する「標準化→適応化→標準化」のプロセスを経て、現在では87カ国および地域に点在する都市に拠点を構えるまで成長している。
 このような資生堂の事例より、今後、内需型企業が新興国を中心にグローバル展開するには、「国内市場で得たノウハウの標準化→現地適応化による未開拓市場の創出→進出国で得たノウハウの標準化→新たな進出国への適応化」のプロセスを繰り返すことにより、競争優位性を獲得すると考えられる。

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減災とリスクコントロールの要の一端 …… 長谷川 昌昭

 本邦を巡る諸情勢は未曾有の災禍に遭遇の東日本大震災は併せて『Fukushima Daiichi』の収束を世界が注視する中 政権の無責任な後手の対応と隠蔽に終始する姿勢の露呈は国民・世界の信頼を失う厳しい実状にある。HOW ABOUT FUKUSHIMA DAIICHI ? は現在 海外では日本人への挨拶替わりの現実にある。全世界150カ国余の支援は、本邦への世界の期待も大である裏返しの証でもある。
 海外の支援と期待を踏まえ本邦の大学院履修率に注視すると米国の1/4、韓国の1/2の実態は、貴重な院生・修了生として汎用性あるグローバルな情報発信は喫緊の課題である。
 本学の紀要はGoogle検索等々で世界から注視され、SCIP2011,Orland FLでは注視・評価された実態にある。喫緊に要請される『減災』と『小子・高齢化社会の癒効果の海外渡航』等々の場で国際的にも汎用性のある有用情報を現地体験の評価・失敗から貴重な教訓を抽出、広範に渉猟・検証した有用情報として呈示するものである。

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欧米の演劇への歌舞伎の影響
―ジャポニスムの一考察―
 …… 大塚 奈奈絵

 19世紀後半以降、日本美術が西欧の美術や文化に与えた影響は大きく、この影響は現在ではジャポニスムと呼ばれている。ジャポニスムは一般に、1860年頃に始まって、絵画や彫刻をはじめとする美術のすべての分野から、演劇、音楽、文学などの広い範囲におよび、1910年から20年の間に終焉したとされている。
 この時期に、歌舞伎が欧米の演劇に与えた影響は大きく、例えば、日本で創案された「回り舞台」は、1889年にピエール・ロティの『秋の日本』で紹介され、1896年にはミュンヘンで使用されて、その後、世界に広まった。1900年のパリ万博では、川上音二郎・貞奴一座の歌舞伎公演が行われ、また、東京帝国大学の教授であったカール・フローレンツ(Karl Florenz)の翻訳による歌舞伎「寺子屋」のフランス語版L'école de village: Terakoya: drame historique en un acte とドイツ語版 Terakoya und Asagao が、多色刷り木版の挿絵入り本で販売され、好評を博した。Terakoya は、その後、各国語に翻訳され、翻案劇やオペラが作られ、世界各地で上演された。
 歌舞伎座の概観や「花道」などの説明を美しい木版挿絵付きで解説したフランス語版Terakoya は、歌舞伎を紹介する資料として、書評にも取り上げられた。一方、ドイツ語版を基に上演された Terakoya のケルン公演の写真では、ドイツ語版 Terakoya und Asagao のタイトルページの文字が舞台の装飾として使われ、役者が挿絵のポーズをまねる様子を確認することができる。なお、1908年にTerakoya を演出したラインハルトは、翌1909年にオペレッタ『麗しのヘーレナ』で、欧米では初めて「花道」を使用している。
 さらに、フランス語版のTerakoyaをSamuel A. Eliot, Jr.が英訳した“Bushido, adapted from Terakoya or the village school, otherwise called Matsu, the pine-tree by Terada Izumo 1746” では、挿絵を参考に衣装や舞台の様子が詳しく解説された。M.C. MarcusによるTerakoya の英訳版Matsu は、後に日本に逆輸入され、西洋風の舞台で上演された。

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ウィリアム・サマセット・モームの研究
−Up at the Villa再評価−
 …… 小池 雅実

 英国の作家ウィリアム・サマセット・モーム(William Somerset Maugham、1874年1月25日-1965年12月16日)の中編Up at the Villaを取り上げ、モーム作品の持つ「読む楽しさ」の源を探る。
 モームは生涯に19本の長編と100本余りの短編、および戯曲、エッセイ、旅行記、評論を書いたが、平明な文体と無駄のない語り口から、世界中に多くの読者を獲得し、ストーリーテラーの名手と呼ばれた。ただ、余りに大衆人気が高すぎたゆえに、高踏派の文学者や研究者たちからは通俗作家と見做されることもしばしばで、本国においても、文学史などに取り上げられることの少ない作家である。しかし、彼が単なる通俗作家でないことは、今日まで世界にその文名を保っていることから見ても明白で、殊に過去、モーム・ブームが起こった日本においては、近年になってまた矢継ぎ早に新訳が発刊され、再評価が始まる兆しを見せている。
 Up at the Villaは、1941年、モーム67歳の円熟期に書かれた作品であるが、ある事件をめぐって揺れ動く一人の女性の心の動きと、彼女を取り巻く男性たちの人間模様を描いた、軽い味わいの作品である。この作品は一見すると、三面記事的なストーリーと、ステレオタイプな人物設定の、取るに足らない小品のように見えることから、従来の研究者たちの評価はあまり芳しいものではなかった。しかし、そのような条件を備えているからこそ、彼ならではの職人技とも言える巧みさで、人物に魅力を与え、一気に読ませるストーリーに仕上げたモームの手腕の鮮やかさが際立つ作品でもある。そこで、本研究では主に登場人物の造型、物語の手法を中心にこの作品を考察し、再評価を試みると同時に、他の著作も含めたモーム作品の魅力の発見に努める。

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演劇の現状と価値について …… 永尾 斎

 この論文は現在日本で最も活躍している舞台演出家である蜷川幸雄と昔から日本の新劇を支えてきた劇団文学座を考察の場として、演劇の作り手の仕事を見ながらどのように劇ができていくのかを理解し、その上で演劇の価値とは何かを考察するものである。ひとえに演劇といった場合、それを作り出す人々と作り出したものを観る観客との二面がある。多くは観る視点でしか語られない演劇を作る視点からの係わり合いを含め現役の役者が考察を試みるものである。
 まず演出家、作家、役者それぞれの仕事を具体的に見ていき、劇が作り出されるまでの過程を理解する。そのうえで作り出された演劇の世界は現実を下敷きとしながらも、現実は異なり文学と同じく価値ある想像の世界に連れて行くものである事を論旨とする。
 また演劇というものは濃密なコミュニケーションツールであり、それは大人達だけで作られる世界ではない。国籍をこえ、子供から老若男女、また高齢者や障害を持っている人達等一般社会から孤立しがちな人々との共同作業の場になっている。そして演劇や劇場は、時に都市そのものの性質を変える力を持つ事をフランスのナントやイギリスのグラスゴー等の例を出し理解していきたい。

 あまり専門的にならずに分かりやすさを重視する発表としたい。演劇のチラシ、文学座の上演台本、スタジオジブリのアテレコ台本、ドラマの台本、第一線で活躍中の舞台美術家の仕事道具など実際の現物を用意しての発表としたい。また可能であれば聴講者にも台詞のやり取りを体験してもらいたい。参加者はただ発表者の発表を一方的に聞くというだけでなく、触る、見る、話すという事ができる発表の場になればと思う。

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日本文化にコンテクスト化された日本語教育
―メルボルンの日本文化祭―
 …… ジョーンズ 三奈子

 発表者はメルボルンで日本語学校を主催しているが、学習者が日本語を日本文化のコンテクストにおいて習得する方法を研究・模索している。今回で2回目となる「メルボルン日本文化祭2011」はそのケース・スタディである。
日本文化祭とは What is Japan Culture Festival in Melbourne?
 文化、芸術、音楽など多岐にわたってアーティストおよび技術者が集まり、それを披露するだけでなく、ゲストがその活動に参加体験できる、体験型文化交流イベントです。イベントでは、日本の伝統文化だけでなく、アート関係、ポップカルチャーまで参加・体験できます。2010年の初開催では、1600名の参加者が体験、交流を楽しみました。今年もたくさんのリクエストを頂き、開催を決定致しました。
 Through this event, we believe that we can give guests a diverse range of experiences in Japanese culture, opportunities to meet people who love same things as well as we can help people keep their interests in Japan. In 2010, the first year of this festival, 1600 attendance enjoyed “experience” and “exchange”.
コンセプト(このイベントができるまで)Concept: how is this festival established?
 11月3日は「文化の日」です。そしてメルボルンには、様々なスキルや特技を持った日本人がいます。それをもっと身近で披露できる場所、もっと言えば、その人たちが日本や日本文化が好きなオーストラリア人達と交流する場所を作ろうと、このイベントが生まれました。この日本文化祭は、皆が見て、習って、作って、遊べる、新しい形の「参加型」文化祭です。 
 パフォーマー、アーティストそしてワークショップを行ってくださる方々は、ほとんどがボランティアで、その技術を純粋に分け合いたいと思っている人達が集まっています。このイベント開催が、美しい日本文化に触れて経験してもらうきっかけになるだけでなく、メルボルンにいる日本人と外国人をより一層つなぐ架け橋になってくれればと思います。
 It is “Culture day (Bunka no hi)” on November 3rd in Japan. There are many Japanese people living in Melbourne who have great skills but do not have many places to present their abilities, while there are many Australian people who love Japan and Japanese Culture. These people do not have many opportunities to experience both traditional and modern Japanese culture.
 All Performers, artists and work shop teachers are volunteers and happy to contribute their skills. This event will not only help people understand and experience Japan’s beautiful culture but also make a stronger bridge between Australian and Japanese people in Melbourne.

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音楽活動による高齢者のコミュニケーションの変化 …… 宇津 野裕子

 音楽療法は児童施設、高齢者施設、また病院や、緩和ケアでなど、様々な場所で行われている。しかし、療法と名はついているが十分なエビデンスの裏付けがなく、治療である事は実証されていないことから、本報告ではタイトルを「音楽活動」とした。
 先に述べたように、音楽療法の対象領域や、対象者は高齢者を含め広範囲にわたっている。2010年に65歳以上の高齢者の人口は過去最高となり、今後も高齢者は増え続けることが予想されている。高齢者への音楽療法は、医薬品を使用せず、健康増進や、認知症、介護予防、QOLの向上を目指していることから、今後需要が増えると予想される。ただ、これまでの実施者の個人的な経験に基づくようなものではなく、エビデンスに基づいた音楽療法プログラムを行うことにより、どの実施者が行っても効果が得られるものである必要がある。
 坂東(2008)によれば、広義の音楽療法は音楽健康法に近く、市江(2006)は、「音楽療法はエビデンスに基づいて考えた内容のプログラムが定められていない。」と述べている。しかし、音楽療法の実施方法・内容等についての実態調査が十分行われていないことから、アンケート調査を実施した。その結果、両者が述べているように、エビデンスに基づいたプログラムが組まれているとは言えなかった。演奏活動の中では、ハンドベル演奏が一番多く行われていた。
 実証研究としてはこれまで歌唱や体操が多く、ハンドベル演奏は演奏活動で最も多いにもかかわらず研究は少なく、なかでもQOL向上に重要なコミュニケーション行動を対象とするものはなかった。本報告では、ハンドベル演奏に内在する身体活動効果と音楽活動効果のコミュニケーション行動に対する効果を検証するために、音の出ないハンドベルを振る棒振り体操と、音の出るハンドベルを演奏する音楽活動が、どのように高齢者のコミュニケーション行動に影響を及ぼすかについて検討した。

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自閉症児における色・形カテゴリーに基づいた
図形分類行動形成の必要条件
 …… 中村 哲也

 この研究の目的は、色と形のカテゴリーに基づいた図形分類行動に必要な条件とスキルを検討することである。実験1では、発達年齢2歳1ヶ月〜3歳8ヶ月の4名の自閉症児を対象に図形分類行動の成立する過程の検討を行なった。使用した図形は、色(赤・青・黄色)と形(丸・三角・四角)の2要素、各3種類からなり、色と形の2要素をそれぞれ組み合わせた計9種類の図形を用いた。机上に図形を分類するための箱を等間隔で3個並べ、それぞれの箱の中に1つずつ比較図形を配置した。3個の比較図形は“赤い丸”“青い四角”“黄色い三角”というように、3個の比較図形で色と形の全ての要素を必ず含むように組み合わされた。その後、被験児に比較図形とは異なる刺激図形を手渡し、「イロ」もしくは「カタチ」という実験者の音声指示にて、実験者が指示したカテゴリーと同じ要素を持つ比較図形の箱の中に刺激図形を分類させた。学習達成基準は1セッション10施行として2セッション連続全問正答とした。
 ベースラインでは、必ず色か形が共通している図形に分類していたものの、どの被験児も学習達成基準に達することができなかった。そのため、線描画で丸、三角、四角の図形を書いた形のカテゴリーカードと赤・青・黄色の色紙を貼った色のカテゴリーカードを2枚用意し、「イロ」「カタチ」の言語刺激にて適切なカテゴリーカードを選択する課題を実施したところ、全ての被験児で適切なカテゴリーカードを選択することが可能となった。しかし、その後ベースライン条件に戻しても全ての被験児において図形分類行動が成立しなかった。次に、カテゴリー名を教示した後、カテゴリーカードの要素を指差してから分類行動を促した(青い丸を見せながら「イロ」と教示した場合には、イロのカテゴリーカードの青の色紙を指差す)。2名はカテゴリーカードの要素を指差すことが困難であり、2名はカテゴリーカードの要素を適切に指差すことが可能であったにもかかわらず図形分類行動は成立しなかった。その後、発語がある1名においてカテゴリーカードの要素を抽出する方法を指差しから呼称に変えたところ、2セッション連続で全問正答となり図形分類行動が成立した。また、色、形の般化テストにおいても、ともに100%の正反応率が得られた。
 実験2では、分類行動を成立させるプロンプトとして、実験1で効果のあった呼称という手段の有効性を検討することを目的とした。被験児は発達年齢2歳8ヶ月〜3歳10ヶ月の発語のある自閉症児3名。ベースラインではどの被験児も学習達成基準に達することができなかった。そのため、実験1の呼称のプロンプトを導入したところ3名中2名に図形分類行動が成立した。
 自閉症児にとって色と形の分類行動には、@色と形の刺激クラスの成立、A色と形の刺激クラスと音声刺激の条件性弁別の成立、B分類行動を実行する、の3段階があると考えられた。自閉症児においては、刺激クラスと音声刺激との条件性弁別が成立しにくい、理解した言語を使って実際に行動するという段階で特に困難を示すものと思われた。そのため、概念学習においては言語理解が成立してもその言語指示に従って行動できるとは限らないことがあり、行動面まで考慮した訓練が必要と考えられた。また、言語概念を使った指示に従って行動するためには呼称という手段を用いた行動調整スキルが有効であり、この行動調整スキルを使用するためには3歳以上の発達が必要であると推測された。

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看護学生を対象とした
体育授業による運動習慣の維持
 …… 林 一成

 現在のわが国における運動習慣者の割合は、国民健康・栄養調査の結果によると20歳代では約1/5と全年代層の中で最も低く、将来的に生活習慣病の増加が懸念される。
 運動不足は不規則な食習慣とともに糖尿病などの生活習慣病を引き起こす原因として知られており、近年は特定健診(いわゆるメタボ健診)の施行により、40歳以上を対象に検査を行い、その陽性者には特定指導として食事の指導のほか運動指導も行われている。
 しかし、運動習慣の消失はほとんどの場合、高等学校を卒業してから間もなく始まり、40歳を過ぎてメタボ健診の結果から運動指導を受けるまでには20年以上のブランクがある。その間に家庭用ゲームや自家用車の利用など運動を妨げ健康上好ましくない行動が長い年月をかけ強化され、運動習慣の獲得・維持はより困難になるものと考えられる。
 そこで今回の研究では、運動習慣の獲得・維持には高校を卒業した直後の学生に運動介入をする方が有意義でかつ効果的であると考え、さらに看護学生であれば医学的な見地から運動の有効性を理解しやすいものと期待して研究対象とした。
 実験では、高校時代までのように時間・場所・用具・人員といった運動環境が整っていない場合でも、有酸素運動、無酸素運動および調整力などの基本的な運動であれば、限られた時間の中でも自宅において運動が可能であるので、体育実習の授業を利用して約3ヵ月間に渡り、それらの運動を独立変数として介入を行った。その後、約2ヶ月間の夏季休暇期間をベースラインに取り、始業後には一部の学生のみ短期で2回目の介入を行い、その後再び2ヶ月間をベースラインに取り全実験行程を終了した。その間には毎日の運動時間を自己記録させ、一週間あたりの合計運動時間数を従属変数とした。
 実験の結果、一部の看護学生に対して自発的な運動行動の発現に効果がみられ、介入前と介入後の運動習慣者数と非習慣者数には有意差が認められた。対象45名のうち運動習慣者が8名から15名と倍増して、その2ヶ月後も運動習慣を維持することができた。一方、残り2/3の学生は介入後も運動行動が形成・維持されなかった。その原因として、介入に用いた基本運動では、苦しみや筋肉痛などの運動行動に伴う弱化子は直後に随伴するものの、勝利などの運動行動に伴う強化子が随伴することがほとんどなく、体重の減少など運動行動の好子は何ヵ月も経ってから遅れて随伴するという欠点があった。
 しかし、今回の研究では運動習慣の有無や好き嫌いに関係なく、多くの学生が夏季休暇中にレジャースポーツを楽しんでいることが確認された。そこで余暇にレジャースポーツを行っている若年層には、レジャースポーツのパフォーマンスの向上を目的とした基本運動の教示を行い、その運動効果がレジャースポーツにおける勝利や注目に繋がることで、その成功体験が好子となり日常の運動行動が強化される可能性が見出された。
 さらに、現代社会において若年層の運動行動が維持されにくい原因として、好ましくない行動の好子がメディア等を通して社会に氾濫している問題がある。その様な環境下で運動行動を維持するには、今とるべき行動の優先順位を適正に判断して実践する能力、すなわち自己管理(セルフ・マネジメント)能力が要求されるものと考えられる。最終的に運動習慣の維持は個人の自己管理能力に委ねられ、運動指導者や教諭は実践運動による好子の獲得を若年層に体験させたうえ、自宅における運動環境の整備や達成目標の設定に際して適切なアドバイスをしていく必要があると考えられる。

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「意識改革」とはなにか? …… 眞邉 一近 教授

・「意識改革」は手段であって、目的ではない。
・「意識改革」は、「言語行動の変容」である。
・「意識改革」ですべてが解決するわけではない。
・本来の「目的」を達成するためには、「実践行動の改革」が必要である。

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