FIFA World Cup Japan vs. Australia戦に関わる雑踏警備の国情の違いからの教訓
―Seeing is believing.−

                      国際情報専攻 4期生・修了 長谷川 昌昭
                   (科目履修・研究生・博士後期を目指し在籍中) 

はじめに
 “See Naples and then die.” ”日光を拝まぬうちには結構と言うな” ”百聞は一見に如かず” 喩えは様々です。
 将に FIFAにはピッタリでした。直前の日程決定のためやや長い空路を往復しました。
 現地での見聞と現地からの報道内容とは全然異なる場面に遭遇したり、TV中継カメラの眼と現実のサッカー場の試合運びを味わう雰囲気との乖離が大きい実態等を多く見聞する旅でした。
 統一ドイツ後の世界規模の大会運営は、警備以外に流通、航空、ホテル業、観光業、勿論放映等のIT絡みに多くの教訓に満ちたものが存在し、2兆円の経済効果を挙げたとのことでした。
 明治神宮初詣やNHK紅白歌合戦等の催し物と’64東京オリンピック警備記録書では、通訳取扱No1の前々職の拙い体験等を踏まえて雑踏警備の雑感を伝え、今後の国際化する雑踏警備への官民の危機管理上の糧となれば望外の幸せである。
1 旅の概要
  今度のドイツW杯への旅は’91年以降21回目の渡航でした。旅程は平成18年(2006) 6月9日(金)〜6月15日(木)7日間で(機内3泊、ホテル3泊で実質7日間)でした。
 空路の往路はNRT(成田)→ HGK(香港)→SIG(シンガポール)→FLR(フランクフルト)、復路はFLR(フランクフルト)→SIG(シンガポール)→SYD(シドニー)→KNS(ケアンズ)→NRT(成田)と飛び、往路は9,784 Mile復路は15,146 Mileの合計24,950 Mileで、地球一周が約45,000Mailです。24,950 Mile/45,000 Mail=55%は地球の半周強の勘定になりました。
往路の航空機の席は、NRT→ HGK→SIGはビジネス、SIG→FLRはエコノミー、復路はFLR→SIG→SYD→KNS→NRTはビジネスクラスと、座席優先とした。
 止宿先の都市Stuttgartは、半日合流参加の荻野Qantas航空日本支社長によれば、『空港からの往復は、町の美しさに見とれておりました。木々の緑の深さ、歴史を持った町並みの美しさ、また、透き通った青空の下その町の中の坂道を走り抜けるドイツ車の小気味よさなど、どれを見ても新鮮で印象深いものでした。』と旅情を和ませる親切で暖かい方々の多い、澄み切った青空に幾重もの飛行機雲がたなびく、空も地上も爽やかで落ち着いて安寧なドイツ西北の美都市との印象が強かった。



Frankfurt-Stuttgartアウトバーン

2 雑踏警戒方法の国情の違いと報道と現場実態との驚異的乖離実態
 “百聞は一見に如かず” cf. Seeing's believing, but feeling's the truth.
 W杯開催都市とスタジアムはドイツ国内に12ケ所ある。以下はその一部で止宿した都市のStuttgart Stadium(53,200収容)と日豪戦の舞台となった都市のKaisers-lautern Stadium(41,170収容)の2ケ所からの推論である。
(1) 雑踏警備手法の共通点
 雑踏警備とは、特定場所に特定目的の群集が一時的に多人数が集まることにより、予想外の群集心理等を誘因として、事故若しくは混乱等が発生することを事前に防止するために、事前対策としての主催者との協議や申入・指導調整、又は事案の発生予防のために警察力による事前規制や現場規制により、混雑緩和や事故・事件の防止を図り、特定目的の行事等を支援する一連の警察活動である。広域警察活動として「懐を広くする原則」はドイツにも共通する点があった。
 大凡我が国よりやや小さい国土に8,250万人が住み暮らしている経済規模は、EU圏内最大を誇り日本に次いで世界3位で、輸出総額は世界一でもある。この国民性は”グッドアイディア”と我慢強さ、規則に厳しい習性がある。広く懐を広げる雑踏警備体制は、結果的に観衆は、電車バスからの降車地点から想像を絶する長距離を歩かされ、その途中は、選別監視検問の監視テレビにより、要注意者は選別される。IT時代の先進的警戒技法の採用である。
 比較的近い駐車場所を確保していた私共、事前の公式キップ所持者であっても、約1時間約3kmの距離を歩かされ、途中には警戒陣の配置と程よく公園や屋台店と屋外大型テレビ観戦場所が設置されており、楽しませながら、飲食しながら、ユッタリと入場門を目指すこととなる。
 従って 私共はキップの提示は求められたのは、入場門から入場後、座席を確認する場内で初めてであって、パスポートとの公式入場券との照合はあると知らされていたが、周辺の人々も含め皆無で、事前広報と現場措置は乖離しており、結果的にラッキーだったのかとも考えさせられた。
 兎に角我慢強く歩かされた印象が深い、これがグローバルスタンダードかとも思った一幕である。
(2) 群集分散型イベント企画とテレビ放映権を廻る教訓を採用
 首都ベルリンのW杯メーン会場のBelrin Stadium(74,220収容)は、1936夏季オリンピックのために建設され、文化財指定のものを大改装した未来派風の屋根が自慢の施設である。一次リーグ4試合と準々決勝、決勝が行われた他に、ベルリン市内は100万のファンが試合をライブで観られるようにポツダム広場のソニーセンター他数箇所に、ライブ中継スポットを設置し、本物のスタジアムに近い雰囲気のバブリックビューイングと文化イベント、店を組み合わせたアリーナも設置し、群集分散とテレビ放映権を廻る問題の惹起を未然に防止するのにアディダスなどの協力スポンサーと手を組み「アイディアの国ドイツ」のアピールも忘れていない。
 尤もStuttgartはご承知の通り、14日には屋外TV観戦場所で混乱が発生し、250名の一時拘束者が出たところです。
日韓合同開催の時は、テレビ放映権を廻る論議があったことを踏まえたドイツは、大幅に無料で設備の整った屋外TV観戦場所を増やし、その施設には入場時の所持品検査とボランティアと各国警察官のペアの二重の検問体制を敷いていた。3mを超す鋼鉄製の網の頑丈なフェンスで仕切られた内部は、名物のフランクフルトソーセージやドイツビールを楽しみながら無料でTV観戦でき、競技場に入れないファンやサポーターを分散する群集分散型イベント企画の知恵でもある。そのフェンスの各入口付近は、オフィシャル・グッズのお土産屋やドイツ産業の象徴のベンツ、ワーゲン、BMWなどの製品紹介とクイズコーナーが設置されて、有料・無料のノベルティでのPRを豪華に騒々しく開催し、お祭り気分は国を挙げつつ、群衆を分散する効果も兼る賢い警備手法に国と企業が手を取り合った型のものである。
(3) 交通渋滞解消策の奇策
 フランクフルト空港からシユッルトガルト、シユッルトガルトからカイザースラウテン往復、シユッルトガルトからの帰路空港へ、都合4回アウトバーンを走った。 三車線のアウトバーンは外側は、コンボイ型の大型トレーラーの二重・三重連(三台連結は珍しくない)が規則正しくEU圏外の北欧や東欧のNoプレートで150Km/hで走行し、最内側は追越車線用に空けられ、時折200Km/h以上で、小型のドイツ車の追越車が猛烈な速度で、瞬く間に追い越して、直線の地平線の彼方に消え行く様は、小気味良く走り抜けたいとの衝動に駆られた。
 因みに制限速度は130Km/hで、アウトバーン以外の田舎道でも、カーブの連続する箇所でも制限速度は何と80km/hとは驚いた。助手席でドライフを堪能した。次回はハンドルをと誓った。
 交通は「信頼の原則」と「事故責任は自己責任」で、道路端の売店も無い休憩施設が多いのに気がついた。そこの綺麗な牧草には、家族と子供達が遊び回る草原にドライバーと思しき男性は寝そべっている姿が多く見受けられたのもその所為である。
 奇策とは、この期間中に限り「タクシー相乗り可」でした。
 ホテルから市内電車と地下鉄を乗り継いで買い物に出かけた。帰路に仲間と遇う約束の時間が気になり、タクシーにした時のことでした。歩道の車道寄りで待っていると、タクシーが接近・停車した。助手席には男性が乗っている。躊躇していると「Please !!!」との掛け声に急き立てられ乗車し、ホテルカードを示して行き先を告げると「Japanese ? Hawaiian ?」と尋ねられた。前日のサッカー観戦と前々日ゴルフをプレーの所為で日焼けしていたのでしょう。しかし 助手席の乗客は盛んに中央駅を地図で示し、当方とは反対方向へ向かう、やや不安になって再度行き先を告げると、ドライバー氏は、自分の地図を私に示し、了解している旨を確認した。でも依然としてホテルとは反対方向へドンドン進み、遂に中央駅に到着した。助手席の乗客は降車、カードで支払い後方のトランクから自分で荷物を下ろし立去った。
 終始ドライバー氏は、運転席のまま、その時駅前で雑踏警戒中の警察官数名が警戒中だったので、思い切って尋ねようと思った。何と 今度はその警察官に尋ねていた他の人が二人、警察官に促されて乗車、驚いていると、時計の針の中心を中央駅とすると10時方向の「Stuttgart Stadium」と告げ助手席と私の隣に乗り込んできた。タクシーは時計の針の2時方向の我がホテルへ向かった。当方は安堵したが、他の二人の乗客は自分の方角と異なるのに全く平気だった。
 ドライバー氏の説明は、本期間中は相乗り可とのことであり、将に 奇策での交通渋滞解消は「アイディアの国」と感心した。タクシーは石畳の小道を直走り、直ぐにホテルに到着した。支払いは前日よりも1.5Euro程高かったが、いい経験をした。
(4) 公式入場券所持者への優遇措置の不徹底
 終了後に全国紙のM紙の投書欄は公式入場券所持者の優遇措置の不徹底振りを指摘していた。
 まず 第一に国内公共交通機関は総て、特別国際列車以外の普通席はタダであることでした。
短期間の私も6回も市内電車等を利用し、多くのサポーターや観光客も、同様に慣れないドイツ語の表示に、難解なドイツ地方名の発音に苦労してのキップ購入場面に幾度か遭遇しいている。折角の制度も周知徹底しないと効果が無いばかりか反感さえ買う結果となる。何事も周知徹底が大事であり、次回の南アフリカ大会をも検証したい。
 ご高尚の通り世界各国では、観光客誘致政策の一環として、公共交通機関は当該国籍人若しくは隣接国籍人以外の外国人には、一定の条件で当該国の公共交通機関の数10%割引の特殊乗車パス制度を採用している。それは我が国では、外国人観光客用JRパスであり、時折外国人がパスポート大の乗車券を呈示して、自動改札機以外を通過するのを散見することと思います。従って外国人に路線を案内する場合は、観光客・ビジネス客であればこれらのバスの所持を確認後に案内をすれば、一層親切で、その対応は国際化対応型である。
(5) 国際化対応型協同警戒方法と開催国警察の負担軽減と予備勢力の確保
 前記(1)で記述の如くにイベントなどの雑踏対策は、突発的事象発生の懸念の過大な特殊性を秘めているので、予備の資器材と要員を事前に確保することは、警備対策の常道である。
 この点に関しては、確かこのイベントは「アイディアのドイツ」を発揮していた。要所の警戒拠点には、W杯参加各国の制服警察官がドイツ警察官と共に立哨警戒に当たっていた。私の見る限りでは米国と日本は見当たらなかった。
 関係各国からの警察官が派遣され警戒活動に当たることは、事前に報道で知っていたので、相当の興味を持って臨んだ。警察権行使は、人々の安全保護や人権を制約、場合によっては拘束力を発揮するもので、当然各国の統治権に基づき、しかも 厳格に事物管轄や土地管轄が厳格に決められており、国際派遣要請に応ずるには、相当のクリヤー事項が多く、未だにPKO派遣の文民警察官等のみに世界的職務執行例を見るのみである。
 従って 私は現場配置のドイツ警察、フランス警察、英国警察の方々で、階級章から幹部と思しき方々に名刺・パスポートに’91公用渡航時の公用パスポート(英文表記の警察大学教授 警察庁警視)も示して尋ねたところ、親切にユックリした英語で丁寧に答えてくれた。
 警備体制は、最大との応えはあったが、何名との回答は聞けなかった。ドイツ警察以外は拳銃の携行が無いことや派遣警察官は当該派遣国人に対する地理指導等が主であり、自らの希望で派遣に応じたこと、強権発動は原則として無いこと。混乱現場はドイツ警察が主体で活躍するとの自信に満ちた回答もあった。配置員の2割近くはドイツ女性警察官で占められ、男女同一の装備服装の同一配置と任務、勿論 拳銃携行の上での職務執行。フェンスで囲まれた屋外TV観戦場所周辺や駅頭等の雑踏現場に配置のFIFAのベスト着用者は総てボランティアで、大変効果的だとのこと。また、混乱時に使用のポリカネート製の大盾やヘルメット・ガス銃は、警察車両の窓越しに見えるところに整然と保管され、何時でも有事対応を暗黙のうちに見せていたこと。「見せる警備」の威嚇警戒態勢を保持した国際化対応型協働警戒方法で、開催国警察の負担軽減と予備要員確保による雑踏警戒の常道定石を踏襲したボーダレスな警備態勢である。
 帰国後に我が国警察のトッブを極めた某政府系法人の理事長に帰国報告の際に話題の第一の関心事は、国際間の職務執行の淵源と公務災害発生時対応に厳しい質問が発せられ、国際化対応型協働警戒方法は事実行為的職務執行との結論を出されていた。

3 サッカーW杯観戦記と途中の風景
 テレビ観戦との大きな違いはテレビカメラの眼はボールと勝敗に関することへの偏りが感じられた。特に中田選手や中村俊輔選手などはボールの行方とは関係なく、まるでアメフトのフォーメイションの如くに痛めつけられていた印象が大きい。また オフサィド判定の審判員は、試合全般を把握する意味で大いに参考になったし、主審が後刻降格処分の対象になったことなどは、試合全体を観戦して公平な立場からも納得できる処分で、日本代表はその点は、アンラッキーだったが、善戦したとの印象はある。
 競技場や屋外TV観戦場所では、何処でもビールが楽しめ、屋外TV観戦場所周辺では、立哨警察官にビールを薦めるサポーターもあり、その交歓風景は誠に和やかな国際フェスティバルの雰囲気で、水よりビールの消費量が多い理由も納得出来た。
 未だに観戦ツァー募集会社が中国経由のチケット詐欺での返金問題の報道があるも、入場券なしの突撃サポーター目当てのダフ屋も散見されたが、我が国のより執拗でなく、淡白な感じだった。
 W杯メーンスポンサのMカードしか通用しない箇所が多く、終了後開催委員会がEUに公正を欠く取引と提訴した記事をN紙に載ったが、将に 正鵠を射たとの感を深くした。推移を見守りたい。
 途中アルトハイデルベルグの街へ寄ってくれたQantasのドライバー氏のご配慮は、歴史的な佇まいの河畔の街を楽しめ、思いは学生時代へと馳せ、大変な癒し効果があり、感謝しています。
  
   公式チケット(100Euro) 所持者は公共輸送機関の地下鉄、市内電車、特急はタダでした
   PR不足? 外国人は検札が厳しく無札は理由不問で三倍徴収が効いて購入。
   ベンツ博物館往復等で6回も購入。7月初旬M紙にPR不足を指摘の投書。


  
   日豪戦の応援を終え4年後の南アフリカを目指す( Kaisers-lautern駅近くの公園)

4 終章に替えて
 情報爆発時代には、世界的なイベントから国際情報の教訓と真髄を注出したいものである。
 世界の緊迫情勢下でテロ懸念は防圧され、開催国の諸準備と関係者のご労苦の中で、4週間64試合32の世界強豪は5Kgの優勝杯に万鈞の重みの込めて技を競い、力技と柔軟な調整力「世界一楽しい人生の余技」とドイツでは呼ばれているイベントは終わった。
 ミュンヘンテロを想起して、一時は躊躇したが、万全の構えで出発・帰国出来た。前々職の駆出時代に初の国公賓警護の嚆矢はドイツHeinrich-Lubke大統領でした。渡航前に独大使館政務部(田口様)に墓所調査を依頼、墓参の用意で出国した。ホテルの398Kmも遠方で適わずホテルから花束を贈った。請求(300Euro)が届き(8/1)我が意向が墓前に伝った。
 きっと元大統領に「危機を飛躍に」する旅へとお護り頂いたと確信し、心から感謝する今日この頃である。
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