斎藤茂吉と地獄

博士後期課程 小泉 博明

 これらは、『赤光』にある「地獄極楽図」連作11首の歌である。茂吉は地獄をどのように表現したのであろうか。

   浄玻璃じょうはりにあらはれにけり脇差わきざしを差して女をいぢめるところ
   いいの中ゆとろとろと上る炎見てほそきえんのおどろくところ
   赤き池にひとりぼつちの真裸まはだかのをんな亡者もうじゃの泣きゐるところ
   いろいろの色の鬼ども集りてはちすの華にゆびさすところ
   人の世に嘘をつきけるもろもろの亡者の舌を抜き居るところ
   罪計はかりに涙ながしてゐる亡者つみを計ればいわおより重き
   にんげんは牛馬となり岩負ひて牛頭ごず馬頭めずどもの追ひ行くところ
   をさな児の積みし小石を打くづし紺いろの鬼見てゐるところ
   もろもろは裸になれと衣ぐひとりのばばの口赤きところ
   白き華しろくかがやき赤き華あかき光を放ちゐるところ
   ゐるものは皆ありがたき顔をして雲ゆらゆらとり来るところ
(『赤光』明治39年「地獄極楽図」)

 これらの地獄の情景は、茂吉の郷里である山形県金瓶村宝泉寺で毎年展示する掛図の記憶に拠るものである。茂吉の『作歌四十年』によれば、子規の「竹の里歌」を読んで感奮し、作歌をはじめようと決意し、子規の歌を模倣して「地獄極楽図」という歌を作ったという。1末尾が、一つを除き「するところ」という連作となっている。
 金瓶村にある茂吉生家の隣が、茂吉も通った金瓶尋常小学校であり、その隣にあるのが宝泉寺である。少年茂吉は、宝泉寺によく出入りし、住職の佐原窿應りゅうおうも茂吉を慈愛し、その才能を見抜き、後継者として養成しようと思ったほどであった。茂吉の仏教的な、とくに浄土教の素養は、ごく自然に醸成されたものであり、まさに窿應の薫染によるものである。ご案内のように『赤光』という歌集名は、『阿弥陀経』から採ったものである。
  「地獄極楽図」2とは、庶民に開帳し、極楽浄土の荘厳さと、地獄の鮮烈な光景を対照的に描き、西方極楽浄土への来迎を誘うものである。この絵図は、幼い茂吉にとって強烈な印象を与え、脳裏に刻み込まれたのであった。この絵図は、熊野比丘尼による『熊野勧心曼荼羅』にある地獄図を髣髴させるものである。
 この連作のなかにある「赤き池」とは、血の池地獄を指すものである。血の池地獄とは、女性だけが墜ちる地獄であり、その救済者として如意輪観音が示され、その救済力となるのが血盆経である。また、『血盆経』とよく似た内容で巷間に流布していたのが『血盆経和讃』であった。これらは当然ながら、仏説ではなく偽経である。出産や月経の出血がケガレとされ、地獄の「血の池」と結びつけ、女性の出血は地獄へ堕ちる前触れとされた。さらに、子どもを産まない女性は石女うまずめ地獄へ堕ちるという。仏教は平等主義であり、「一切衆生悉有仏性」と言い生命あるものすべてに仏となる可能性があると言いながら、後世になると女性は、子どもを産む、産まないにかかわらず誰もが成仏できないことになる。
 仏教においては、「女人五障」説があり、女性である限りどんなに努力しても5つの地位に就くことができないという。これに、女子三従の教えが合わさり、「五障三従」説へと発展していく。そこで、『法華経』では「変成へんじょう男子なんし」の教えにより救済されるとする。要するに、女性は男性に性転換して、救済されるということである。『無量寿経』では四十八願の第十八願で、男女老少のあらゆる衆生が救われると誓っている。しかし「女人成仏の願」と呼ばれる第三十五願で「たとい、われ仏となるをえんとき、十方の無量・不可思議の諸仏世界、それ女人ありて、わが名字を聞き、歓喜かんぎ信楽しんぎょうし、菩提心をおこし、女身を厭悪えんおせん。(その人)寿終りてのち、また女像とならば、正覚を取らじ。」3と誓願する。ここでは、仏教とジェンダーについて論じないが、例えば大越愛子は「女性を地獄の恐怖によって脅かしておいて、その後それほど不浄な彼女らをも救ってくれる仏や菩薩の慈悲を説くという構図は、女性にとって恫喝のごとき心理的暴力として作用したことは否めない。このような救済という名の下での女性に対する恫喝的構造の暴力によって、女性はその存在否定へと追い込まれ、そこからの救いを求めて、自分たちを貶める仏教にすがるという、蟻地獄のような循環に陥ったのである。」4と糾弾する。
 さて、宝泉寺の「地獄極楽図」を見ると、血の池地獄の女性は「ひとりぼっち」ではない。しかし、一人の女性亡者が血の池地獄で「泣きゐる」冷徹なる情景は、あはれなるもの哀しさを、より宗教的な戦慄として伝えるのではなかろうか。茂吉は、大正2年に「短歌雑論」のなかで、次のように言う。
女人の身垢穢くえならば、茂吉の身もとより垢穢なり。女人の身清浄にあらずして法界に入るの期なくんば、茂吉の身ながく三界濁にとどまらんとす。南閻浮提二千五百の河、まがり曲つて直ちに西海に入ることなくとも、あはれあはれいつくしきかな。尊者舎利弗とも遠離し了んぬ。われ憂の女人と離れんとし、悲しめばなり。5
 中野重治は『斎藤茂吉ノート』で、「浄玻璃に」と「罪計に」の二首を取り上げ、「宗教的事柄にかかはってゐるけれども歌としては宗教的でない」という。さらに『往生要集』の地獄の描写の方が、「宗教的戦慄にかがやいている」とし、「茂吉の四つの歌集の歌を三千六百くらいと見て、そのなかに、神信心、仏信心をそのものとして歌った歌は皆無または皆無に近いのである」6という。茂吉は出家した歌人ではないし、近代短歌は仏教を鼓吹するための「道歌」ではない。従って、茂吉の歌は、仏教や心学の精神をよむものではなく、そういう意味では宗教的ではないのである。むしろ「浄玻璃に」や「赤き池に」の歌には、茂吉のエロスが感ぜられ、女性に対する本能的な人間の悲しみが潜んでいると言えるのではなかろうか。
 最後に、今の世相を反映して小生の駄作を記す。

   人の世に嘘をつきける政治家の二枚舌を抜き居るところ


【注釈】



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