夢中説夢―私の中国報告
中国の大学事情(3)

博士後期課程(国際情報分野)1期・博士 山本 忠士


日本語学科選択の理由
 今年、吉林師範大学日本語学科に入学した1年生に日本語専攻の理由を聞いてみた。72名のうち64名が答えてくれた。質問は、国際交流基金の質問内容を借用した。もう少しデータをあつめて、大学と基金との結果を比較しようと思ったからである。
 とりあえず、今年の結果を紹介してご参考に供したいと思う。回答は、いくつでもよいとした。その結果、質問に対する回答は、以下のような結果となった。
 国際交流基金の2003年の結果では、第1位が「日本文化に関する知識を得るため」、第2位が「日本語によるコミュニケーションができるようにするため」、第3位が「将来の就職のため」、となっている。
 吉林師範大学では、「将来の就職のため」という回答が第2位であった。基金の解説でも、中国の学習者は、就職、留学という実学志向が強いとあったが、吉師大でも全体の傾向としては、同様の傾向が見られる。特に、学科の選択に際して「就職」状況を念頭に置いたケースの多いことは、中国の就職事情の厳しさをよく表している。一時は、英語学科の就職が非常によかったが、最近は、日本語や韓国語の就職がよいといわれており、就職が学科選択に反映した結果となっている。ただ、「日本語という言語そのものに対する興味」にもそれなりの票数が入っていることは嬉しいことである。
 留学希望が低いのは、日本留学に多額の学費・生活費がかかるからであろう。日本は、アルバイトを認めているが、学費負担者の残高証明書とか、貯金通帳のコピーなども求められるから、断念する学生もいる。私個人は、日本語学科生で在学中に1年ほど日本留学するケースで、大学の推薦状がある者については、もう少し緩和してほしいと思っている。
 学生たちと話していると、日本への親しみは、小さいころにテレビで日本アニメを見たことの影響が大きいことがわかる。対日感情が必ずしもよくない中国で、子供たちの日本に対する親しみを静かに下支えしたのは、実に日本のアニメだったのである。
 我々は、日本のアニメ業界やアニメ作家の諸氏をもっと高く評価すべきであろう。

「日本語能力試験」のこと
 毎年12月には、中国全土で「日本語能力試験」が実施された。昨年は13会場増設されて33会場が準備され、20万人の受験が可能になった。吉林師範大学でも、3年生の希望者が1級に挑戦した。3年生といっても実質的な日本語学習期間は、2年3ヶ月だからなかなか大変である。
 1級試験は、日本語学習900時間程度、文法・漢字(2,000字程度)・語彙10,000字程度で社会生活、大学における学習・研究の基礎として役立つ総合的な日本語能力の有無が、これで判断される。多くの学生は、就職準備の一つとして日本語能力試験を受験する。4年になって就職活動をするとき、日本語能力試験の1級認定者(合格者)が、日系企業などへの就職で非常に有利になることを、学生たちはよく知っているからである。
 例えば、2006年度の1級試験の海外受験者は99,181人で、認定者は31,716人(32.0%)であった。国内受験者は36,167人で、認定者は16,592人(45.9%)であった。海外受験者の方が2.7倍も多いこともこの試験の国際性をよく示している。
 聴解試験もあるから、日本で学ぶ留学生などが有利なことはいうまでもない。この事情があって、国内受験者は慎重になり、語学能力・学力に自信のある者の受験比率が高くなっているのではないかと思われる。そのことは、国内受験者の認定率が海外受験者の認定率より10%以上も上回っていることに表れている。
 試験会場選びも大変である。受験申し込みの受付初日になると、学生たちは朝から受け付け開始時間を待ちかねるようにして確保したパソコンの前に座り、希望の会場確保のためにキーをたたく。なかなか繋がらないらしく、あっという間に時間が過ぎるという。早くつながる学生もいるが、どうも2、3時間くらいはかかるようである。個人所有のパソコンは、まだ多くないので、日ごろから大学近くのインターネットカフェなどで機器を点検し、よいパソコンに目星をつけて確保するらしい。
 日本のJRで座席指定券の予約をするように、受付日にいっせいに各地の受験生がいい会場を押さえるために殺到する。いい会場というのは、要するに自分の大学から近く、聴解試験では受験者一人ひとりがヘッドフォンで受けられるところである。学生情報では、多くの会場は、一般教室でラジカセから流れるテープの音声での受験のようだ。当然ながら、会場によって音質に差が出る。これだけ大きな国で、しかも全国でやるわけだから、会場設営も大変であろうし、音響設備に均質性を求めるのは無理な話なのかもしれない。
  「日本語能力試験」は、国際交流基金と日本国際教育支援協会との共同事業としておこなわれ、中国では中国教育部考試中心海外処が担当している。学生たちがぼやく「報名困難」(受験申し込みの困難)は中国側でも認識しているようで、考試中心のホームページに日本語能力試験関連記事として「教育部考試中心有関負責人就日本語能力測試報名問題答記者問」が載っていることでもわかる。説明では、「由于日方出資賛助等原因、考試収費較低、考生総額有限」との見解で、実施経費や受験料を低く抑えていることが受験者を限定せざるを得ない理由としている。今年の受験料は120元で、このほか銀行への手数料が1%加算される。
 また、この記事では中国の教育機関が、学生たちに対して「日本語能力試験」受験を強制することに対して「非常不妥」という形容詞つきで、そうした行為を戒めている。この試験は、学外の社会性証書試験であり、学校の日本語教育水準評価の機能を備えているわけではないし、教育部もこの試験と学校の教学評価や学歴とのかかわりについてなんら規定もしているわけではないからだ、としている。
 高等教育機関に対する中国独自の評価試験としては、日本語学科学生を対象とした専攻日語会話4級考試、8級考試がある。4級考試は、大学2年次終了時に受験するものでレベルは日本語能力試験の2級以上1級以下、8級考試は大学4年修了前に受験、日本語能力試験の1級を超えるレベルといわれる。
 外国で日本語を学ぶ学生たちは、どうしても「聴解問題」にハンディがある。あるとき、3年生から「聴解問題がよくわかりません」と聞いたので、早速、教室にパソコンを持ち込んでやってみた。教室の中では、音も割れて聞き取りにくい。しかし、設備のよい会場を思い通りに選べるわけではない。教室にラジカセを持ち込んでの会場もあると聞いたので、どんな会場に当たっても、相応の力が出せるようになってほしいという気持で、あえて教室でやってみた。確かに、音質が悪いと疲れる。それだけ余計な神経を使うからであろう。試験の成果は、会場確保にも左右されるようだ。
 学生たちは、就職にも影響するから必死であるが、教室内のIT機器が整備されていないから、聴解の教材も自前のパソコン使用となる。教室でインターネットに接続できれば、日本のニュースなど生の日本語をどんどん聞かせられるのだが、それができないのがやや辛いところである。
 誰が受験したか、合格したか。実は正確なところはよくわからない。個人の受験だから学生に報告の義務はないし、こちらもあれこれ聞くのを躊躇するところがある。しかし、受かったかどうかは、報告に来る学生もいるからおおよそはわかる。しかし、こちらからは、あえて確認はしないようにしている。
 今年9月に3年生になる学生は、「あいうえお」の教育から関与している。私にとっての実質的な1期生で、レベルも悪くない。「やればできる。全員合格だ!」と発破をかけているが、本音では半分は合格してほしいと思っている。 (了)



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