国際政治の新しい地平線を求めて
国際情報専攻 4期生・修了 長井 壽満
政治が現代的な意味における「政治学」という学問として成立してきたのは、西ヨーロッパにおいて、中世世界を支配した「ローマ・カトリックの普遍」から近世における主権国家の「特殊」への思想の転換が遂行された時代(12・13〜16世紀)においてある。政治が宗教と分離し合理的精神に基づき理性的に政治をとらえた近代の最初の思想家は『君主論』の著者ニッコロ・マキャヴェッリ(1499〜1527)1 であろう。政治学は極めてヨーロッパ的なものである。ヨーロッパ文明には他の文明にみられない独自なものが一つある。それは合理性である。合理性とは「理性の方法的自覚化ということと、理性の自覚的方法化」ということである2。
ヨーロッパ近代の合理性が成立してきたのは16〜17世紀の宗教改革とそれに続く時代である。「神学の権威」が「国家主権の権威」に置き換わっていく過程を経て、政治学の概念も確立されていく。「国家主権」の概念も確立されてくる。トーマス・ホッブズ(1588〜1679)において、「国家主権の絶対性」が現実の政治を後追いする形で、理性に基づく政治理論として完成された3。現在存在する国家総動員形態の戦争はナポレオンにより完成された。戦争は傭兵ではなく、国民が戦う場と変化した。戦争が質的に変化した。第一次世界大戦から第二次世界大戦、19世紀から20世紀の「外交史」は「戦争史」と言っても過言ではない。
19世紀末からのヨーロッパ諸国間の「国民国家」形成の為の戦争、植民地争奪戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦、20世紀前半までの戦争は、列強間のBalance of Powerを軸とした外交、その手段としての武力行使(戦争)が常態であった。外交史(戦争史)スキームを整理する用語として、リアリスト、リベラルという言葉をつかうと、外交史の流れが上手く整理できる。但し、20世紀後半から現在までに多発している、内戦、ジュノサイド、テロ等の暴力行為に関して、リアリスト/リベラルという概念で整理できるか、疑問である。この点は本稿の最後で問題提起をおこなう。
ジョセフ・S・ナイはリアリズムを次のように述べている。「国際政治に関する見方の中でより中心的な伝統をなしてきたのはリアリズム(現実主義)の見方である。リアリストにとって、国際政治の中心課題は戦争と武力行使であり、中心的なアクターは国家にほからなない4」。一方ジョセフ・S・ナイはリベラリズム(国際協調主義)を「地球社会なるものが存在し、それは国家と並んで機能しており、国家行動の舞台を構成していると見られる。貿易は国境を越え、・・・・国際連合のような国際組織もまた、純粋な無政府性というリアリストの見方ではとらえられない文脈を形成しているというのである5」。リベラリズムは「国家主権」にはまだ「ジョン・ロック6」のいう「性善説」も存在している立場をとる。防衛大学校安全保障研究会では、「リアリズム学派の安全保障観が基本的には国家安全保障、すなわち一国による個別的な自国の安全保障の追及を念頭に置いたものであるのに対し、リベラリズム学派は、諸国家が相互的な関係の中で国際システム自体の安定を協力して追及することによって安全保障を実現するという国際安全保障概念を選好する傾向がある7」と述べている。
日本は明治維新前後の時期から拡張する西ヨーロッパ世界の枠組みの中へ、つまり列強アクターの立場として西洋史に組み込まれていく。福沢諭吉は「脱亜入欧」を唱えていた。明治政府の創始者は西欧文明の思考を学び、自国の安全保障を明治の終わり位まではリベラリスト的な考え、列強と組みながら又は列強の顔色を伺いながら国勢の拡張をおこなった。例:三国干渉の受諾、日英同盟により間接的に三国協商と結びつく、日露講和条件、等列強と協調しながら国勢の拡張をはかった。昭和軍部独裁が始まるとリアリスト、自国中心主義が強まってくる。 例:満州事変、国際同盟脱退、上海事変、「負け組み三国同盟加入」、「山本五十六は勝てないと判っていながら8」真珠湾攻撃を行い、第二次世界大戦に突入し敗戦に至った。
ヨーロッパの外交もリアリズムとリベラリズムが交差しながら動いていた。第一次世界大戦の勃発はオーストリア・ハンガリー帝国皇太子暗殺が引き金である。しかし、ヨーロッパ諸国は何時戦争に入ってもおかしくない敵対関係をつくっていた。フランスとロシアが同盟関係にはいり、ドイツは両面から包囲された。さらにドイツは自らの軍備拡張のせいでイギリスとも緊張関係に陥った。不安を感じたドイツは、すでに衰退期にあるオーストリア=ハンガリー帝国と同盟に入らなければならなかった。「主権国家」間のBalance of Powerの結果である。第一次世界大戦はリアリストにより二極体制が構築され、二極体制が存在する故に戦争が始まった。プロイセンの軍人クラウゼヴィツの「戦争は政治の延長である」の言説が第一世界大戦では否定されていた。むしろドイツの政治学者カール・シュミットが『政治的なものの概念』で述べているように、戦争は「誰が敵なのか、という政治的決定がすでになされているということを、前提とするものなのである9」。リアリストは誰が敵で、誰が味方か決定する。敵味方が明確化することにより、戦争がBalance of Power の内部にビルド・インされてしまう。「国民国家・主権国家」時代におけるリアリストの本質をカール・シュミットは鋭く突いている。(21世紀に入り、9.11事件を契機としてアメリカのイラク侵攻が行われた。詳細な議論を行う紙幅はないが、現在のイラク紛争は先に敵あり、敵・味方を明確にすることからリアリストが戦争を始めた例である。)
「第一次世界大戦時のアメリカ大統領ウッドロー・ウィルソンは19世紀の典型的なリベラル派の政治家であった10」。第一次世界大戦のあまりにもの惨禍を見て、世界の再構築理念として国際協調を主張し、国際連盟設立に尽力した。ウィルソンは「国際システムを、Balance of Powerに則ったものから集団安全保障に則したものに、変えようとしたのである11」。国際連盟は第二次世界大戦を阻止する力はなかった。国際連盟はリベラリズムの言説が不完全ながら世界的に具体化した最初でありかつ貴重な一歩である。第一次世界大戦後、列強間の外交はリアリズムとリベラリズムの間を揺れ動きながら第二次世界大戦に突入した。
第二次世界大戦の戦死者(非戦闘員も含む)は5000〜7000万人といわれている。核爆弾も使用され、人間の叡智をかけた殺し合いであった。人々は戦争で疲れた後には、再び戦争を起こさない方法、リベラリストの思考が強くなる。第二次大戦後、戦勝国間アメリカ・ソ連・イギリスを中心として国際連合が設立された。「戦時下の大半に国務長官を務めたコーデル・ハルは、熱心なウィルソン主義者であり(リベラリスト)、アメリカ世論も国際連合を強く支持していた12」。国際連合は国際連盟と違い、戦勝国間で将来さらなる戦争が起きないような仕組みを組み込んでいる。国連憲章7章には国家主権を上回る強制力を持てる強制措置の規定がある。「国連憲章は武力の行使と武力の威嚇を禁止している(二条四項)13」。7章には「ある国が二条四項に定める義務に違反した場合、平和と安全の維持に主要な責任を負う安保理事会(二十四条)は、その事態が『平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為』のいずれかを決定し、必要な勧告をしたり、非軍事的措置(四十一条)あるいは軍事的措置(四十二条)をとることを決定する(三十九条)14」と規定がおかれている。これらの規定はリベラリストの望むような国際安全保障体制に一歩近づくものである。国連(戦勝国)を中心とした集団安全保障の概念が具体的な軍事力(平和維持軍と名を変え)を持って、国際法的に「国家主権」を超えて活動できる空間をもつことになった。国連憲章7章は、不十分であるが法的には「ウェストファリア条約(1664)15」で認められた「国家主権」の至高性に制限を加える画期的な憲章である。
それでは、第二次大戦後、リアリストとリベラリストの距離が縮まり、国家間の紛争が減ったであろうか。現実は否である。第二次世界大戦後、すぐ冷戦が始まり大きな戦争だけでも、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争、イラク戦争(現在も遂行中)、イスラエル・パレスチナ戦争、が起きている。戦争だけでなく、内戦は大きいものだけでもルワンダ、カンボジア、旧ユーゴスラビアで起き、今でもアフリカで起きている。戦後これらの戦争・内戦・紛争で死んだ人数は数百万人に上る。 現在の外交をリアリズムとリベラリズムの対立軸で議論していても、我々は今起きている殺掠を止めることはできない。平和・日常性をもつ人間の営みを取り戻す新しい思考が求められている。リアリズムとリベラリズムはウェストファリア条約で認められた「国家主権」を源として生じた二元論である。いま世界で起きている争い(戦争・内戦・紛争)は国家の枠をはみ出している。過去人類の殺し合いの規模をはるかに上回っている殺掠である。ナチスのアウシュビッツから殺掠は機械的かつ大量・事務的に行われるようになった。人間の間の殺掠は、国家間の対立でおきるものなのか?もし国家間で起きるものなら外交手段で解決できる。外交で解決できるのならリアリストvs. リベラルの方法論は有効性を持つ。
今起きている紛争は過去と非連続な紛争・戦争である。戦争・紛争の構造が変わったのである。今起きている戦争・紛争は「民族主義と国民国家の間における均質性の衝突である16」。そして、「国民国家」・「国民主権」の思想はヨーロッパで定義され広められた言説である。
ジョセフ・S・ナイは「『諸国民の間の正義』に基づいた制度の方向に向かいつつも、伝統的な主権国家間のパワーの分布という形態にある秩序を維持することが、どうすれば可能なのであろうか?国際機関は、徐々にこのようなポスト・ウェストファリア的方向に向かいつつある17」と述べている。人類の未来はリアリズム・リベラリズムの間で揺れ動く外交からの離陸を感じさせる文章である。それでは、全く新しい秩序の概念・思想が新たに生まれるのか、又は帝国が復活するのか、少なくとも近代ヨーロッパ起源の殺掠の歴史は終わらせなければならない。
非均質な民族に「均質性を求める」「主権」を付与する政治が「ヨーロッパの外の地」に種がまかれてしまった。アフリカは、ヨーロッパ植民地主義の影響で民族と国家の分裂(不一致)でジュノサイドが起きている。これはホッブス、ロック、ルソー、カントの政治学系譜と非連続な地平線である。近代ヨーロッパ神学・政治文化から植えつけられた「国民国家」概念の結果がジュノサイドである。欧米が主張している「自由・人権」は「民族主権」と「国民国家」のための均質性の衝突をさらに激しくする言説ではないか。リアリスト・リベラルの外交を考える前に我々は思想の再構築が必要である。 以上
【引用文献】
- http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%83%E3%83%AA 2006年11月23日アクセス。
- 鷲見誠一『ヨーロッパ中世政治思想』慶應義塾大学出版会梶A2005年6月1日3頁。
- 島田久吉、多田真鋤『政治学』慶應義塾大学出版会梶A2003年4月1日、13頁。
- ジョセフ・S・ナイ、田中明彦/村田晃嗣訳『国際紛争』有斐閣、2005年4月10日、6頁。
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