1.悠久の歴史ある古都・南昌
江西省南昌市は、2000年の歴史と伝統を持つ古都であり、中国3大楼閣である「藤王閣」や「縄金塔」や「象湖」など、中国の悠久の歴史を感じることができる場所が数多くある。
また、現代史を顧みれば、中国において歴史的に重要な史実の一つに1927年8月1日の「南昌蜂起」があり、中国の祝日である8月1日はこの南昌の地に由来している。
一方、急速に発展を遂げる街は、活気が漲っている。2か月過ぎれば街の景色が違って見えるほど、その変化の度合いには目を見張るものがある。ロンドン・アイよりも大きな観覧車がお目見えし、高度経済開発区にIT企業や工場が進出し、高層マンションやショッピングモールが建設され、レジャースポットなどが続々と出現している。
2.高等教育機関の日本語教育
その南昌市において日本語学科、日本語科が設置されている高等教育機関は大学、学院、専門学校を含め計、11校存在する。日本人の日本語教師は平均1校2名である。
高等教育機関において、日本語学科が設置されている大学は主に、南昌大学、江西師範大学、江西財経大学、江西農業大学、華東理工大学である。次に、日本語科が設置されている学院は、主に、江西科技師範学院、江西旅遊商貿職業学院、江西外語外易職業学院である。専門学校として、あけぼの学院、大宇学院、雷式外語学校が存在する。
江西財経大学、江西農業大学には、各大学1名、日本の機関である青年海外協力隊(JICA)から派遣された日本語教師が存在する。一方でネイティブ日本語教師が1名のみという高等教育機関もある。
江西省では南昌市の他に、井岡山大学、景徳鎮陶瓷学院、赣南師範学院、新余高等専門学校がある。
3.日本語教師数
2008年6月現在、江西省南昌市公安局外国籍登録センターから外国人居留許可を受けた総数は27名である。江西省全体での総数に関する調査はないが、少なくとも40名以上はいるものと推量される。主な高等教育機関の日本語科には日本人教師が在籍しているが、雇用形態は、国家専家局が待遇等を保証する「文教専家」と、各学校の裁量に任される「外籍教師」に大別される。
現在、江西省南昌市で雇用されている日本人教師は、JICAを通して派遣されている者と、個人契約の者がいる。また、定年を迎える団塊の世代が第二の人生として中国で日本語教育に携わるケースも増加傾向にある。
一方、日本人以外の外国人登録者数で、最も多いのはアメリカ人である。次いで、カナダ、イギリス、オーストラリア、インド、ロシア、ポーランド、フィンランド出身の英語教師が存在する。中には、ギャップ・イヤーを利用して英語教師として中国での経験を積む者もいる。
4.専門職としての日本語教師
このように近年の傾向としては、高等教育機関で中国人教師が日本語を教える場合、日本留学経験や日本企業での実務経験がある教師が日本語を教えている。江西師範大学では日本へ留学し大学院を修了した者が日本語を教えている。
そのため、中国の内陸部である江西省でさえ、高等教育機関で日本人の日本語教師が日本語を教える場合、特に資格条件は定められてはいないが、日本人であれば誰でも良いというわけではなく、少なくても日本語教師養成講座420時間修了者、または日本語教育能力検定合格者、教育能力検定試験等の有資格者であるか、日本での教授歴や大学院修了レベルを条件とした日本語教育の専門家が求められる傾向が強まっている。
しかし、現在、江西省南省市において、教師不足、教材不足、また中国内の重点大学以外の大学では運営上の財政資金不足に直面しているのが現状である。
5.日本語学習
言語教育に関しては、少人数であればあるほど、一人ひとりの学習の進捗状況、また個性を把握することができ、決め細かい指導が行き届く。また、特に会話の授業であれば、練習する機会を多く与えられる。
しかし、中国ことに江西科技師範学院においては、私が受け持った日本語学習者総数は108名であり、教室内の学習者は1年生58名、2年生50名である。1人の日本語教師がそれらの学生に対し一斉授業を行う。中国人の日本語教師とティーム・ティーチング、イマージョンプログラム等の取組みを行う場合は少ない。
私の日本語会話の授業内では、ロールプレイやグループ学習もなかなか理想通りとはいかないが、発表することに対して、物おじせず自信を持たせるように緊張感を取り除く教室の雰囲気作りを心掛けた。言語運用能力が高い学生に対しては、インターアクションとしての日本語を獲得することを目標とした。一方、そうでない学生には、日本語で話すことの楽しさと同時にアピールする自信を身につけさせることであった。
6.学習動機
日本語学習者の学習動機としては、将来の就職(翻訳・通訳・日系企業)、日本留学などの現実的、実利的な傾向が目立つ。しかし、日本のアニメ、「デスノート」や「NARUTO」に興味を持つ者や、日本の文化、中でも日本の文学作品、川端康成の『伊豆の踊り子』や夏目漱石の『こころ』、現代の作品では村上春樹の『ノルウェイの森』等に興味を持つ学習者も若干名存在する。こういった日本文化に興味を抱きそれが、学習の動機つながる場合、総じてそれら学習者の言語運用能力は高い。
ただし、一般的な学習者は、授業内では会話の授業においても最も関心を持つ事項は文法事項であり、日本文化についてはあまり興味を示す学習者は少ない。また、学習動機の第一に挙げられる将来の就職とは、つまり、資格取得が主な動機である。
近年、日本語学科を設立する高等教育機関が増加傾向にあり、それに伴い日本語を学ぶ学習者も増加した。しかし、日本語を勉強し、卒業後の就職は希望する職に就けないケースが目立つ。ほぼ半数以上は日本語と関わりのない中国企業へ就職してゆく。これは、学習者の日本語学習達成レベルにもよるが、高等教育機関の日本語学習者数と、地域経済と結びついていないこともその要因の一つとして考えられる。
7.公的支援組織の現状
組織的に支援している公的機関は、青年海外協力隊(JICA)、江西省対外友好協会
江西省日語工作者協会である。JICAは先述したとおり、江西財経大学、江西農業大学に協力隊を派遣し、日本語教育支援を行っている。
また、毎年5月に開催される江西省日本語弁論大会では、江西省対外友好協会、江西省日語工作者協会が主催している。公的機関ではないが、民間支援組織は日系企業のいすゞ自動車、キャノン等が協賛者として資金提供をしている。
あとがき
グローバリゼーションの潮流の中で、中国における日本語教育の発展は国の経済建設と人材需要の状況や日中関係等の外的な条件と深く関わりがある。
2000年に中国政府は「国民経済及び社会発展に関する第十次五ヶ年計画」を発表し、特に、高等教育における高度人材育成を重大な国家戦略の一つであるとしている。
そのため、今後の中国の飛躍的発展に適応するために、学習者に日本語を身につけさせるだけでは不十分であり、専門以外の人文科学、自然科学などの一般的な知識も習得する必要がある。中国の改革開放の進展及び社会主義市場経済政策の実施が高いレベルの日本語ができる人材養成を必要としているからである。
特に、江西省南昌市における日本語教育において、国家戦略を実現するためには、今後、経験豊富な有資格者で修士課程修了レベルの日本語教師が、江西省南昌市の高等教育機関における日本語教育レベルの水準向上を牽引していくべきであると思われる。そして、卒業生がビジネスの分野で活躍することを想定した、「社会言語能力」や「コミュニケーション能力」を重視し、その能力を身につけるための授業科目、「ビジネス日本語」や「科学技術日本語」を重視する必要があるように思う。
従って、高等教育機関において優れた日本語ができる人材を養成するためには、社会の要請に応じて日本語の教育内容、方法、教材等の適切な措置を講じなければならない。また、日本語教育の水準の質的向上のために、日本語教師の養成と教材の編成にも主眼をおく必要がある。
追記 -日本語教育追懐-
「学生に対して自分の全部で向かい合おう」こう決めて学生に対し情熱を捧げたのも、恩師との約束があったからである。赴任前に母校、城西大学の恩師木村浩先生(元国立教育研究所)の研究室を訪ねた折、「教育とは心と心のふれあいだから学生、大事にするように」との言葉を忘れることができなかった。
しかし、最初は学生とどのように接したらよいか分からなかった。ただ全力で一回一回の授業に臨んだ。何度も徹夜で授業準備をした。一つでも多くの日本語を教えたかったからである。でも授業以外、彼らと関わりを持たなかった。
転機が訪れたのは自分の誕生日に学生全員が教室内で待っていて祝ってくれたことである。今までのどんな誕生日よりも一番嬉しかった。閉ざした心を開いてもっと彼らと正面から向かい合っていこうと思った。
それ以来、生徒全員を連れ添って芝生の上で授業をし、クラッシク・ギターを弾き、リクエストに応え歌を歌うというように、学生が私にして欲しいという要望にできる限り応えたつもりである。南昌市内もそのルートだった北京オリンピック聖火リレーは、当初私の学生を引率して課外授業として応援するつもりであったが、学部長の一存により全学あげて一万人の学生とともに応援することになった。
今年の江西省日本語弁論大会には2名の学生が出場も果たした。発表するテーマは「桜の咲く頃」であった。発表のための指導を惜しみなく学生に捧げた。遅くまで教員準備室や教室で何度も練習し、指導を行った。学生は本当に努力した感がある。その甲斐あって、今年は江西科技師範学院の学生が1位2位を独占した。
また、出場できなかった学生のために自らが主催者となり、大学内で日本語弁論大会を行い、ささやかながらトロフィーと賞状と景品である大・中・小「トトロ」のぬいぐるみなどを用意した。これは日ごろ一生懸命に学ぶ彼らへの励みになればと思ったからである。
最後に、教えることは学ぶことの連続であった。楽しいことばかりでなく、どう教えたら分かりやすい授業ができるのか悩んだこともあった。それら全てが今の自分の原点である。日本語教師として自らを成長させてくれた学生達に感謝したい。
参考文献
国際交流基金(1994)『世界の日本語教育〈日本語教育事情報告編〉1994[第1号]』国際交流基金日本語国際センター
国際交流基金(1996)『世界の日本語教育〈日本語教育事情報告編〉1996[第4号]』国際交流基金日本語国際センター
国際交流基金(2002)『日本語教育国別事情調査 中国日本語事情』国際交流基金日本語国際センター
大谷泰照編著(2003)『世界の外国語教育政策・日本の外国語教育の再構築にむけて』東信堂