『危険な幻想』
−中国が民主化しなかったら世界はどうなる−

ジェームズ・マン著 渡辺昭夫訳、PHP研究所 2007年

国際情報専攻 6期生・修了 増子 保志

     
       
   

 本書は中国そのものを論じるわけではなく、中国の外で中国の姿がどのように語られているかを論じたものである。政治家や企業経営者、学者、外交官、メディアは、現代の中国を語る際、どの様な言葉やイメージ、仮定や論理を用いているのであろうか。中国について論じるときに決まって言われてきたパターンがある。中国での出来事や動きに誰かが警鐘を鳴らす発言をすると、もっと「前向き」に理解すべきだという声が返ってくる。
 いわゆる西側先進諸国が中心となって作り上げた国際政治経済システムに参入する道を選んだ中国は、目覚しい近代化を進めている。では、果たして経済の自由化が政治の自由化につながり価値観を共有できる国際社会の仲間となっていけるのかというのが著者の問題提起である。
 中国に関してよく言われるのは、中国の体制は極めて抑圧的で、また近い将来その体制が変革される気配はどこにもないかもしれないが、いずれ中国にも民主主義が実現する日がやってくるに違いない。貿易が活発になり経済的繁栄がもたらされれば、たとえ中国の指導部にやる気がなく、彼等が反対したとしても、劇的な政治的変化は必ずやってくるだろう。いわゆる長い目で見れば万事、良い方向に進むというものである。
 さらにマグドナルドで食事をし、スターバックスで争って何かの飲み物を注文するくせを覚えたら中国人は皆、アメリカ人みたいに考え、政治体制もアメリカと同じみたいなものになるという極めて単純な中国の将来像を描く。
 アメリカ人が描く中国の将来像は@今の中国は共産党の支配下にあるA中国には中産階級が形成されつつあるBこれら二つの勢力はやがて衝突し、中産階級が共産党に迫って民主主義を実現させるというものである。
 例えば、地方の農民、都市の労働者、都市に流れ込んだ数千万人もの出稼ぎの人々のことについては、ほとんど触れられない。さらにこうした人々が中産階級にどれだけの影響を及ぼすのか、また彼等が民主主義をどう理解しているのかなど触れられることは皆無である。
 民主的とはいえない中国が、非常に大きな影響力を国際社会の中で持つ事が現実になり、民主主義を世界に広げる目的をもつ、アメリカの対外戦略にとっては非常に厄介な存在となる。さらにことは、我が国においても重大な問題である。今後、我が国はアメリカが旗振りしている「自由と民主主義」に戦略目標を置くのか、それともアメリカに立ちはだかる中国の国際的な影響力を考慮したビジョンに立って戦略を考えるのか、非常に大きな意味を持つ。
 巨大化した中国が、われわれが望むような「民主的」な存在となるはずだという安易な思い込みによる「幻想」によって政策や戦略を立ていくことの危険性を本書は問題としているのである。重要な事は今、中国では何が変化して、何が変化しないのかを注意深く見極めていく事であろう。




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