鍼灸治療と養生法について(下)
人間科学専攻 8期生 池田 啓二
Ⅰ はじめに貝原の巻第三 飲食上のところの九「五味偏勝をさける」の中で、次のように述べています。「五味偏勝という言葉は、同じ味のものを食べ過ぎると言う。甘いものを続けて多くとると、腹がはって痛む。辛いものを食べすぎると、気がのぼって少なくなり、瘡(かさ)「湿疹」ができて目も悪くなる。塩辛いものを多く取ると血がかわき、のどがかわいて湯水を多く飲むと湿疹にかかり、脾胃(膵臓)aをいためる。苦いものが多すぎると脾胃の生気をそこねる。酸っぱいものが多いと気がちじまってしまう。五味をそなえているものを適当に食べれば、病気にかからない。いろいろな肉でも野菜でも、同じものをつづけて食べると、それが身体に滞って害になる。」これは食事の過不足のことを、『黄帝内経』には述べていることであり、鍼灸治療をしながら、食養生として患者に注意して食生活が重要であることを貝原は言います。
素問の「五臓色体表」bの中に、五味があり、先ず始めに肝臓・胆嚢の弱い方は、酸味のあるものを好むのですが、過ぎれば害となります。心臓・小腸の弱い方は、苦いもの、たとえばニガウリなどを好み、適当に取らなければいけないし、とり過ぎると害になります。
次に脾胃の弱い方は甘いものを好むのですが、適当に取れば健康となりますが、とり過ぎれば害となります。次に肺・大腸ですが辛いもの、すなわち、からしやわさびや生姜などをとることにより、風邪も引かないし、便秘も治るのですがとり過ぎると害になります。次に腎臓・膀胱ですが、鹹(塩辛い)ものを適度にとることは良いが、とり過ぎると冷えるので害になります。
五穀では、麦は肝臓・胆嚢と関係あり、黍は小腸・心臓に関係あり、粟は胃・脾臓(膵臓)に関係あり、稲は肺臓・大腸と関係あり、豆は腎臓・膀胱と関係があり、適当に取れば各内蔵を丈夫にします。次に五畜では、雛(とり)は肝臓・胆嚢に関係あり、羊は小腸・心臓に関係あり、牛は胃・脾臓(膵臓)に関係あり、馬は肺臓・大腸に関係あり、豕は腎臓・膀胱に関係あり、適当に肉を食料としてとれば健康になります。
次に五菜と五果がありますが、ニラと李は肝臓・胆嚢に関係あり、ラッキョウと杏は小腸・心臓に関係あり、葵と棗は胃・脾臓(膵臓)に関係あり、ねぎと桃は肺臓・大腸に関係あり、豆の葉と栗は腎臓・膀胱に関係あり、とり過ぎないように食事をとれば健康になります。
Ⅱ 鍼灸治療と五蔵色体表と貝原の五官貝原の『養生訓』の中で巻第五・五官の中に次のように述べています。「心はひとの身体の主君(天君)にたとえられ、この主君は、思うことを統率する主である。耳・目・口・鼻・形(体)の五つは、聞くこと、見ること、食うこと、嗅ぐこと、動くことであり、それぞれの役割としての職分があるので五官と言う。いわば心の従者である。
心は体内にあって五官を支配しており、よく考えて五官のしている是非を正さなければならない。主君を持って五官を使うのは明白であり、五官をもって天君を使うのは迷妄である。心は身体の主人であるから、安楽にしてやり、苦しめてはいけない。五官は主君の命令に従って、それぞれの役職をよく務めて勝手気ままであってはならない。」
この『養生訓』にある五官は、『黄帝内経素問』の陰陽応象大論にある診断法の一つで、五臓の色体表は、すべてのものを五種類に分けて人間の診断に使うし、政治的にも家族的にもバランスよく活躍するときに社会や国家を上手に運ぶことが出来るのです。
さて、五臓の色体表の五官(五根)の耳(二陰)は腎臓・膀胱に関係あり、目は胆嚢・肝臓と関係あり、口(唇)は胃・脾臓と関係あり、鼻は大腸・肺と関係あり、舌は小腸・心臓と関係があります。
次に五主としては、筋肉は肝臓・胆嚢に関係あり、血脈は小腸・心臓に関係あり、肌肉は脾臓・胃に関係あり、皮膚は大腸・肺臓に関係あり、五根の病気には各関係の経絡の弱りを強めることにより免疫力が上がって病気が治癒できます。
Ⅲ 鍼灸治療の診断法[1]望診―望んでこれを知ると神という『八十一難経』cは、五色と五型などにより十二経絡のどの経絡の弱りかを診て診断していくのです。五色とは、顔面や皮膚の色が青色・三角顔型ですと胆嚢・肝臓に関係あり、赤色・逆三角形顔型ですと小腸・心臓に関係あり、黄色・楕円形顔型ですと胃・脾臓(膵臓)に関係あり、白色・ひし形顔型ですと肺臓・大腸に関係あり、黒色・丸顔型ですと腎臓・膀胱に関係あり、一見してその人の病気の生死吉凶を知るのです。女性の場合は、お化粧の関係で肘の内側を見るときもあります。
[2]聞診―聴覚を通じて診察する方法であり、患者の音声、咳嗽、吃逆、妄語、狂語、噴嚊、噯気、腹中雷鳴などを聞いて診察します。
五音と五声と呼吸とにより診察しますが、五音では、肝臓・胆嚢に関係ある角音で音階(音楽上)ではミの音で発声法ではタ行を発音する舌音です。小腸・心臓に関係ある微音は音階ではソの音で発声法ではサ行の歯音です。胃・脾臓(膵臓)に関係ある宮音は、音階ではドの音で発声法ではア行の喉音です。肺臓・大腸に関係ある商音は、音階ではレの音でカ行の顎音です。腎臓・膀胱に関係ある羽音は、音階ではラ音でマ行の唇音です。これらの音で発声が不十分だと各内臓の関係ある経絡が弱っていると診断します。
次に五声ですが胆嚢・肝臓に関係ある声は、「呼」と言って常に人を呼ぶような声で怒ったり、命令ばかりしている方です。小腸・心臓に関係ある「言」という声は、いつもブツブツ言って言語に間違いがある方です。胃・脾臓(膵臓)に関係ある「歌」という声は、よく歌って調和が取れており、胃脾の気が盛んな方です。肺臓・大腸に関係ある「哭」の声は、泣くことであり、悲しい時に泣くときと、肺の気のアンバランスの時は泣かない時もあります。
腎臓・膀胱に関係ある「呻」の声は、うめき声で病人がつらい時に出すのは、腎臓からの発する声です。
呼吸については、症状により分類してみますと「短気」と言って呼吸促迫、息切れで胸に病気がある時、胃に停水あるとき、腎藏、腹膜の病気の時、心腹張満、体質気虚のときに起こる呼吸です。「少気」は、呼吸短少、呼吸微弱で体が非常に弱った時に起こる呼吸です。「肩息」は、陽気がなくなり、肩で息する状態(悪候)で妊婦、顔面浮腫、慢性下痢などで起きます。「咳嗽」は、肺経の異常と見ますが、腎経と兼ねる時と脾経と兼ねる時もあります。「喘息」は気が上り迫って呼吸が急迫するのであり、はく方がつらい時は肺経の弱りであり、吸う方がつらい時は腎経の弱りです。「吃逆」(しゃっくり)は気がへそ下より上りついて声を出すものであり、胃の虚熱であり、胃と脾臓が衰えてきて病気の末期に起こる場合もあります。
また臭いを嗅いで診察する時もあり、嗅覚を使って患者の口臭、濃汁、帯下、大小便などを嗅ぐときもあります。
[3]問診とは、患者に主訴、既往症、食慾の状態、苦痛の部位、発熱、大小便、月信などを聞くのです。
[4]切診とは、患者に触ってどの経絡に異常があるかを診ることで三つの方法があります。
(a) 脈診とは、左右の前腕部の脈から五臓六腑の経絡の虚実を診断します。
(b) 腹診とは、おなかを触って反応点を探して病気を診断します。
(c) 撮診とは、手足の十二経絡の圧痛点を探して病気を診断します。
Ⅳ 東洋医学の症候群と治療法診断するためには、各経絡の虚実の症候群があり、この症候群と照らし合わせながら、現症状を診つつ、総合的に四診法で得た診察情報とともに証決定(診断名)をつけていきます。この診断名は、肺経虚証、腎経虚証、肝経虚証、心包経虚証、心経虚証、脾経虚証などです。実の時は、相生相克の関係で反体側が実であり、陽経も同じことです。
治療法には、全体治療と局所治療があり、全体治療では証により経絡の弱り(虚の状態)を強めて免疫力を上げて消炎・鎮痛・鎮痙作用するために鍼灸治療をします。局所の治療は、たとえば、扁桃腺炎や風邪引きの時はのどに鍼をしたり、熱取りの時は、魚際、二間、三間穴に即刺即抜の手法で鍼をします。治療穴のとり方は、急性病と慢性病により異なり、病気により経絡の流注時間帯を考慮しつつ、五行穴の要穴表をみて経穴(ツボ)を選んで使い分けます。鍼灸治療は、歯科医と同じく技術職ですから治療する先生により効果が異なります。
治療点は、十二経絡で三百六十五穴ですが、その他、奇穴や頭針穴、顔面部針穴、鼻針穴、手の治療穴、足の治療穴、耳の治療穴などがあります。
【注】
- a脾胃(膵臓)とは、昔は膵臓が分かってなかったので脾臓と同じ解釈でした。
- b五臓の色体表とは、素問の陰陽応象大論より抽出した五行説のもとずく診断法。
- c難経八十一難とは、中国後漢時代(200年ごろ)の古典的な医書で秦越人扁鵲の著である。
【参考文献】
- 1、本間祥白、 経絡治療講和、 医道の日本社、 1980年
- 2、貝原 益軒、伊藤友信訳、養生訓、講談社学術文庫、 2006年
- 3、魯桂珍・ジョゼフ・ニーダム、橋本敬三・宮下三郎訳、中国のランセット(鍼灸の歴史と理論)、創元社、1989年
- 4、ジョゼフ・ニーダム、中国の科学と文明(思想史[上])、思索社、 1991年