新・どうでもいいことばかり(3)
気がつけば独り言

国際情報専攻 5期生・修了 寺井 融


初ゴミ出し
 昨秋、退職しました。週に1回の大学での講義、月に1回の顧問を務めている会社の取締役会とった日程があるものの、基本はフリーです。
 さて、その生活は――。たまに綴った「独り言」は、以下の通りです。

 明日から出勤しなくてもよい。そう思って寝たのだが、いつもより早く起きてしまった。家族より30分早めのいつもの時間で、ご飯と味噌汁、アジの干物の朝食をとる。
 さて、何をするか。
「ゴミ、出しておいて」
 早速、同居人の指示である。粗大ゴミの日だそうで、当方にはピッタリの任務だ。
 ゴミ出し場で、赤いTシャツのオジサンに会った。軽く会釈する。照れたような笑顔を返してくれた。当方が住んでいる郊外マンションでは、見慣れない顔である。
 色黒である彼は、何かを物色していたらしい。どうやら、ゴミ捨て場から使えるものを探す、リサイクル屋のようであった。自転車には、こわれた(?)ラジカセや電気スタンドなどが、積まれている。同じ年頃のようである。仕事がなく、家庭ゴミを出す男もいれば、そのゴミを漁り、仕事としている男もいるということか。
 戻りは、エレベターを利用せず、非常階段を使った。5階までは楽だったが、あとはきつい。7階にたどり着いたときは、息切れしていた。麦茶一杯が、ご褒美だった。

怪獣ジジゴン
 1週間ぶりに勤めていた会社に行く。
「おやめになったんですって」
 知人から声がかかる。
「ハイ」
「何をなさるんですか」
「それが‥」
「羨ましいですなぁ、悠々自適ですか」
「いやぁ」
 笑ってごまかした。
 人事部で「離職表」を渡され、あらためて失業したんだなぁと実感した。
 健康保険組合に寄った。「任意継続」の手続きためである。「国民健康保険」に入る道もあったのだが、会社の診療所で、持病の薬をもらっており、都心にも出て来たいので、「継続」を希望した。
「1ヶ月分、前納でお願いいたします」
 3万4.310円。会社負担がなくなったため、2倍である。痛い。
 帰宅しようとすると、後輩のA君につかまった。喫茶店に入る。お互い愚痴を述べ、幾分すっきりする。お代は彼が払ってくれた。嬉しい反面、寂しい。
「お帰りですか」
「孫たちが、待っているからね」
 “ウルトラマンごっこ”の相手をしなければならないのである。“怪獣ジジゴン”は、忙しいのだ。

住基カード
 朝七時半に家を出た。1時間かけてハロワークに出頭する。「離職表」を提出し、就職希望の書類を出した。
 履歴を見ていた中年の男性係官が「○○にお勤めだったんですか」。
「ハイ、23年9ヶ月いました」
 解散になったのだ。
「私も、好きだったんですがねぇ」
「ありがとうございます」大きな声が出た。
 2階にあがって、書類審査である。自分であることを証明しなければならない。自動車免許証が一般的だが、あいにく当方は持っていない。パスポート、健康保険証、住民票の3種のうち2種の提出を義務づけられている。
「保険証は、国民保険証ですよ」と女性係官に指摘される。会社の保険証では駄目なのである。後日の提出で了解してもらい、最初の失業認定日が指定された。
「その日は、海外旅行の予定が入っておりまして‥」(妻と行くのだ)
「お勤めになるご意思はあるんですか」
「あります」と答えると、「1回だけですよ」と、認定日の変更が認められた。  後に「住民基本台帳カード」を取得して、身分証明が容易になった。

初老フリーター
 古里札幌で開かれた小学校のクラス会に出席した。まずは近況報告を込め、自己紹介である。
「このたび退職しました。まだ勤める気があるので、まぁ中年フリーターみたいなものですね」と報告。
 つかさず野次が飛んだ。
「中年じゃない。60は老人だ」
 同じ年なのに、言うことがきつい。
「いや、そうでした。訂正します。初老フリーターみたいなものですと‥」
 どっと沸いた。
 みんな赤いチャンチャンコ組なのである。当方は、長男夫婦から赤いセーターがプレゼントされた。
 懇談となった。横浜から来た旧友に「親御さんは、元気なの」と聞かれた。
「親父は亡くなった。82になる母は元気だよ。一緒に住んでいる。女房のオフクロも、一緒さ。こちらは88だな」
「いいなぁ」という。
「そちらは」
「うちも母は健在。こっちに1人でいるんだ。もうすぐ定年だからね、帰ってくるさ」
「いいじゃないか」
「いや、嫁は来ない。2世帯になるね。少しボケが入ってきたからね、介護士みたいなものさ」
 なんと言ったらよいのか。長男は辛い。

地下鉄が休み処
 久方ぶりに、夜から飲み会がある。昼に、元いた会社の友人と食事をとった。
「Aがね、今度は部長だからねぇ」
 最近、発表された人事について、解説してくれる。昔なら、社内通の彼の話に「へぇー」とか、「それで」と、合いの手の一つも入れたものだ。それが、まったく気分が乗ってこない。座を白らけさせてしまった。
「それじゃ、お元気で」
 そそくさと、彼も立ち去っていく。さて、これから夜の会合まで、どうするか。
「やめたらね、うちの会社を、事務所代わりに使ってくれたらいいよ」
 そう言ってくれた経営者もいる。けれども、だからといって社員がいる。そうそう甘えるわけにも行くまい。
 映画、パチンコ、図書館、マンガ喫茶‥。どれも気乗りがしない。そこで行き先が決まらないまま、地下鉄に乗った。終点まで行って引き返す。暖房もきいているので、空いた車内は、格好の休み処(どころ)となってしまった。団塊世代が退職したら、山手線の椅子は老人ホームになる、と言った評論家がいたが、正にいまの自分がそうだ、と苦笑した。

妻と映画
 妻と映画に行こうとなった。1人でも1800円、2人なら2000円なのである。
 さて、どの映画にするか。彼女は欧米の恋愛映画が好み、当方は、中国や香港、台湾映画が好きである。
「中国映画って、暗いし、宣伝臭いから‥」
「そんなことないよ。明るいのも多いし、人間を描いた作品も多いよ」
 退職後の初映画ということもあって、中国映画となった。スン・ティエ(孫鉄)監督の「北京の恋――四郎探母」を選ぶ。
 京劇に憧れた日本女性が、京劇のスター宅にホームステイして、一人前の京劇俳優になっていく物語。恋の話もあり、主役を演じた前田知恵の好演もあって、すっと入っていけた。でも、クライマックス部分がいけない。日本軍兵士が、村の女性を殺し、春節の餃子の肉にして、食べるシーンが出てくる。すっかり気分が悪くなった。
「だから‥」と、カミさんはいう。
「あんなの嘘だよ。日本人には、人肉を食う習慣はないから」と私。
 映画が終わってのお茶は、中国と日本の文化の違いについて、意見交換の場となった。
 余談ながら、今年に入って見た中国映画『北京の理髪師』は、92歳の床屋が主人公で、味わい深い佳品であった。

 「フリー生活」も8ヶ月以上も過ぎました。頼まれごともぼちぼち入ってきています。でも、最近、不自由であった「勤め人」に戻ってもいいかな、と漠然と考えていますが‥。




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