夢中説夢―私の中国報告
中国の大学事情(2)

博士後期課程(国際情報分野)1期・博士 山本 忠士


大学入学と「身長制限」
 中国には、「高考」と呼ばれる大学統一入試があることはよく知られている。日本の常識では、各大学の統一試験の点数によって全国一律に決定されるように考えている日本人は多い。しかし、日本の入試のように点数の上位から単純に合格が決まるようにはなっていない。省ごとに決められた定員と点数の足切りがあり、北京や上海のような大都会の学生は農村出身の学生より有利に扱われる。この背景には、中国の戸籍制度がある。戸籍は、農村戸籍と都市戸籍の二元管理となっており、戸籍の異動は容易ではない。農村戸籍から都市戸籍に変更できるチャンスの一つが、都市部の大学に入学し都市部で就職することである。都市・農村の戸籍による入試点数差は、一説では、最大100点にも及ぶといわれる。この結果、都市部の著名大学は、都市戸籍所持者が多数を占めるようになる。
 『中国青年報』(2007.10.11)は、こうした問題を踏まえ「重点大学は校門をもっと農村にむかって開け」と題する評論を掲載し「教育の不公正」を論じている。例えば、中国一といわれる清華大学では10名の学生のうち農村出身者は2名に過ぎず、都市戸籍の学生の重点大学入学比率は、農村学生の3.5倍以上になるとも指摘している。
 努力の結果、農村出身学生が都市の大学を卒業し晴れて都市戸籍になっても農村戸籍の女性と結婚すれば子供たちは農村戸籍になる。上海の女性は、大卒以外の男性には見向きもしないといわれるが、上海女性の強さの背景には「戸籍」問題があるようだ。
 各大学の具体的な録取(採用)条件は、事前に公表されているが、日本の試験制度になれた目で見ると、「ヘエー」と少し驚かされるところもある。
 例えば、吉林師範大学の「録取規則」を見ると、健康要求項目として「身長制限」が記載されている。師範・一般専業(学科)は、男子155センチ以上、女子150センチ以上、体育学科及び非師範専業の観光学科、公共事業管理学科、人力資源管理学科は、男子170センチ以上、女子160センチ以上と定められている。
 入学後の再検査によって、定められた標準に符合しなかった場合は「一律不予注冊」(一律に登記を許可しない)とあるから、大学での勉学をあきらめざるを得ないことになる。
 身長制限など設けたら、日本なら受験生、親、マスコミから非難の大合唱となるであろう。しかし、新聞などを見る限り、中国ではさして問題とはなっていない。学生も特に意識していないようである。師範大学は、もともと学校の先生を養成する大学であり、先生として就職する場合、身長が低くて体力的に弱ければ、生徒指導などにも困るということのようだ。つまりは、「卒業後」の就職を考えての「事前対応」であるようだ。
 日本であれば、就職のことを考えて「身長」を考慮し、学部学科の入学者選考することはないであろう。まず、専門分野の勉学が優先され、卒業後の就職はその時にそれぞれの学生が考えればいいという「事後対応」である。

身長制限の御三家
 各大学がどのような学生を求めているかを記載してある2007年度の『院校簡介録取規則』という受験バイブルを見ると、紹介されている全国有名大学448校のうち身長制限を明示している大学は実に110大学ある。
 身長制限の御三家は、第1位が観光学科、第2位が体育学科、第3位が看護学科であった。この本には、中国の全部の大学が取り上げられているわけではないが、一般的な傾向はこれで汲み取れよう。
 最も高い身長を要求しているのは、男子では内蒙古大学の芸術設計学科の男子185センチ以上、女子では四川師範大学時装設計与表演学科(ファッション関係)の172センチ以上であった。もちろん、身長制限のない学部・学科が一般的である。

大学のファッション・モデル学科
 日本で、ファション・モデル関係の学科などというと、ぴんと来ないかもしれないが、中国では立派に大学の専門として認められている。
 現在、中国の大学には芸術類に分類される「服装表演与形象設計学科」などファッション系の専門学科を持つ大学が約70校ある。この中には、モデル、スチュワーデス、服装展示、時装表現、芸術モデル、服装設計(デザイン)などが含まれている。
 ファッション・モデル養成が、大学本科の教育体系に導入されて、既に10余年たつというから、最近できたばかりの新しい専門分野というわけではない。日本の大学の観念では、大学の専門にはなじまない感じもする。日本では、専門学校などに養成コースはあっても「モデル・タレント」の範疇である。中国のように、「芸術類」の位置づけではない。
 入学に際しては、一般的には身長が男子なら180センチ以上、女子なら170センチ以上という制約がある。中国は広いから、そんな条件を設定しても多数の志願者が集まる。厳しい競争社会だから、長身という自己の特長を生かすことを考えるのも当然といえよう。
 例えば、広東海洋大学の芸術模特(モデル)学科は、定員20名。女子174センチ以上、男子は184センチ以上が学科の要求である。身体の比例バランス、モデルとしての基本歩行測定、芸術表演が試験科目として課される。水着審査もある。もちろん、全国統一試験で一定の成績が必要である。
 各大学のモデル関係の募集枠は、正確には分からないが、全国で1学年あたり500人を下ることはないだろう。それが4年生まであるからトータルでは約2千人の学生が、モデルを目指していることになる。先生たちの悩みは、女性にとって18歳から22歳の大学時代が、モデル黄金時代であり、22歳の卒業後にモデル関係企業と契約できる学生が10%もいないことだという。
 だから、意地悪なマスコミからモデルを出さないモデル学科は、4年間何を訓練しているのか、と揶揄される。中国でファッションの本場といわれる大連の大学で学んだ卒業生は、「我々の学校では、モデル学科の学生は、形や文化知識の教育―例えばバレエの基礎、絵画や鏡の前で形を作ったりしたが、音楽の授業は、一般の音楽教材で、モデルとして歩行訓練とまったく関係がなかった。学校で学ぶことと個々のモデルが持つ素質は同じではない。学校で学ぶ歩き方は、みなおなじようで服装や場面に応じた歩き方はしないし、洋服の理解も足りない。モデルに必要なことは、体形だけではなく、思想や風格がさらに重要だ」と、教育のあり方に苦言を呈している。モデル学科を教える先生は、演劇、バレエなど芸術関係の先生が担当するようだが、そうした専門家が「モデル」学科の担当者として適任かどうかという教員の問題や専門に適した教材の問題もあるようだ。

やがて、中国が世界の「ファッション界」を制す?!
 テレビ番組にも「ファッションモデル・コンテスト」がある。テレビの娯楽番組の一つではあるが、かなり好まれている。
 私の勤務する大学の新入生歓迎会でも、学生たちの出し物には必ず「ファッション・ショ−」がある。男女ともに華美な洋服を着るわけではない。要するに、センスのある洋服を楽しむというのではなく、すらりとした長身の男女学生がファッション・モデルのように舞台でしゃなりしゃなりと歩くだけのことである。学生たちだから、眼を引くようなきれいな洋服を見せることが中心ではなく、特に女子学生モデルそのものを見ることが中心の出し物である。
 教室ではほとんど化粧気のない女子学生が、薄化粧をしていかにもモデルらしい身のこなしで舞台正面まできて見得をきると、絵になるから不思議であった。恐らく、プロのモデルのしぐさをテレビなどで学んだのであろう。日本の大学の新入生歓迎会では、ほとんど見られないから、中国的な特色のひとつであろう。
 一般的に、中国の人たちは、写真を撮るときなど「ポーズ」を決めて、記念写真をとることが好きである。観光地でも、日本人なら景色をバックにただ並ぶだけである。しかし、中国の観光客を見ていると、周りが込んでいても自分なりのポーズを作って写している人を見ることができる.。どのようなポーズが自分を美しく見せるかを熟知しているようだ。5年ほど前、中国のある大学の女性学長を浅草にご案内したことがあるが、カメラを向けたら、隅田川をバックに横向きのポーズをきめた。大学の学長だからという先入観があったから、ややびっくりしたが出来上がりを見て納得した。
 皆さんの中で中国の知り合いで新婚カップルがいたら、アルバムを見せてもらうと良い。必ずといっていいほどスターのアルバムのような分厚い夫婦アルバムをもっているに違いないからである。知人は、気に入った写真を大きく引き伸ばしてベッドルームにも飾っていた。自分をより良く表現することに、何のこだわりもない。テレビで「ファッション・モデル コンテスト」が盛大に行われるのも、「表現」を楽しむ精神の一環なのであろう。もちろん大学対抗の「ファションモデル・コンテスト」もある。新入生歓迎会の大学の「ファッション・ショー」をそのように見ると、合点が行くのである。
 ファッション系学科には洋服デザインもあり、大学生の「服飾デザイン・コンテスト」も開かれる。繊維産業の発展を基盤に、大学でのデザイナーの養成、ファッションモデル養成が組み合わされた形になっている。天賦の才能が求められる厳しい世界ではあるが、大学に専門コースが開設され、そこには果敢に挑戦する学生たちがいる。
 やがて、世界のファッション界は、中国の大学で学んだ人たちが大きな位置を占める時代が来るように思うのである。
(了)


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