中国医術とパ−キンソン病(その1)
人間科学専攻 8期生 池田 啓二
T 序論
パーキンソン病は、脳内でドーパミンと言う神経伝達物質が減少して徐々に運動機能が損われていく進行性の神経疾患である。
1817年にイギリス人のジェームズ・パーキンソン医師が、初めて報告したのでパーキンソン病と言うのである。
20歳から40歳代で発症する若年型パーキンソン病もあるが、多くは50歳から60歳代の中年期から初老期にかけて発症するのである。現在の日本での発症率は1,000人に1人、65歳以上では500人に1人と推定されており、最も発症頻度の高い神経の難病である。
進行の速度は様々だが、多くは年単位でゆっくりと症状が進み、日常生活も徐々に制限されていくのである。発病の背景には、自律神経のバランスの乱れがある。それに対して、薬に依存せずに運動を含む生活療法、あるいは自律神経のバランスを整える治療をして血流を促すことにより症状を改善して進行を食い止めることができると、安保徹aと福田稔bは言うのである。
自律神経cを調整するのであれば、私は鍼灸治療が適していると思うのである。
U パーキンソン病とストレス
すべての病気は、自律神経の乱れにより引き起こされるのである。自律神経は、健康なときでも一定のレベルに固定されることはない。環境や状況の変化により、交感神経から副交感神経へ、副交感神経から交感神経へと揺れ戻ることで、自律神経はバランスをとっているのである。それに連動して顆粒球とリンパ球との間でもバランスが取れているのである。
こうした自律神経の揺れは、生体にとってきわめて自然で健康な反応であり、揺り戻しのバランスが保たれている限り、私たちは病気にかかることなく、体調も良好に保たれるのである。
V パーキンソン病の症状
パーキンソン病には四大症状がある。それらは、手足のふるえ、筋肉のこわばり、動きが鈍くなること、体のバランスが取れずに転倒しやすくなること(姿勢の異常)の四症状である。
そのほか、自律神経症状で便秘が起こり、うつなどの精神症状が起こる。以下、各症状をもう少し詳しく述べる。
a 手足のふるえ
ふるえは、パーキンソン病でなくても起こるし、たとえば、寒いときや緊張したときなどにも起こり、「本態性振顫」という原因不明のふるえもあり、バセドー病に代表される甲状腺機能亢進症、すなわち、のどの部分にあるホルモン分泌器官の働きが活発になりすぎる病気でふるえが起こるときもある。
これらに対して、パーキンソン病のふるえは「安静時振顫」で、力を抜いてじっとしているときでも起こり、ふるえを意識したり、体を動かしたりするときは軽くなるのが特徴である。
また、ふるえは横になったときは起こるが、眠ってしまうと止まるのである。パーキンソン病のふるえは、一秒間に五回前後で比較的ゆっくりで最初は片方の手足に現れ、反対側にも広がるのであり、その際、手の指で丸薬を丸めているような独特の動きをするのである。
多くの場合、字を書くなど細かい作業をするときに不自由を感じるようになり、本人が自覚するようになるし、緊張するとふるえがひどくなり、コップを持ってもガタガタふるえたり、唇や下あごがふるえることもある。
b 筋肉のこわばり
普通に手足の力を抜いた状態で関節を曲げ伸ばししても、何の抵抗もないが、医術者がパーキンソン病の患者の手足を持って関節を伸ばそうとすると、筋肉の緊張が強く感じられ、カクンカクンという断続的な抵抗を感じる。これが「筋固縮(筋肉のこわばり)」の特徴である。
歯車がかみ合って回転するときの感じに似ているので「歯車現象」とも言うのである。なお、筋肉のこわばりは、比較的初期から現れる症状で、手足の関節のほかに頸の関節も患うこともある。
c 動きが鈍くなる
「寡動・無動」とも言うように、体の動きが鈍くなる。俊敏な動作ができなくなってくるし、何かをしようとしてもすぐには動けず、動き出すまでには時間がかかり、動作全体もゆっくりになり、やがて動きそのものがなくなり、いくつかの動作を組み合わせて行うことも苦手になるのである。
このほか、歩き始めの最初の一歩が踏み出せなくなり、「すくみ足」となり、表情が乏しくなり、まばたきの回数が少なくなり「仮面様顔貌」となり、低い声でボソボソトとした話し方、すなわち「単調言語」になり、意志を伝えるときは身振り手振りのなくなる「同時運動の喪失」になり、書く文字が小さくなる「小字症」などがある。さらに進行すると、物を飲み込むことが困難になってよだれが出たり、寝返りもできなくなるのである。
d 姿勢の異常
病気が進むと、姿勢にも特徴が現れて、立っているときは、背中を丸めて、肘・膝を丸めて軽く曲げた前かがみの姿勢をとるようになり、体をまっすぐに伸ばそうとすると後ろに倒れやすくなるのである。
一般的には、健康体の者は転びそうになると、無意識に手を動かして体のバランスをとり、倒れまいとするが、パーキンソン病の患者は、瞬時に手を動かしたり、バランスをとることができないので、前方や後方から押されると一本の棒のように、その方向に傾き、転倒して思わぬ怪我をする危険が高まるのである。こうして体が傾いたときにバランスを取ることができなくなる症状を「姿勢反射障害」と言うのである。
そして歩くときは、前かがみの姿勢は変わらず、足が高く上がらず、すり足となり、早足で歩幅の狭い小刻み歩行をしたり、歩き始めの一歩が出にくいし、いったん歩き始めると、今度は停止をしたり、方向転換をすることがうまくできなくなり、前方に突進していく「突進現象」dが起こるようになるのである。
e 自律神経障害
我々の内臓諸器官は、自律神経により、無意識のうちに調節されており、パーキンソン病では、この自律神経の働きが損われ、全身に様々な症状が出てくるのである。その代表的な症状には、胃腸の働きの低下により起こる頑固な便秘や、起立性低血圧などがある。
通常、立ち上がるとき、自律神経は足の血管を自動的に収縮させて脳の血圧が低くならないように調整しているが、パーキンソン病の患者は、血圧を自動的に調整するのがうまくいかなくなり、立ち上がった瞬間に血圧が急激に低下して立ちくらみを起こし、これが起立性低血圧である。
また、パーキンソン病になると、一般的に血圧が下がり、高血圧だった人が正常値を示すようになる。このほか尿が出きらなくなり、排尿困難や頻尿eや尿失禁fなどの排尿障害も比較的よく見られる症状であり、体温の調節障害で手足は冷えやすくなり、足にむくみが出たり、体に汗をかかなくなり、顔からひどく汗を出して脂ぎった顔になるのである。
f 精神症状
パーキンソンの患者は、気分が落ち込み、意欲がわかない、眠れないなどの抑うつ症状があり、病気に対する心配や不安などにより引き起こされたり、パーキンソン病そのものの症状として出現する場合もあるのである。
病気が進行すると無関心になったり、注意力や記憶力が低下したり、幻覚や妄想などの精神症状が出ることもある。
W 貝原の養生訓
貝原益軒が、養生の心がけとして「巻第一総論上」に次のように述べている。
「何事も勤勉で努力すれば、必ず効果がある。たとえば、春にまいた種は、夏の間によく養えば、秋の収穫が多いのである。人の健康についても同様で、養生の術を学び、持続して実行すれば、身体壮健にして病むことなく天寿を保ち、長生きをして長く楽しむことは必要であろう。これは自然の理である」。
確かに四季に逆らわず、季節にあわせて生活することが健康の秘訣であり、パーキンソン病は、家庭内の葛藤か会社内のもめ事により、ストレスがたまりすぎて自律神経をアンバランスの状態におくために起こるのである。
【注】
- a安保徹とは、新潟大学大学院の教授で国際感染医学、免疫学、医動物学分野の専門家である。
- b福田稔とは、福田医院の医師で家庭版の自律神経療法を考案した人物である。
- c自律神経とは、自ら命令しなくても働く神経で交感神経と副交感神経があり、各内臓を交互でバランスよく働いている神経である。
- d突進現象とは、パーキンソン病の患者が、歩き出したら止まらなくなり、ぶつかるまで突き進んでいく症状である。
- e頻尿とは、尿が近いことである。
- f尿失禁とは、不随意に尿が出ることである。
【参考文献】
- 1、安保徹『パーキンソン病を治す本』マキノ出版、2005年
- 2、南京中医学院医経教研組(戸川芳郎監訳)『難経解説』東洋学術出版、1990年
- 3、貝原益軒(伊藤友信訳)『養生訓』講談社学術文庫、2006年
- 4、上海中医学院編『針灸学』人民衛生出版社、1974年
- 5、魯桂珍、ジョゼフ・ニーダム(橋本敬造、宮下三郎訳)『中国のランセット』創元社、1989年