夢中説夢―私の中国報告(4)
難しい知的財産保護

博士後期課程(国際情報分野)1期・博士 山本 忠士


1枚5元(75円)のDVD映画
 中国が、映画DVDの複製や偽ブランドなど知的所有権関連のさまざまな問題を抱えていることは周知のことである。吉林省政府が2006年12月、偽ブランド着用での出国を厳しく取り締まることをわざと言明したことでもその実情の一端が理解される。
 吉林省政府の言明は、偽ブランド着用で「出国」されては対外関係上、都合が悪いという慮りがはたらいている。「着用」とあるように、対象はドレス、バッグなど価格が高い外国の有名ブランドである。
 映画やドラマなどの映像製品の複製(偽造)は、その被害の70‐80%が中国企業だといわれている。日本や欧米企業の損害が話題になるが、最大の被害者が中国の国内企業だということは余り報道されていない。
 私の住む吉林省四平市でも市内で気軽に日本やアメリカの映画・ドラマのDVDコピーを手に入れることができる。学生から、そうした店に行きましょうよ、と何度も誘われていたが、当初は、気乗りせずにいた。知的所有権侵害を快く思っていなかったこともあるが、最大の理由はDVDのプレーヤーがなかったからからであった。
 2007年4月、結婚記念日のお祝いに知人からDVDプレーヤーをいただいてから、そうした音響・映像関係の品物を売る「音像店」に出入りするようになった。最初に行ったのは、駅前近くのデパートの中の「音像店」であった。デパートといっても日本と違って、店内は碁盤の目のような通路の両側に小さな店が競合して家庭用品、電気製品、衣類・雑貨といった商品が売られている。いつも客で賑わい、夜店のような喧騒が感じられる一種独特の雰囲気をかもし出している。燃えやすい衣料品が中心で、火事になったら、大惨事になること間違いなしという環境である。品物の豊富さと値段の安さから市民に支持されている。
 質はともかく、値段が安い。その値段も、交渉力によって決まる。私のような気の弱い者にとっては、交渉力の差は歴然と価格に現れる。同じ商品でも自分の買った品物が、友人よりかなりは高いことはいつものことである。物の値段というのは、そんなものだとはわかってはいても、余り愉快ではない。
 「音像店」関係の店は、地下1階にある。店といってもダンボールのなかにどっさり映画やドラマのDVDを並べ、客はその中から好きなものを選ぶ。数百枚はあるだろう。全て複製である。一番多いのは中国関係の映画やテレビドラマである。次に多いのが韓国・欧米のもので、日本の映画・ドラマはマイナーな扱いである。日本人在住者が圧倒的に少ない町だから、商売にならないように思うのだが、中国語、英語等の字幕がついている。日本語の字幕があるものは、日本語学科の学生にとっては、教材にもなる。
 日本で終わったばかりのドラマでも、中国語の字幕がついている。かなり組織的に作成されているのだろう。
 日本の映画も、最新のものから昔懐かしい作品まである。例えば、黒澤明監督、三船敏郎主演の「生きる」、や佐藤純弥監督、高倉健主演の「君よ憤怒の河を渡れ(追捕)」など恐らく今の日本であまり手に入らないようなものもある。
 不思議なもので、最初は買うことに抵抗感があった。しかし、慣れるに従って購入する枚数も多くなり、知的所有権を侵害している商品を購入するという罪悪感もなくなってくる。店主も、私の顔を覚え、来週の火曜日には日本物の新しい物が入るよなどと教えてくれるようになる。
 日本の新聞や衛星放送も入らない中国の片田舎の暮らしの中では、暇なときに見る日本映画やアメリカ映画、ドラマのDVDは、確実に楽しみのひとつにもなっている。

「ニセモノ」が日本文化を広める矛盾
 「音像店」は、ハンドバックの偽ブランドのように陰でこそこそやっている感じはなく、人目につくデパートや表通りの堂々とした店舗で販売されている。DVDは、一般には1枚5元である。3元の店もある。価格の安さ、日本語の解説が意味不明なものが多い。途中で画面がぶれて見られないものもある。店にもって行くと、すぐ変えてくれる。他の店で買った物をもっていっても、「これはうちじゃない」といわれる。どこかに目印があるのだろう。
 同じタイトルのドラマでも異なったカバーデザインがあるから、複数社がコピー商品を作っているということである。「レンタル禁止。複製不可」など、もっともらしいことも書かれている。
 客は、DVDの映画やドラマなどの内容を気にするが、本物かコピーかなどということは誰も気にしないし話題にもならない。恐らく「知的所有権」などという概念も知らない人がいるに違いない。本物が店頭の中心に並び、コピー商品が裏道で売られている構図なら、多少の後ろめたさも感じるだろうし、本物とニセモノの区別も意識する。しかし、ニセモノしかないのだから、そこに価格の高い「ホンモノ」を並べても見向きもされないだろう。デジタル技術によって、映像の質もそれほど悪くはない。中国全土では、膨大な数が作られているだろうから、価格が安くてもやっていけるのだろう。
 先日、「音像店」に入ったら教え子の学生たちに会った。よく利用しているようだ。子供のころ「一休さん」や「ドラエモン」など日本のアニメをテレビで見て、日本に対する親近感をもった世代である。
 1枚5元というのは、高校生でも十分に手の届く価格ということでもある。町にはパソコンが使えるネットバーがたくさんあるから、どこでも見ることができる。日本語学科の学生にとっては、日本語及び日本人理解の勉強に役立つ大事な教材でもある。
 中国のテレビ番組では、今も中国侵略の象徴としての日本軍が出てくる映画が、毎日のように放映されている。日本兵の持つ鉄砲の一つ一つに小さな日の丸がついていて、日本軍と戦っていることが、極めて明瞭にわかるようになっている。戦後60年余になるが、ここでは日中戦争が、昨日の出来事のように繰り返し、繰り返し映画やテレビで放映される。
 不幸な過去を背負った日本ではあるが、中国のテレビで放映された「ドラエモン」など日本のアニメは、中国の子供たちの心をしっかりとつかんできたといっていい。その理由は、要するに内容の面白さ、しっかりした映像の故である。日中の若い世代は、日本のアニメを共通項として育ってきたということもできるだろう。
 「医龍」、「Dr.コトー」などアニメからドラマ化されたたものが非常に多い。日本のアニメなど映像文化の果たした役割は、もっともっと評価されてもいい。
 学生の1ヶ月の生活費は、500元(7500円)程度のようだから、もし、日本映画のDVDが、日本と同じような値段であったら、ほとんどの学生は買うことができないだろう。
 大学のLL教室にも教材として日本映画のCDやDVDがあるが、10年以上前の山口百恵主演のものなどが中心で、いかにも古い。現代日本語の教材としては、ふさわしいとも思えないが、まあ、ないよりもましである。さすがに、大学の教材は、正規のものである。
 知的所有権を脅かしているニセモノが、排除されるべきなのはもちろんであるが、一方で、こうしたニセモノが日本理解の重要な道具になっている現実もある。
 日本でも経済力があまりなかった時代に、コンピュータソフトのコピーが学生などに利用され、コンピュータ知識・技術の普及に大きな役割を果たした時代があった。知的所有権の問題は、厳しく取り締まられれば取り締まられるほど、庶民の手の届かない価格になることを意味している。
 1枚75円程度で買えるDVDが、日本と同じように3,000円になることを考えれば、すぐに分かる話である。
 中国の現実を見ながらこの問題の根絶は、なかなか一筋縄では行かないとの思いを深くしている。



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