『エレクトラ 中上健次の生涯』

山文彦著、文藝春秋 2007年

文化情報専攻 6期生・修了 山本勝久

    
       
   

大変な力作である。『オール讀物』に約4年にわたって(不定期に)連載された文章を本にまとめたもの。中上健次とつながりの深い編集者や家族へのていねいな取材にもとづいている。中上健次の評伝としては、これまで高澤秀次の仕事があるが、本書はその欠をおぎなってあまりある。資料的価値も高いと思う。本書の内容の重要性については、ひとまずおいておく。一読して私が印象的であったのは、中上健次とそのまわりのひとびとの「声」が、この本のなかに横溢していること。いま、そのいくつかをここにしるしておきたい。

『岬』を完成させた後、つぎの長編になかなか踏みだせない中上健次に、「あなたはコロス(注:コーラス)しか書いていないですね。つまり立ち上がるものがないと僕は思うんです。それではあなたが目指している長篇も書けないと思うんですね、コロスのなかから立ち上がってくる人物がいなければ(下略)」と強く背中を押した小川国夫。
『紀州 木の国・根の国物語』の取材で伊勢の神宮文庫を閲覧し、茫然と立ちつくして「おれは負けた」、「天皇の言の葉の数に負けた」となんどもつぶやいた中上健次。
深夜に酔って電話をかけてきた中上健次に「あなたは作家として生きることを選んだんだし、私たち家族もそれを許容してあげてるんだから、それで行きなさい。素顔にもどろうなんてするな」と叱咤した別居中のかすみ夫人。
入院中の中上健次を見舞ったあと、「抗がん剤なんてやるから、いけないんだ」と夫人にいいすてて、駅のホームにしゃがみ込んだ柄谷行人。

こういった「声」がこちらに強くひびいてくるのは、やはり高山の中上健次への「おもい」の強さによるのだろう。







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