モンゴルの教育事情と日本語教育

国際情報専攻 8期生・修了 吉澤 智也


1、モンゴルへ旅立つ
 8月27日、成田空港からモンゴルへと飛び立った。モンゴル渡航は2001年に環境問題に取り組むNGO活動で初渡航して以来14回目である。2001年以降は個人旅行だけでなく、NPO法人の理事として多い時には年3回ほど訪れる事もあった。モンゴルへの渡航がきっかけで、数多くの国に渡航する機会にも恵まれた。中国(北京・上海・蘇州・南京)、韓国、台湾、タイ(バンコク・チェンマイ・チェンライ)、マレーシア、バングラデシュ、カナダ、ロシア(ウラジオストク・ハバロフスク・イルクーツク)。中国・韓国・台湾は、数回渡航する機会があった。アジアが多いが、バックパッカーではない。
 モンゴルも、中央県(首都ウランバートル)、アルハンガイ県(旧都ハラホリン)、ドントゴビ県、ヘンティー県、ダルハン・オール県、南ゴビ県と数多くの地に行く機会に恵まれた。そして、今回のモンゴル渡航は国立科学アカデミー付属ウランバートル大学に日本人講師として赴任する為である。
 何度かモンゴルの友人から大学や私立高校で講師をしないかと誘われた事があった。その度、断わっていたが学士論文・修士論文とモンゴルをテーマに執筆していたこともあり、大学院修了後に思い切って引き受けてみる事にした。とはいえ、日本で教師をしていた経験もない無い私がモンゴルで講師をするということに、心の中で戸惑いと不安が立ち込めていた。赴任して3ヵ月が経とうとしているが、正直そう簡単に慣れるものでもない。私の所属は、言語文学学部である。日本・中国・韓国の大学や政府系協力機関(KOICA)等から講師が招かれており、日本人は私を含め2名である。学生は、ジャーナリズム・モンゴル文学・日本語・韓国語・中国語・英語の各専攻事に分かれている。私は日本語教師ではなく、日本事情という科目を受け持ち、社会・政治・経済・歴史・伝統・文化・習慣といった日本に関する基礎知識を3年生・4年生に教えている。引き受けたからには、数少ない日本人講師として学生の為に責任を持って務めていくつもりである。


ウランバートル市

2、モンゴルの教育事情
 モンゴルでは今年の新学期(9月)より12年制が導入されたが、昨年までは11年制を導入していた。11年制では小学校5年間・中学校4年間・高校2年間と分かれており、小・中学校の9年間がモンゴルの義務教育課程であった。12年制になり、高校が3年間へ変更となった。また、モンゴルでは飛び級の制度もある。高等教育は日本同様に大学4年間、大学院修士課程2年間、博士課程3年間である。但し、モンゴルの大学院は他の国と比べて学術レベルが低いとみなし、博士の学位を持ってしてもそれを認めない国も多い。日本でも修士を学士レベル、博士を修士レベルとして扱う大学もある。
 外国語教育に関しては比較的早い段階から行われており、初中等教育では4〜6年生の3年間は英語が必修第1外国語として、7〜9年生の3年間はロシア語が必修第2外国語となっている。私立学校によっては必修や選択の外国語として、日本語・中国語・韓国語・ドイツ語・フランス語等の外国語も教えられている。
 モンゴルは1990年まで社会主義だったこともあり、他のアジアの開発途上国と比較しても識字率が高い。旧ソ連時代には地方の遊牧民の子ども達ですら、教育を受けることができた。今でも地方の学校では寮が設置されており、季節毎に移動を繰り返す遊牧民の子ども達も、村の学校に通うことができる。しかし、近年、地方の遊牧民家庭や都市部の貧困層の子ども達は、義務教育課程であっても学校に通学するのが困難になっている。開発途上国では珍しくないが、子どもを労働力として扱う親が増えている。モンゴルの教育法では、義務教育年齢期間は学業に専念する義務があり、就労してはならないと決められている。
 また、都市部の生活水準と地方の生活水準との格差が広がっている為、地方の村や遊牧民家庭から都市部に進学して来る子ども達を差別的にみる事がある。これは学生だけでなく、教員達も同じである。特に、都市部の子ども達と遊牧民の子ども達とでは全く違う環境で生活してきた為、同じモンゴル人であっても外国人のように扱うことがある。これは教育の場だけでなく、モンゴル社会全体で広がっている。

3、モンゴルの日本語教育事情
 モンゴルでは古くからモンゴル文字を使用したモンゴル語を言語としてきた。旧ソ連時代にモンゴル文字が廃止になり、キリル文字への変更とロシア語を強制された。その為、90年以前に教育を受けたモンゴル人の中にはロシア語を話せる者が比較的多い。今でも、初中等教育課程ではロシア語の授業が残っているので身近な言語と言える。
 近年、モンゴルでは外国語を学ぶ学生や若者が急増している。中でも英語・日本語・韓国語・中国語は人気のある言語である。皆、何故に外国語を学ぶのか。学生達にとって、大学や専門学校を卒業しても安定した職に就くことが困難なモンゴルでは、外国語は一種の技術でありステータスだといえる。最近は月数百ドルもする私立の語学学校もできている。上級階層の親達がこの様な学校へ積極的に入学させたり、塾として土日や夜間に通わせている。
 また90年以降、国立大学だけでなく私立大学や専門学校でも語学教育が積極的に導入されるようになった。日本語教育においては、小中等教育課程・専門学校・大学・モンゴル日本センター(JICA施設)等で教育やセミナーが行われている。日本からの日本語教師も増えており、JICAの青年海外協力隊員やシニア隊員、国立私立大学、(社)シニアボランティア、各種ボランティ団体からの派遣が年間を通じて行われている。

日本語教育機関数
  初中等教育 高等教育 学校教育以外 総計
  機関数 教師数 学習者数 機関数 教師数 学習者数 機関数 教師数 学習者数 機関数 教師数 学習者数
1993年 2 3 334 3 12 257 2 6 165 7 21 756
1998年 8 17 1248 11 46 1412 5 13 213 24 76 2873
2003年 15 33 3601 36 127 4243 16 39 1236 67 199 9080
2006年 33 147 5339 44 170 5368 13 37 1913 90 354 12620

『モンゴル日本人教師会 モンゴルの日本語教育機関調査結果より』


 日本へ留学する学生も年々増加しており、在モンゴル日本国大使館や(独)日本学生支援機構の主催する留学説明会、日本の大学フェアー、各大学による説明会等も執り行なわれている。しかし、モンゴルの学生にとって日本に留学することは金銭面からして非常に難しく、奨学金を得ないで行くことは不可能である。また、各種説明会は年に数回行われているが、各教育機関では留学に関する情報が不足している為に、学生への助言やアドバイスといった指導がいき届かないでいる。
  この様な外国語教育事情を踏まえ、2005年にモンゴル教育文化科学省が外国語教育に対する指針を打ち出した。各大学はその指針に基づき、学生に外国語教育を指導するというものである。日本語教育においても、この指針を基に各教育機関で進められているが、モンゴル全土において統一されているわけではない。
  日本語教育を行う教育機関が増えるのは良いことであるが、多くの課題も山積みしている。日蒙に翻訳されている教材や日本語教師・モンゴル人教師の不足。教育機関によっては機材が不足しており、CDやカセット、ビデオ等を使用する事ができない。学生の教科書も不足している。酷いのは、需要のある外国語の看板を掲げるビジネス目的の学校である。教育機関の数は増えているが、実のある教育ができているのは一部である。


ウランバートル大学

学生達

4、日蒙友好の懸け橋へ
  モンゴルで日本語を学ぶ学生の多くは、日本への留学や日系企業等への就職を夢見ている。そして、「いつか日本へ行きたい!」と言う声は止まない。日本とモンゴルとの距離は約4000`(飛行機で約5時間)と、けして遠い国ではない。最近では大相撲の力士達による活躍もあり、日蒙の交流は以前と比べても発展している。
  日本語を学ぶ学生達が、日蒙友好の為に活躍する時代が来るのはさほど遠くないことだろう。ビザ等の問題上、現段階では日本に行く事が難しいかもしれない。だが、モンゴルにいたままでも日本との交流は可能である。モンゴルを訪れる日本人観光客も年々増 加している。夏になると、学生達は通訳のバイトをしながら日本人との交流を深めている。日系企業や合弁会社の進出により、日本語を活かした職につく者や教員として日本語指導にあたる者もいる。
 近い将来、日本とモンゴルは友好国として、政治外交・経済産業・人種文化を超えて交流が促進されることと思う。その時こそ、日本語を学ぶ学生達が日蒙友好の懸け橋として活躍するだろう。その為にも、私なりに今できる事を微力ながら精一杯努めていきたいと思う。



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